第十五話:今日も元気に頑張りましょう!
「おう、あんた帰って来たのか」
<うむ、また世話になる>
「気を付けてな」
「ありがと、おじさん! いこ、みんな」
「くお……」
「わふ」
「きゅんきゅん♪」
まだ眠そうなアッシュ。だけど意地でもついてくるのだとゴウ君を片手にあくびをしながら歩いていく。
「待ってよチビー!」
「くおんー♪」
もちろん一番最初に見つけたマウリ君もお別れの挨拶をするため呼んでいる。少し寂しそうだけどテイムした魔物じゃないからずっと置いておくわけにもいかない。
わたしがテイムしてもいいんだけど、親狼さんは森へ帰りたそうだったしね。
「ふんふん……」
「きゅんきゅん……」
匂いを嗅ぎながら親狼が前を進み、その後ろを子狼がついていく。
罠が無い奥まで進んだところで広いお花畑のような場所へ辿り着いた。
「わあ……」
<これは見事だな。……この辺りは危険がなさそうだ、ちょうどいいんじゃないか?>
「うん、そうだね……」
「こっちだよー!」
「きゅんー♪」
「くおんー」
「ゴルゥ!?」
アッシュのゴムボールを使って遊ぶ楽しそうなマウリ君達を見るとお別れが辛くなるけど、アッシュが遊んであげたかったようで一番はしゃいでいる気がする。
ゴウ君は地上にいるとボール遊びをするには鈍足なので早々にわたしのところへ戻って来ていた。
そして――
「わふ」
「くお? ……くおん」
<そろそろ行くそうだ>
「そっか。それじゃ……元気でね?」
「ゴルゥ」
――親狼が一声鳴いてサージュが『終わり』だとわたし達へ告げる。
その言葉を聞いてフェンリアー親子から離れた。
「きゅん?」
「もう捕まっちゃダメだよ?」
「バイバイ! 元気になって良かった!」
「くおーん……」
「ダメよアッシュ、あの子達にはあの子達の生き方があるんだから」
ボールを両手に持って寂し気に鳴くアッシュ。
わたしも寂しいけど、ここは立ち去るのが一番いい……はず。
踵を返して歩き出す。するとおチビちゃんが声を上げた。
「きゅん!? きゅんきゅん!」
振り返らずに先を急ぐが、手を繋いでいるマウリ君も背後で聞こえる声でしょんぼりしている様子。
「わふわふ……」
「きゅん! きゅう~ん……!!」
あんまり鳴くのでチラリと振り返ってみると、親狼に咥えられたおチビちゃんが暴れている様子だった。
「うー……」
<子供はアイナと一緒に居たいようだが>
「なんとなく分かるけど、子供だけ連れて行くわけにはいかないでしょ?」
<そうだな。しかしこういう時、ラースならどうするだろう>
下のお兄ちゃんなら……サージュにそう言われてもう一度振り返るとおチビちゃんと目が合った。
「きゅぅん……」
「う……」
切ない瞳……!
こういうときラース兄ちゃんなら――
「……君達、ウチの子になる? わたしと一緒にあの施設で暮らす?」
<だそうだ。どうする?>
わたしはサージュを引っ張って二頭の前まで駆け出すと通訳を頼んだ。
親狼はサージュの言葉を聞いて顔を上げ、次にわたしを見る。
「くおんくおん!」
「ゴルゥ」
「お姉ちゃん、いいの?」
続いてアッシュ達に目を向けた後、おチビちゃんを降ろしてからわたしの足にすり寄って、
「わんわん……わふ」
一言なにか呟いた。
すぐにサージュがわたしの頭を撫でた後、おチビちゃんを抱かせて口を開く。
<どうやら、アイナのところがいいらしいぞ>
「きゅん♪」
「ひゃあ、くすぐったいよ! そっか、いいのね?」
「わん!」
「お姉ちゃん?」
「この子達、ウチで暮らすことになったよ!」
「え、ホント!? やったぁ、また遊べるんだ!」
「きゅんきゅん!」
マウリ君の手を取ってそう言うと、驚いた後に満面の笑みで飛び上がって喜んでいた。
サージュいわく『ご飯は美味しいし、子育てをするなら施設の方が安定している。けど、野生に帰った時に狩りが出来ないのは困るから渋っていた』とのこと。
だけど彼が日を分けて魔物を森に散歩させることがあると伝えたら天秤が傾き、おチビちゃんがウチに戻りたいと鳴いた結果のようだ。
「意思疎通ができなくてもラース兄ちゃんなら連れて帰るかな?」
<多分な。アッシュも最初はラディナと一緒に森へ帰すつもりだったんだが、結局ずっと一緒だったからな>
「くおーん♪」
「アッシュはラース兄ちゃん大好きだもんね」
タンジさんには怒られるかもしれないけどやっぱり一度ウチに連れてきちゃったら情が移っちゃうのも事実だしね。
来た時と同じく笑顔で森に帰るわたし達。
お散歩に出て遊んだだけになったけど、まあこれはこれでいいかな?
