第9話 勝負のとき

 ダイニングテーブルには、小鉢に入った料理がならんでいる。ドヤ顔の祖父の顔といっしょに。


「どうや、今日は和食オンリーでまとめてみた。まず、つき出しは菜の花の辛し和え、汁物はアサリのお汁、魚留うおとめさんとこのおつくりのもりあわせに、鰆の西京漬け。ふきの炊いたんに竹の子ご飯、茶碗蒸しに、水菓子のいちご」


 はい、完敗です。私はこんな手の込んだ料理つくれません。一品料理が多いのに、オムライスとか、カレーとか……。どうしよう、私の料理当番の日。最初からこんな高いハードル設定されるなんて。


 ちょっとうらめしく、祖父の顔を見ている私の横でしろくんはパチパチと拍手をしていた。


「すごいです。こういうの京のおばんざいっていうんですよね。わーどれもおいしそう」


 ほめてくれたしろくんの言葉に、すかさず祖父が訂正をいれる。


「おばんざいなんて言葉、京都のもんはつかわへん。あれは、いわゆる観光用ちゃうか。そんないいかたせんと普通に、おかずでええ。ささっ、はよ食べて」


 祖父にせかされ、私たちは手をあわせ、いただきますといってから、食べ始めた。


「どのお料理も、出汁がきいていてすごくおいしいです」


 なんていうしろくんの言葉で、祖父の鼻はますます高くなる。


「そやろ。そもそも東京の出汁はカツオが効きすぎてんねん。醤油も真っ黒やしそれに比べ、京都は――」


 ひとしきり、京都自慢を聞きながら食事はすすんでいった。


「さっき、高校生の女の子がこんどお店にきますっていってくれたの」


 とりあえず、しろくんに手伝ってもらった初日の成果を祖父に報告した。


「ほーさよか。よかったな。ほな、高校生でも買えるような品物いれとかなな」


 えっ? 祖父のセリフに私のはしがとまる。たしかに、染め糸いがいのアンティークは高校生のお財布には高いものばかり。


「お買い物してもらわなくても、店内の雰囲気を楽しんでもらったら――」

 私の言葉尻をとらえ、商売人の祖父の目がギラリとひかる。


「松さんがやってた時は、あの店は近所の奥さんらの社交場みたいなもんやった。利益なんて関係ない。それでよかったんやけど、今はちがうやろ。紘子ひろこがわしに電話してきよった。まこは、生活費いれてるんかとか食費はとか。しょうもないこと」


 母は、祖父にまで聞いていたんだ。おいしいはずの竹の子ご飯が喉の奥でつまる。


「年寄りの銭を、若いもんにつこうて何が悪い。未来ある若者への投資や。わしは今後いっさい、まこから生活費なんてもらわんけど、紘子納得させんとあかんやろ。それには、松さんと同じ店のまんまやったらあかん」


 祖父の力説に、しろくんまでのっかってくる。


「僕も考えてたんです。染め糸よりも今は、アンティークやブロカントを充実させた方が収益がでると思います。手芸人口は昔とちがって、格段に少ない」


「今の子なんて安い既製品あんのに、わざわざ時間かけて編み物なんかするかいな。そうや、アンティークや、まこ」


 ふたりからせまられるようにいわれて、私はおたおたする。


「でも、染め糸はやめたくない」


 この店にあつまっておしゃべりしながらレース編みを楽しんでいた常連さんが、ひとりでもいる間はおいておきたい。


「それにアンティークを海外に買いつけにいくなんて、費用がかかるし」


 いいよどむ私に、しろくんの言葉がつきささる。


「たしかに、海外に買いつけにいった方が、安くていいものが買えますけど、ネットを通じて買えばいいんです」


「えっ? 海外の人を通じて? 私、英語できないし」


 祖母と同じ手段でしか仕入れができないと思っていた私は、あっけにとられる。そんなまぬけな顔をみて、しろくんはまた顔のパーツをぜんぶゆるめてふにゃりと笑った。


「僕ができます」


 すかさず祖父の声がとぶ。


「さすが、京大生! 英語もできんのかいな。こりゃええわ。よし、いますぐネットで高校生でも買える少額のもんから大物までうて、商品をふやそ。今のままではすくなすぎる」


「ま、まっておじいちゃん。そんなこといわれても、資金が」


 ここ半年の売り上げなんて微々たるものだった。


「まこが店継ぐときわたした、店名義の預金通帳があるやろな。あそこのお金つかい」


 たしかに、預金通帳には高額ではないが、貯金は残されていた。祖母の残してくれたものは最後の手段で、どうしようもなくなった時に使おうと思っていた。

 それを言うと、


「今使わんで、いつ使うんや。本来なら、銀行から融資してもろてでも商品を充実させなあかん。今が勝負のしどころや。まこ、商売は投資のチャンスをのがしたらあかんのや」


 祖父は丸い鼻から、ふんっと息を荒くはきだした。


「なにごとも、新しい一歩をふみ出す時はこわい。しかし、同じ場所にとどまってはおれんのや。それが時の流れゆうもんや」


「でも、高校生たちがくるの十日後だよ。海外のネット商品そんな早くつく? それに、商品がついてもメンテナンスがいるし」


 私の言葉に、すばやくしろくんはポケットからスマホをとりだし、何やら検索しだした。しばらくして、画面を私と祖父にみせる。


「ここで、仕入れましょう」


 スマホの画面には、『平安蚤の市 Kyoto Heian Antique Market』という文字がおどっていた。





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