第10話 ロシア船
●10.ロシア船
海南島から打ち上げられた中国の連絡船『普渡35号』と探査船『天江』が軌道上の『おおとり』にドッキングしていた。
「強力なロケットエンジンは『天江』のものを利用して、居住空間は重力のある『おおとり』にしましょう」
許大尉は『おおとり』の電重力板の重力を確かめていた。
「補給物資は『天江』から『おおとり』に移しますか」
平原は『おおとり』のドッキングハッチの所に立っていた。
「必要な分だけ、持って来れば良いでしょう。それとスチュアート中尉、『おおとり』のシステムに『天江』のシステムをリンクできるかしら」
「できますよ。ここから操縦できるようにします。艦長席はこの椅子にしますか」
スチュアートは壁に掛けてあった折り畳みディレクターチェアを広げ、船外モニター画面の前に置いた。
「私がチームキャプテンだけど、艦長にもなるわけね。異存はないわ」
許はすぐにディレクターチェアに座っていた。
「それと俺の席とスチュアート中尉の席はここにしますか」
平原は別の折り畳み椅子を広げて、艦長席の両脇に置いた。
「これで、ブリッジっぽくなりました」
「平原中尉、椅子は固定した方が良いわね。どんな揺れが来るかわからないから」
「わかりました」
平原は固定金具とビスを取りに『おおとり』の後部に歩いて行った。
後部にはリンクケーブルを探しているスチュアートがいた。
「アノ女、威張ってマス」
スチュアートはヘッドセットを外して、小声の肉声でしかも日本語であった。
「え、日本語わかるの」
「チョっと」
「一応…、キャプテンと言うか、艦長ですから」
平原が話し始めるとスチュアートはヘッドセットつけ直していた。
「平原中尉、操縦はあなたの方が手慣れていそうね」
平原の目の前のテーブルには、ノートパソコンとゲームのコントローラーのようなものが置いてあった。平原は軌道上からワープチューブホール近くまでを操縦しているうちに扱いに慣れてきた。
「はい。それじゃ、あのワープチューブホールに突入しますか」
平原はコントローラーを再び手にした。
「問題はなさそうね。行きましょう」
許は真っ直ぐモニター画面を見ていた。スチュアートは横目で許をちらりと見ると不満げな表情になっていた。
『おおとり・天江』は宇宙空間の一部が歪んでいる穴に入って行った。穴を抜けた途端に、チューブストームに襲われた。エイリアン船の残骸の破片やどこから来たかわからない微小隕石の欠片が流されていた。『おおとり・天江』はエイリアン船の横をすり抜けるように流され、ワープチューブの袋小路の入口方向に向かっていた。
「エンジン全開で、流されないようにして」
「艦長、ストームの力が強過ぎます。燃料の無駄です。流されてから戻った方が得策です」
「このまま、どこまでも流されるのですか」
「チューブストームはそう長くは続きません。必ず収まります」
「でも今回は収まるとは限らないでしょう」
「艦長、流された先、前方56万キロにロシア船を検知しました。流れに乗ってエンジンをふかせば、すぐたどり着きます」
スチューアートが、平原にウィンクしながら言っていた。
「…、その方が合理的ね。パワー50%でエンジン作動」
「了解」
平原は、奇妙な指揮命令系統に少し慣れてきた。
チューブストームが止んで、ロシア船と『おおとり・天江』の間は約20万キロになっていた。
「ワープチューブ内は未知の部分が多く、危険を伴うので宇宙主要国協定委員会の許可なく立ち入りは禁止となりました。ロシア船の安全確保のために同行願います」
許が無線で呼びかけるが、反応はなかった。
「ロシア船に無線は届いているのかしら」
「ロシア船の周波数に合わせているので、聞こえているはずです」
スチュアートはリンクしているノートパソコンで確認していた。
「ロシア船、今回は立ち入り禁止の罪には問いません。応答願います」
「…あぁ、協定委員会か何だか知らないけれど、宇宙開発は自由だ」
ロシア訛りの英語で応えていたが、それを『おおとり・天江』翻訳ソフトが日本語と中国語にも翻訳していた。
