第11話 並行宇宙

●11.並行宇宙

 「あたしたちって、タイムトラベルをしたわけよね。凄くない。1969年の世界を体験してみたいわ」

スチュアートは気が変わってきた。

「スチュアート中尉、今『普渡35号』で降りたら、ここに戻って来るのにアポロかソユーズでも乗らないと無理よ」

「国家プロジェクトの宇宙船に簡単に乗せてくれるわけないよな。それだったら、人間の運命は人間の手の中にある、ってサルトルが言ってたから、運命を戻すために穴に戻りますか」

「平原中尉、あなたは哲学的な人ね」

許は意外だと言った顔をしていた。

「宇宙と哲学ってつながりがありそうじゃないですか。ちょっと哲学をかじったことがあるもので」

「…そうなの。とにかく穴を入り直しましょう」


 『おおとり・天江』はワープチューブ内を戻り、ロシア船が逃げ込んだ穴の近くに戻った。

「確か、座標的には、この辺りだったけど、空間の歪みが全然ないわ」

スチュアートは、船外モニター画面を眺めていた。

「我々が出た時に閉まり始めていたら、完全に閉じてしまったようね。平原中尉、この穴の開閉周期ってわかるかしら」

「固定カメラでも設置しておけば良かったのですが、記録がありません」

「それじゃ、開くまでどのくらい待てば、良いのです」

「…運次第かと…」

平原は言葉に詰まっていた。

「食料はあるといっても、1年はないわよ。どうするの」

スチュアートは頭を抱えていた。

「穴の周期を早めたり、強制的に開ける方法はないのかな」

平原はぼそりとつぶやいていた。

「レーザー光で刺激したらどうかしら」

「スチュアート中尉、そんなことをして穴が破壊されてしまったら、どうしますか」

許の言葉にスチュアートはしゅんとしてしまった。

「重力と何らかの関係性があるのかな。もしあるとしたら…」

「平原中尉、どうしたのです」

「エイリアン船に何か参考になるものがあるかもしれません」

平原が言うと許は目でうなずいていた。


 『おおとり・天江』は、エイリアン船の船首部分を丹念に見て周った。

「貴重な燃料を費やして行ったり来たりして、動き回っているいるけど、何もないようね」

許はモニター画面とセンサーの反応をつまらなそうに見ていた。

「平原中尉、穴に入る際の方向は後ろからってことはないの」

スチュアートが言うと、許は大きくうなづいていた。

「そんなことって…、あり得るかな。あるな。ケツから入れば、もし危険と感じたらエンジン全開で脱出できる」

平原は『おおとり・天江』をエイリアン船の船尾部分に向かわせた。


 「あの平べったい絶壁のような板は何だろう」

平原が真っ先に巨大な板を見つけていた。

「なんか、ビンゴ臭いわね」

「スチュアート中尉もそう思った。それじゃ、あれが何で出来ているかスキャンしてくれないか」

平原が許を差し置いてスチュアートに指示したので、許は一瞬渋い顔をしていた。スチュアートは、素早くキーボードを叩き、結果を待っていた。


 「この特徴は95%電重力物質だから、電重力板だわ」

スチュアートは嬉嬉としていた。

「ということは、居住スペースの床面に使われている電重力板を使えば、穴が開けられる可能性があるわけね」

許も頬を少し緩めていた。

「さっそく、これを外して…船尾は設置場所に無理があるから船首につけましょう」

許は足元の床面を見ていた。


 青い太陽が二つのある恒星系に通じる穴の前に戻って来た『おおとり・天江』。

「まだ出力が良いようですね」

許はモニター画面上の穴があるとされる何も変化のない空間を見つめていた。

「次が、最大出力です。これがダメなら。他の手を考えなければなりません」

平原は出力を最大に調整していた。

 『おおとり・天江』の船首に取り付けた電重力板が作動するが、見た目には何の変化もなかった。しかしごく僅かに空間が歪み始めた。非常にゆっくりだが、歪みの範囲が徐々に広がって行った。3人は顔を見合わせていた。

「平原中尉、今よ。エンジン全開」

「はい」

平原は電重力板を作動させたまま、ロケットエンジンをフル噴射させた。


 『おおとり・天江』は青い太陽が二つのある恒星系にいたが、眼前には巨大な木星型惑星の姿があった。

「艦長、現在方向転換して反対方向に噴射していますが、勢いがつき過ぎて、惑星の引力にどんどん引き寄せられています」

「日本語で言う一難去ってまた一難ね」

許は渋い顔をしていた。

「あぁ、無理だ」

「平原中尉、あの惑星に突っ込んじゃうの」

「そうだ。この引力を利用してスイングバイすれば、何とかなる」

平原が言い終える間もなく、スチュアートは軌道計算のコマンドを打ち込んでいた。


 『おおとり・天江』のモニター画面には巨大なガス惑星が画面いっぱいに広がっていた。惑星上層部には、青い青い筋が何本も見られ、黄色い斑点があった。

「恐ろしくデカい惑星だわ。吸い込まれそう」

スチュアートは丸窓から外を見ないようにしていた。

「平原中尉、あの衛星にはかなり接近しそうだけど、大丈夫ですか」

許は点のような衛星の黒い影を見落とさなかった。

「艦長、近くを接近するので、カメラ撮影を設定しています」

「何か映るかしらね」

許が言っている間にも衛星をぐんぐん接近してきていた。あっという間に通り過ぎる。

 スチュアートが撮影画像をモニターに転送させた。氷に覆われた衛星の画像が、何枚か表示された。その中で一番接近した際の画像には、氷原のほんの一部にクレーターのようなものがあった。周りには黒っぽい粉のようなものが散らばっていた。

