第8話 シルクのベビードレス
けっきょく、日焼けなどで売り物にならず、廃棄予定だった染め糸を使った。
染め糸を糸玉に丸めて、アイアンの鳥かごの中に入れ、軒下につるすことにした。
コーンに巻かれた糸から糸玉にする作業をしろくんといっしょにしたのだけれど。しろくんの手つきは、おぼつかない。
「ごめんなさい。僕、手先が不器用で。家庭科とか美術は苦手だったんです」
そういいながら、丸くなりかけた糸玉を手からおとした。
頭がよくて、外見もいい。そつがない人かと思ったら、いがいにも不器用。
あわててじゅうたんの上で転がる糸玉を、追いかけている。そんなしろくんをみて、ついほほがゆるむ。
謎のベールにつつまれていた輪郭が、だんだんはっきりしてきたような。そんな感じ。
できた糸玉を鳥かごいっぱいにつめこんだ。鳥のかわりに、色鮮やかな糸玉がかごの中で競っている。我こそいちばん美しい色だと。
これをみたお客さんに、染め糸のよさをわかってもらえたらいいな。これを使って何かつくりたいと思わなくても、きれいだって単純に思ってほしい。
できあがった鳥かごのディスプレイに満足し、今度はベビー服の箱をあける。
そこには、祖母が編んだレース編みの子供服がつまっていた。
その中には、まっ白なベビードレスと、おそろいの帽子が。年数がたっているのに、とてもきれいな状態だった。
「きれいですね。光沢があって」
私がひろげたベビードレスをみて、しろくんはいう。
「うん、シルクの糸を使ってあるの。このベビードレス見覚えがある。私が赤ちゃんの時の写真に、これ着て写ってた」
そう、東京の家ではなくこの町家でとった写真。祖母に抱かれた赤ちゃんの私と、祖父や純にいちゃん。もうひとりのいとこである、あやちゃん。あやちゃんは純にいちゃんのお姉さんの綾美さん。
「このベビードレス着たまこさん、とってもかわいかったでしょうね」
えもいわれぬほど、うれしそうな顔でいうしろくん。
しろくんって、ほんとコロコロ態度がかわって、つかみどころのない人だ。
きびしい顔でお店にダメ出ししたかと思ったら、こんどは赤ちゃんの私をかわいい発言。今じゃなくて、赤ちゃんの時をほめられても……。ほめるポイントが、ずれている。
そういうずれていて態度が一環していない意味不明な言動は、今の子の特徴なのかな。
今の子っていうか、猫みたい。そう思ったら、ふっと口から笑みがこぼれた。
「あっ、僕がおべっかでいってると思ってるんでしょ。ほんとにかわいいと思ってます」
ほほをふくらませムキになるところが、またかわいい。
弟がいたらこんな感じなのだろうか。生意気だけど、お姉ちゃんっ子の弟。ひとりっ子の私はそういえば、子どもの頃弟がほしかったことを思い出す。
最初はとまどったけれど、しろくんとやっていけそうや気がしてきた。なにより、彼のいうことはいちいち的を得ていたのだから。
まだむくれているしろくんに苦笑いをしつつ、バースデイベアにベビードレスを着せ、乳母車にのせた。
「「かわいいーー!」」
二人の口から同時に感想がもれた。鉄製の本体に大きな籐の籠のついたレトロな乳母車。そこに、ベビードレスと帽子をつけた茶色いくまがのっている。
ファンシーになりすぎず、レース編みのベビードレスのおかげでシックにまとまっていた。
かわいすぎず、かわいいの範疇でおさまっている。この微妙なかわいさの加減。しろくんとシンクロしたことがうれしい。
「すごくいいね。もうすぐ閉店時間だけど、外にかざってみない? どんな感じになるか今すぐみたい」
私の提案に、しろくんもすぐ同意した。外の糸屋格子の下に乳母車をおき、軒下に染め糸のつまった鳥かごをさげてみた。
「あとは看板に、アンティークと染め糸っていれたら完璧ですね」
しろくんのうれしそうな声を聞き、私もワクワクする。そうしたら、かわいい声が後ろから聞こえてきた。
「きゃー、かわいい! ここなんの店やろ思てたら、アンティークの店やったんや」
声につられふり返ると、平安女学院の制服を着た女の子がたっていた。中をのぞきたいのかそわそわしている。重いかばんを肩からさげ、体を左右にゆらしていた。
「どうぞ、中を見てください」
そう私が声をかけると、女の子は一瞬ためらった。
「えっと、こういうの好きな友だちがいてるんです。その友だちつれて、また来てもええですか」
「どうぞ、どうぞ。定休日は日曜と月曜です。六時までお店あいてるから」
私がそういうと、女の子は来週の土曜日学校が休みだから、その日に来るといって帰っていった。
「さっそく、新しいお客さん確保できましたね」
もう夕方。近所の町屋から夕飯の支度のいいにおいがただよっている。こんなおいしいにおいをかいだら、お腹がなってしまう。ひと仕事を終えたあとだと、なおさら。
「うん、看板効果すごいね」
「というか、なんでこんな簡単なこと今までしなかったんですか。まこさん、ひらめきとセンスあるのに」
「だって、そこまで気がまわらなかったんだもん」
私が正直にいうと、しろくんはしょうがないなーとでもいいたげに、肩をすくめた。
「あれですね、芸術家肌の人って経営にむいてないんですよ」
うっ、否定できない。ずばりといいあてられても、さっきみたいにこの世の終わりみたいな気分にはならなかった。とにかく、私らしいことができた。
「あっ、やりきった感でてますけど、これからですからね。ただ初歩の初歩、看板を整えただけなんです。これからいっぱいやることありますから。ところで、お店の宣伝とかしてますよね」
私をみるしろくんの目に、少々脅迫的なものを感じる。
「宣伝?」
私がおどおどと聞き返すと、しろくんはとたんにあきれた顔をする。
「フリーペーパーとか、フライヤーとか」
「……してない。だって、おばあちゃんはなんにも宣伝してなかったし」
「もう、その『おばあちゃんは……』っていう思考を捨てましょう」
せっかく達成感に酔いしれていたのに、水をさされた。まあいいか。たよりになる弟のいうことは、正しいから。
「はい、わかりました」
多少逆らってみたかったけれど、すなおに返事をした。
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