第7話 動く看板

「じゃあ、どうすれば――」


 のどがカラカラで、かすれた声しか出ない。それに、どうするかを決めるのは店主である、私の仕事。アルバイト初日の人に聞くなんて。でもなさけないけど、かっこ悪いけど聞かずにはいられなかった。


「一番いいのは外から店内がみえるように、格子窓をとりはらうことです。でも、それにはかなり費用がかかる。この町家の雰囲気を壊すことにもなる。そうすると、ショーウィンドウをつくることも難しい」


 ここでしろくんは腕をくんで、白く長い指をあごにそわせた。


「とにかく、現状ここが店舗だとわかるのはあの水色の小さな二つ折りの看板だけです。おまけに、そこに店名しか書かれてない。せめて、染め糸屋といれないと」


 ここで、私はハッとする。前の店名「土田の染め糸屋」が古くさいと思ったので、新しい店名しかいれなかったのだ。なんとなく、しろくんがいいたい改善点がみえてきた。大学を卒業し店を継ぐときめてから、店舗の中を整えるだけでひっしだった。


 まず祖母が病にたおれた一年間、店はしめられていた。ほこりをかぶった店内のそうじ、つかえる商品と破棄する商品の分別。あたらしい染め糸の発注。アンティークなどの古物は、きれいな状態でないとお客さんに手に取ってもらえない。シルバー食器は曇りがないよう、みがきあげた。


 祖母が営業していた状態に戻すだけでも、ずいぶん時間がかかった。そして、古物を販売する許可を私の名前でとりなおすなど、事務的な事も。

 やっと再開にこぎつけても、常連さんへの対応。糸の勉強。することはたくさんあった。

 でもそれはていのいい、いいわけ。しろくんのいったこと、なんでもっと早く気づけなかったんだろう。

 やっぱり、私……。


 うつむく顔から水滴がこぼれそうになったが、にじむ目元にグッと力を入れる。


 ううん、ちがう。気づけたんだからいい。今からでも、なんとかできる。まだ間に合う、これで終わりじゃない。


 私は顔をあげ、しろくんの大きな琥珀色の瞳をまっすぐみつめる。


「看板には、すぐ染め糸屋って書きたせる。あとは、どんなお店かわかればいいんだよね。動く小さなショーウィンドウとかだったら?」


 距離をとりたいはずのしろくんへむかって、私が身をのりだすと、琥珀色の瞳はふせられ、眉間にしわがよる。


「このアンティークな雰囲気をだす、車輪のついた移動式のショーウィンドウか――」


 アンティーク、車輪、移動。というしろくんの言葉に、私の脳裏であるものがひらめいた。


「あーーー! おじいちゃんのつかった乳母車が蔵にある。戦前のものらしいんだけど、土田家の子どもたちがつかってたって。赤ちゃんがのるとうかごに品物つんだらどうだろ」


「それいいですね。ショーウィンドウというよりも、お店のイメージをつたえる立体看板みたいな感じですね。でも、何をつみます?」


 イメージをつたえる立体看板。なるほど。

 乳母車につむのは、赤ちゃん。でも赤ちゃんなんかのせられない。のせられないけど、ぬいぐるみなら?

 うーん。でもアンティークっぽいシックな雰囲気ではなく、ファンシーになってしまう。


「とりあえず、蔵にいって乳母車だしてくるね」


 そういって私はばたばたとたちあがり、住居と店舗を仕切る内玄関をあけた。

 中は数年前に改装して、フローリングのリビングダイニングになっている。


 キッチンをのぞくと、祖父の背中がみえた。今日の食事当番は祖父。猫田くんにおいしいもんこさえたる、といっていまから夕飯の準備をしていた。


 着流しに前掛け姿の祖父に、話しかける。


「おじいちゃん、蔵にある乳母車ディスプレイに使ってもいい?」


「ああ、使い使い。ものは、使わんとただのゴミや。なんでもつこたらええ」


 私をみずに、祖父はあっけらかんという。


 リビングから出て右手に仏壇のある奥の間、左手にはガラス越しに坪庭つぼにわを見ながら廊下を進み、つきあたりにある蔵の扉の前にたつ。


 漆喰の重厚な扉を引くと、すーっと音もなく開いた。

 乳母車はたしか奥にあったはず。記憶をたよりに、薄暗い中をすすむ。鉄製の乳母車がビニールシートにくるまれ、ひっそりと片隅におかれていた。


 ほかに何か使えるものはないかと、あたりをさぐる。奥のゾーンはベビー用品が多くおかれていた。バラバラにされたベビーベッドや、『ベビー服』とかかれた段ボール箱が数箱。そして、大きなビニール袋に入れられたぬいぐるみたち。透明なビニールごしに茶色いくまと目があった。


 ちょうど、赤ちゃんと同じぐらいのサイズだろう。袋からひっぱりだすと、ぬいぐるみなのにいやに重い。そして首にはスタイ(よだれかけ)がついている。そこには日付と「MAKOTO」の文字が刺繍されていた。


「私じゃないのバースデイベアか――」


 そうつぶやきをおとし、クマの首からはずしたスタイだけを元の袋にもどす。ビニール袋の中にぐちゃぐちゃに丸めて、みえないように。


 バースデイベアといっしょに店へもどり、しろくんをつれてもう一度、蔵に引き返す。しろくんは、もの珍し気に蔵の中をみわたしていた。


「この乳母車なの。ちょうどいいと思うんだけど」


 しろくんの反応が気になり、うかがうような声になっている。


「年代物ですね。でも、さびもきてないしきれいだ。大事に使われてたんでしょうね」


 そういって、しゃがみこんで乳母車をみている。しろくんの口から否定的な言葉がでなかったので、私は安堵した。

 ほこりをかぶった、ビニールシートをはずす。


「この乳母車に、さっきのベアをのせたいんだけど。かわいらしすぎるかな」


 そうつぶやくと、しろくんは段ボール箱を指さした。


「ベビー服着せたらどうです? リアルな赤ちゃんに近づきませんか」


 なるほど。レトロなベビー服を着せたら、かわいさがおさえられるかもしれない。私は、数ある段ボールの中から祖母の字が書かれた箱を選んで、乳母車にのせた。


「これで、アンティーク店のイメージはつたえられますね。あとは染め糸のディスプレイだ」


 染め糸屋と分かってもらうには、染め糸をたくさんみせればいいんだけど。軒に糸をつるす? ううん、そんなのつまらない……。


 今まで意識もしてこなかった、外へむかってのアピールを考えるのが楽しい。どんどんふかく、思考にのめりこんでいった。






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