「このチューブストームもいつ起こるか予測がつきません。今のうちに引き返した方が良いと言えます」
「今回は罪に問わないのだな。それならあの穴を探査するから失礼するぞ」
無線はブチッと切れた。
ロシア船は、一番近くに開いていた穴に入って行った。
「あぁ、逃げたつもりだろうが、穴の開閉周期もわからないのに危険過ぎる」
平原はモニター画面上のロシア船を見つめていた。
「我々も行ってみましょう」
「艦長、いつ閉まるかわかりませんよ」
平原は許の顔を二度見してしまった。
「平原中尉、ちょっと入ってすぐ戻ります。別の穴がどこに通じているか興味があります」
「わかりました。数分程度で戻りましょう。しかし我々が到着する前に閉じる可能性もあります」
平原は、仕方なく『おおとり・天江』を穴に向けて前進させた。
『おおとり・天江』は先刻ロシア船が入って行った穴に、まず探査ドローンを発射させて安全を確認し、回収していた。その後、『おおとり・天江』はゆっくりと穴をを通過していった。穴の先は青い太陽が2つある恒星系であった。眼前には数十時間で到達できる距離に木星型の惑星があった。
「…何と、太陽が二つ…、太陽系とは明らかに違う恒星系ではありませんか」
許はモニター画面を見た後、『おおとり・天江』の丸窓から肉眼で確かめていた。
「あぁ、こんな所があったんですか」
平原もあっ気にとられていた。
「素晴らしい」
スチュアートの声は若干震えていた。
「艦長、ロシア船は見当たりませんね」
平原は船外カメラを動かしていた。
「あぁ、ロシア船はあの惑星に向かったようです。っていうか強大な引力で引き寄せられている感じです」
スチュアートはセンサー類を素早く確認していた。
「我々も引き寄せられています。すぐに戻らないと」
平原は『おおとり・天江』を方向転換させていた。
「私の希望だった数分は経ったようね。ロシア船は穴の外で待ちましょう」
許の言葉を受けて平原はロケットエンジンを噴射させていた。
「…この引力だと、もう穴には戻れないかもしれませんけど」
スチュアートはロシア船のいる位置の重力を推察していた。
「あれ、俺らが通って来た穴は、どれだっけ」
平原は進行方向にある5つの穴の存在に気が付いた。
「あんなに穴があったかしら」
スチュアートも首をかしげていた。
「平原中尉、穴の大きさから言って、右から2つめでしょう。急いで閉じかけています」
許は冷静なようでいて、手に汗をかいていた。
『おおとり・天江』は穴を通過し再びワープチューブ内に戻った。後部カメラの画像にはかなり狭くなっている穴が見えていた。
「次に開くのはいつかしらね」
許は安堵の表情を浮かべていた。
『おおとり・天江』は地球近傍に通じる穴を抜けて、いつも地球や月、太陽がある宇宙空間に戻った。
「しかしワープチューブは未知の危険がいっぱいと言えます。今回のことで良くわかりました」
「艦長、一番近い上日本国ステーションが見当たらないようですが」
スチュアートはセンサーで何回も確認していた。
「まさか。破壊されたのか」
平原は急に不安げになった。
「…あぁ、あの無線が…」
スチュアートは音声を船内スピーカーに切り替えていた。
「こちらアポロ11号、順調に航行中、まもなく月の周回軌道に入ります」
無線の声に、黙ってしまう三人。
「アポロ11号って…」
許は目を丸くしていた。
「1969年のあれか」
平原は口を開けたままにしていた。
「ここは違うのよ。時間軸が…」
スチュアートは甲高い声になっていた。
「こんなことってあるのかしら。スチュアート中尉、地球をできるだけ拡大させて見せて」
許が言うと、モニターに映っている地球がズームアップしていく。北極の氷がしっかりとユーラシア大陸に接していた。
「真冬じゃないわよね」
「艦長、月面着陸は確か7月って習った気がするわ」
「温暖化する前の状況ということは、間違いありません」
平原は最近の北極海の夏の映像と見比べていた。
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