第6話 京都らしいお店
残念……ってなにが?
えっ? 気にいってくれたんじゃないの。祖母こだわりの、染め糸とアンティークのここを。
この空間が子どものころ、ただの古いものの集まりとしか思えなかったけれど、年齢を重ねるとアンティークのよさがわかってきた。
アンティークは、時をきざむほど価値がでる。同じ材料で同じ品物をつくっても価値がないのだ。
しろくんは、若いからこのよさがわからない。きっとそう。しろくんの言葉に落ちこんだ自分の心をなんとか鼓舞する。
「えっと、たしかに若い人には古くさく感じるだろうけど――」
「ちがいます。ぼくは、このお店全体が残念だっていってるんです」
祖母の築きあげたこの店を、全否定……。
どうしよう。お店をけなされたのに、祖母ではなく自分が否定されたみたいで、泣けてくる。
「このお店って、京都が凝縮されてると思いませんか」
「えっ、それって古いものばっかりってこと?」
どんどん話が展開していくしろくんの思考に、私はついていくのにひっしだった。
「ある意味正解で、ある意味まちがってます」
私を見て、しろくんはひと呼吸おく。
「僕ここをさがすのに、京都の街を一年間歩きまわったんです」
一年も、さがす? 私の疑問は口から出ることなく、しろくんの言葉にけされた。
「たしかに、日本らしい風情ある街なみが多いんですけど、古い洋館も多いですよね。京都って。僕びっくりしました。御所の西にあるレンガづくりの教会を見て」
しろくんのいっているのは、平安女学院の礼拝堂のことだろう。たしかに、私も京都に住みはじめて気づいた。西洋建築の多さに。この西陣の近くでも、いくつかある。
ルネサンス様式の外観をもつ京都府庁の旧本館は、丸太町通りから釜座通りをあがると正面に見える。
本能寺の変で焼けた瓦を所蔵している京都市考古資料館のモダンな建物は、今出川通りと大宮通りがまじわる東側に位置する。
京都は数々の寺社仏閣のイメージがつよく、和風建築ばかりだと思われがち。しかし、明治維新いこう文明開化の波がおしよせ、西洋風の建物が多くつくられた。それらの建物が現在まで残っているのも、災害や戦火が少なかったからだろう。
「そして、京都って職人さんの町でしょ。とくにこの西陣なんて、通りを歩いてたら、機織り機の音が聞こえてきますよね。工場からじゃなくて、普通の町屋から。すごくおもしろいと思いませんか」
しろくんは大きな目をキラキラさせ、私に同意をもとめる。
えっと、すごいのかな。ここに暮らして、五年になる。小さいころから遊びに来ているので、京都の街の風景は私の中で日常と化している。特別なんてこれっぽっちも思わなかった。
言われてみれば、不思議な街なのかな京都って。
その不思議な空気をこのリンカネーションにもあるってことを、しろくんはいいたいのだろうか。
でも、なんで残念なんだろう。
「ここにならぶ染め糸って職人さんが、染めているんでしょ?」
アンティークとブロカントがならぶ部屋から、しろくんは壁一面の染め糸へ視線をかえる。
「そ、そうね。祖母の知り合いの染色家さんなの。その方は高齢だけど、お孫さんがあとを継ぐため修行されてて――」
「すばらしい! じゃあ、技術が引き継がれてるんですね」
食い気味にいわれ、私はおたおたする。
「う、うん」
「古いものがちゃんと引き継がれている。このお店も、おばあさまの思いを孫であるまこさんが引き継いだ。伝統的な日本家屋である京町屋の中に、西洋のアンティークと職人さんが染めた染め糸。まさに、京都そのもののようなすばらしいお店です」
なんか、だんだんうれしくなってきた。たぶんこれって、ほめられてるのだろう。母に文句をいわれてもこの店を継いだかいがあった。
さっきとは180度ちがうしろくんの態度に疑問をもちつつも、お礼の言葉を口にしようとしたら――。
「でも、このままだったら早晩つぶれますね」
口から出なかった言葉は、喉の奥にするするとおちていった。深く深く、奈落の底へ。
あんなにほめてくれたのに、なんで? おまけにそんな爽やかな顔して、ひどいことがよくいえる。私、怒ってもいいのかな。
「えっ、でもいま、すばらしいって――」
「たしかにすばらしいです。すばらしいですが、外からみたらなんのお店かさっぱりわからないし、よさがちっとも伝わっていない」
たぶん、私の瞳はうるんでいる。その瞳をじっとみてしろくんは、きっぱりといいきった。のどがずっしりとおもりでふさがられ、言葉もなにも出てこない。
「おばあさまの代では、ほぼ常連のお客さんだったんじゃないですか? 常連さんは、隠れ家的なお店を好みます。自分だけが知っている特別なお店。でも、そのお客さんたちは、高齢化で足が遠のいている。このままでは、新規のお客さんをみこめません」
死刑宣告をされた人って、こんな絶望をあじわうのか。もはや他人事みたいにうけとめないと、心がおれそうだった。
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