サージュも帰って来てお仕事の分担ができるようになればお散歩も増えるし、ティリアちゃんとセフィロちゃんを呼んだらもっと楽しくなるかも!
また明日から頑張ろうと思いながら施設に戻ると、わたしのジョイフル気分が一気に萎える事態が発生する。
「……あの馬車は」
「あ! あ、あれって……」
<なんだ? 随分と豪華な馬車だな。今日は休みだと知らないのか>
「うーん……」
わたしが唸っていると馬車からやはりというか貴族の男性が降りてきて声をかけてきた。
「おお、戻って来たかアイナ!」
「えーっと、クライアントさんで良かったですか?」
「ああ、覚えていてくれたか、嬉しいよ。今日も休みだとは思わなかったけどこうやって会えたのは運命だな!」
「いやいや、待っていたんですよね!?」
都合のいいように考えられるポジティブな性格は羨ましいかもしれない。わたしが頭を抱えているとクライアントさんはさらに続ける。
「アイナ、先日も言ったが私の恋人になってくれないだろうか?」
「それはお断りします」
「早い!? ど、どうしてだ? 自分で言うのもなんだが顔は悪くないし資産もある。平民の君には悪くない条件だと思う」
「あー」
<くっくっく……>
どう答えようかと考えているとサージュが含み笑いをした。それを見たクライアントさんが不機嫌な顔で睨みつける。
「……君は何者だ? いきなり失笑とは無礼ではないか」
<いや、失礼した。知らないということはある意味で幸せだと思ってな。そうだな、自己紹介をしておこうか。我の名はサージュ、アイナの恋人だ>
「な!? そんな馬鹿な……!」
「恋人がいると言いませんでした? サージュは正真正銘わたしの恋人です! 両親公認なのでそういうアプローチは辞めてください!」
「そ、そんな……!? し、しかし、顔は互角でも地位は私の方が!」
なかなか諦めてくれないなあ。
さて、どういったものかと腕組みをしているとサージュがどんどん暴露していく。
<いや、アイナは貴族の娘だから地位はあるぞ? 父上は侯爵だったか>
「いっ……!? わ、私より上!? な、なんでテイマー施設なんかやっているのだ……!?」
「あー、アッシュ達魔物と一緒に過ごしていたからやりたいお仕事はこれだって思ったんですよ。レフレクシオン王国出身なんですけど、そこはもうテイマーが結構根付いていたからこの国にやってきたというわけです」
わたしがやれやれと肩をすくめながら告げると、クライアントさんは目を見開いてこちらを見る。
信じてもらうために首から下げている家のメダリオンを取り出して見せた。
「……た、確かに貴族の証……」
<そういうわけなのでお引き取り願おう>
「い、いや、貴様はどうなのだ! 両親に認められているならよほどの貴族なのか? 同じくらいならチャンスが――」
と、口にしたところでサージュが姿を変えていく。本来の姿であるドラゴンに。
「あ、ああ……!? ド、ドラゴン!」
「ええ!? サージュさんってドラゴンなの!?」
<そういうことだ。アイナがお前を好きであれば身を引いてもいいが……どうやら迷惑をかけているようだからな。彼女が困るのであれば実力行使も辞さん>
「う、うぐ……」
<それにアイナの兄はかの『大賢者』。名前くらいは聞いたことがあるだろう>
「……! 世界を救ったと言われるあの……!?」
下のお兄ちゃんは実際世界を救っちゃったんだけどね。わたしも小さかったけどその場にいたからあの時のことは覚えていたりする。
「ま、そういうことなので恋人もいて身分もまああるってこと。お金は……まあ、実家にしかないけど、この施設で稼ぐつもりだから大丈夫! ……だから、わたしのことは諦めてね?」
「う、ぐぬう……!」
<では家へ入ろう>
「うん! お風呂入ろうねおチビちゃん♪」
「きゅーん♪」
わたし達はショックを受けて立ち尽くすクライアントさんを置いて家へと入り、休みを満喫するのであった。
これで諦めてくれることでしょう、うんうん。持つべきものは強い恋人よね。
◆ ◇ ◆
「アイナが貴族……恋人も、居る……」
残されたクライアントさんが真っ白に燃え尽きながら一人呟く。さすがに自分より身分が高いとは思わなかったからだ。