「艦長、あれってロシア船の残骸じゃないですか」

「そのようね」

「あのクレータは最近できたものです」

スチュアートは十字を切っていた。


 『おおとり・天江』の船内は無重力状態なので、3人は椅子に座っているものの、少し浮き気味であった。

無事に巨大惑星を回り、ワープチューブホールの方向に向かった。

「なんか上手くいきそうね。あぁ、でもまた3つ穴があるわ」

スチュアートはセンサーのデータを確認していた。

「…3つの穴それぞれに何か特徴はありますか」

「空間に歪みがあるだけです」

「艦長、正解の穴が閉じていることもあります。ここは速度を落として、ゆっくりと確認する必要があります」

「平原中尉、速度を落とすと惑星の引力に引き戻されないかしら」

「ゆっくりと確認している暇はないのか、…何か良い方法は…」

「平原中尉、グッドアイデアはないの」

スチュアートは悲痛な声を出していた。

「そうだ。ドローンの緊急リターン機能を使おう」

平原はドローンの航行ログを再生させ確認していた。

「これで、ドローンを発射して電波を切れば、緊急リターンするから、入って来た穴に自動的に向かうはずだ」

「平原中尉、良い考えね。実行して」


 『おおとり・天江』から探査ドローンが発射され、穴がいくつもある空域に飛んで行った。3つある歪んで空間には向かわず、別の何もない方向にドローンは進んでいく。『おおとり・天江』は進行スピードを落とし、惑星の引力に捉われ始めていた。

 「平原中尉、我々は止まりそうよ」

スチュアートは遠ざかっていくドローンを見つめていた。

「そうか。あそこにあるのが、正解の穴で今は閉じているんだな」

平原は『おおとり・天江』のエンジンを吹かし、同時に船首の電重力板を作動させた。穴があると思われる辺りでドローンが停止した。まだ穴が開いていないので、ドローンのAIが迷っているようだった。そこに『おおとり・天江』がのろのろと接近していく。進行方向の空間が歪み始めた。

「もう少しで、開きます」

許は祈っているようにも見えた。平原は燃料計を見ながら、エンジンを吹かし続けていた。

 穴が開き、その先に緑がかったワープチューブ空間が見えていた。『おおとり・天江』はゆっくりと穴を通過してワープチューブに戻った。

 3人は言葉もなく、ほっとしていた。

「上手くいっていると良いのですが、スチュアート中尉、船体に異常はありましたか」

「特にありません」

「平原中尉、我々の時代の地球に戻りましょう」

「艦長、その前に居住空間の重力を戻した方が良くないですか」

「スチュアート中尉、まだ電重力板を使うかもしれないので、もう少し我慢してちょうだい」

許も無重力の居心地の悪さは痛感しているようだった。


 エイリアン船のそばまで来ると、いつも通り穴が開いていた。

「我々が1969年に出現したことで、本来の時間軸には戻れなくなった可能性もあります。まだ安心はできません」

「艦長、あの1969年の世界が並行宇宙だったら、問題はないはずです」

平原は並行宇宙説に則っていた。

「あたしは、楽観的だから並行宇宙説に一票入れるわ」


 『おおとり・天江』は地球近傍に通じる穴を再度通り抜けた。

「まず、地球の電波を何でも良いから受信してみるわね」

スチュアートは周波数を調整したいた。

「まずはマイケル・ジャクソン、スリラー…」

スリラーのイントロが流れて来た。3人の顔から血の気が引いて行った。

「今度は80年代半ばなのですか」

許は20世紀のアメリカのポップスに詳しいようだった。

「これって日本の番組みたいだけど」

平原は英語と日本語が入り混じる番組と感じていた。

「小林勝則がお送りするベストヒットUSAリターンズ、まず当時、私の叔父・小林克也のインタビュー映像をご覧ください」

と音声。日本語がわからない許とスチュアートは肩を落としていたが、平原は嬉しそうな顔になっていた。

「我々の時間軸に戻ってます。スチュアート中尉、上日本国ステーションがあるかどうか確認して」

「えぇ、そうなの。…あらっ、あるわ。確かに存在している」

スチュアートは平原にハグしていた。許はそんな二人を黙って見ていた。

「こちら上日本国ステーション、『おおとり・天江』どうぞ。帰還に手間取ったようですが、何かありましたか」

「後程、報告いたしますが、いろいろと…」

許はそういってから、言葉に詰まっていた。

「大ありです、とにかく無事に帰って来ました」

平原が付け加えていた。

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上日本国 @qunino

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