逆に言えばあの容姿は納得ができたとも考えていた。
「……しかしドラゴンが伴侶とは……いや、まてよ。ドラゴンは色々な魔法を使えると聞いたことがある。まさかアイナは洗脳されているのでは……!」
クライアントはとんでも理論を展開し、手を打つ。
「家族ともども操られているとしたら……? いかん、それはいかん……! アイナを守らねば! しかし現状取り付く島もない……ん? あの張り紙は……こ、これだ!!」
◆ ◇ ◆
そして――
「さー、今日も頑張ってお仕事するよ!」
「くおーん♪」
「ゴルゥ!」
「きゅん!」
<うむ>
あの後、タンジさんにフェンリアー親子を施設で飼うことを話すと呆れながら許可を出してくれた。観覧のお手伝いをしてくれればいいんじゃないかと言い、新しい魔物さんが入るのは悪くないと考えているみたい。
朝の掃除を終えて受付に行くと、わたしはうめき声をあげる。
「げ!? クライアントさん!?」
「おお、アイナ! おはよう」
<ふむ、まだ諦めていないのか? 仕事の邪魔になるようなら――>
「くっ……。ち、違う、そうじゃない!」
サージュが威圧するとクライアントさんは慌てて手に持っていた紙を受付に叩きつけた。
「これだ!」
「これって……テイマー資格の講義の張り紙」
「そうだ。私はこれでも可愛いものが好きなのだ。ちょうど昨日見たそこの子狼……魔物だと思うが、その子が欲しい。そのために講義を受けようと思って今日は来た」
「……本当ですかー?」
訝しむわたしに、クライアントさんはフッと寂し気な顔をして首を振る。
「……君にフラれて傷心の私に厳しい言葉ではないか? それを埋めるために子狼を飼いたいと思うのは悪いことだろうか? もしかしたらそういうのが好きな女性もいるかもしれない」
「う……」
発端が発端なのでそう言われたら胸がチクリとする。
まあ、ペットを飼って寂しさを癒す人もいるし、テイマーした魔物を飼ってくれるのは危険も無くていいかなとは思う。
「おー、テイマー志望かい!」
「ああ、宜しくお願いしたい」
「もちろんだ! 今日から早速始めるか?」
「頼む。アイナ、私もすぐにテイマーになってやる! そして――」
「そして?」
「……いや、なんでもない。クライアントだ、宜しく」
「俺はタンジ。それじゃ授業料とかの話を――」
タンジさんと共に講義室へ向かうクライアントさん。
それを見ながらわたしは大丈夫かなあとため息を吐く。
<では我等は仕事といくか。お客さんだぞ>
「そうね! いらっしゃいませ! テイマー施設『アイザック』へようこそ!」
これからも困ったことや難問が待ち構えていると思う。だけどわたしはサージュやアッシュ、ゴウ君達とそれを乗り越えていく!
立派なテイマーになって施設の知名度をもっと上げるためにね!
~FIN~
◆ ◇ ◆
「(フフフ、これでアイナの近くに来ることができた。後はあのドラゴンの化けの皮を文字通り剥がすだけだ。待っていろ、すぐに助けてやるからな……!)フフフ、ハハハハ……はーっはっはっは!」
「なにを笑っているんだ? ここに入る以上、貴族とかそういうのは関係ないからな? じゃ、これにサインして。よく読んで質問があれば聞くこと」
「あ、はい」
◆ ◇ ◆
あとがき
作者の八神です!
というわけで『わくわくテイマーランド ~アイナの剛腕繁盛記~』これにて終了となりました!
これはお仕事コンテスト用に書き下ろしたもので続きは今のところ考えておりません(笑)
というのもコンテストは6万文字までという制約があるためここが区切りでいいかなと思ったからですね。
結果発表後に人気があれば続けてもいいかなーとは思いますが中々難しいかな……?
ともあれここまで読んでいただきありがとうございました!
拙作の別作品である『超器用貧乏』を読んでいると少しニヤリとする展開、如何だったでしょうか(笑)
また別の作品でお会いできたら幸いです! その際はよろしくお願いします!
わくわくテイマーランド ~アイナの剛腕繁盛記~ 八神 凪 @yagami0093
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