第9話 宇宙主要国協定

●9.宇宙主要国協定

 上海中華中心大厦の最上階のバンケットホールに、呂主席一行、マッカーシー米国大統領一行、上日本国首相一行が入ってきた。宇宙主要国の首脳たちが秘密裏に集まった。

 「130階からの景色は絶景ですな」

マッカーシー大統領は英語で言っていたが、呂主席のヘッドセットには中国語、織部のヘッドセットには日本語になって聞こえていた。

「中国では12番目ぐらいの高さ642メートルですけど、お褒めいただいて、ありがとうございます」

呂主席は、マッカーシー大統領一行と織部首相一行に席に着くように促していた。

「そうなんですか。上海では一番か二番目じゃないですか」

織部はホールの特大強化ガラス越しにシティービューを眺めながら座っていた。

「日本で一番高いのは何階でしたっけ」

呂は織部の方をじろりと見た。

「私は上日本国の人間ですが、日本では高さ395メートルの64階建が一番高いようです」

「えぇっ、まぁ日本は地震国ですから…」

呂は蔑むような微笑みを見せていた。

「しかし上日本国の大使館の敷地には138階建てで高さ690メートルのビルを建設する予定ですけど」

織部はさり気なく言っていた。同行している平原は、そんな計画は知らなかったので、目が泳いでいた。

「上日本国が中国、アメリカに次ぐ大国になると良いですね」

呂は言葉の節々に嫌味のようなものが漂っていた。


 ヘッドセットを付けた平原はワープチューブの専門家として、ワープチューブやそこに存在するエイリアン船について、説明していた。演台には大型モニターが3台とエイリアン船の模型などが並んでいた。

「このエイリアン船は9500年もの間、地球を目の前にした穴の前に存在していたのです」

「平原中尉、95000年の間違いではないですか」

呂に同行している科学者の女性・王が口を挟んだ。

「いいえ、デマが流れていたようですが、9500年前に間違いありません」

平原は一瞬ニヤリとしてから、きっぱりと言い放っていた。


 平原の説明は一通り終わると、首脳同士の会談となった。

「既に米中で死者を出しているので、このまま放置しておくわけには行かないようです」

織部は自動翻訳機が正しいニュアンスを告げているか、英語と中国語が堪能な鈴木に確認しながら言っていた。

「しかしエイリアン船の脅威は去っていると言えませんか。9500年も侵略して来ないのですから。脅威を強調してエイリアン技術を米と上日で独り占めしたいのではないですか」

呂主席は厳しい表情であった。

「アメリカ、中国、上日本で共同管理にすれば、良いのではないでしょうか」

マッカーシー大統領は呂の表情の変化を待っていた。

「どのような形の管理ですか。管理は良いとしても、エイリアン技術の分配などはどうなります」

呂主席は憮然としていた。

「今日ここに集まる3ヶ国の軍隊でワープチューブの出入りを管理するのですが、持ち回りでなく、均等に人数を出してはどうですか」

マッカーシーは曖昧に応えていた。

「それで技術の方は、どうなります。これは得たものが地球上で有利になります」

「戦争に使うということですな」

「使うなって方が無理があります」

「まあまあ、お二方、戦争ありきでお話のようで」

織部が口を挟むとマッカーシーと呂は織部を睨んでいた。

「アメリカは戦争は望んでいない」

「中国も同様です。しかし不当な利益分配は戦争の元になります」

「問題はエイリアン技術ですか。それなら、技術の使用や特許は、共同管理組織のものにすれば良いのでは」

織部は睨まれたことを意に介していなかった。

「抜け駆けしたり、地球人の独自開発した発明だと言い張った場合どうなりますか。どうも日本人は性善説に基づく癖があるようだ」

呂はあえて日本人と言っていた。

「上日本人と言えでも、日本文化圏人としてのアイデンティティは持っています。それはそうとして何らかの制裁が必要でしょう。それにはエイリアン技術の詳細を把握しなければ、違反かどうかもわかりません」

織部は新たな造語を付け加えていた。

「いずれにしましても、宇宙主要国協定委員会を作り共同管理をするのが望ましいと思います」

「エイリアン技術とワープチューブに関しては常に委員会で協議するのだな」

呂の心が少し動き始めた。

「その通りです。もし協議に納得が行かなくなったら、協定を破棄する権限を有するとしたらどうですか」

「織部首相の言う通り、まずはG3協定委員会の元でエイリアン技術の把握から始めますか」

マッカーシーが後押ししてくれていた。

「…宇宙主要国協定委員会か、取りあえず協定を結ぶのも良いか」

呂は表情が少し緩んでいた。

「エイリアン船をいじったり、ワープチューブを移動していると、エイリアンに地球の存在を呼び起こさせる可能性だってあります。そのためにも共同管理は必要です」

織部は平原の方を見て、上手くいったという表情をちらりと見せていた。

「この先太陽系内で中国とアメリカの同盟国がどんなに戦おうとも、ワープチューブ内は休戦状態とするなら、問題はないだろう」

呂は微妙なことを言っていたが、一応納得しているようだった。


 翌日、織部たちは民間機で麻布の上日本大使館に戻っていた。

「織部首相、共同管理の方は上手くいきそうですが、138階建てで高さ690メートルのビルの建設って本当ですか」

大使館の広間にあるソファに座っている平原。

「あぁ、あれか。ハッタリだが、まんざら嘘でもない。私が考えていることだ。しかしここの敷地では容積率の問題がありそうだな」

織部は立って窓越しに敷地の外を望んでいた。敷地の外の通りには、日上安保反対のプラカードを掲げたデモ隊数人がゆっくりと歩いていた。

「横田基地の敷地では、どうですか」

「あそここそ、超高層ビルなど建てられないだろう。滑走路の運用にも支障がありそうだし」

織部は、ゆっくりと一人掛けのソファに座った。

「首相、タカギ製薬の工場がある足立六町辺りはどうでしょうか」

「工場を移転させるのか」

「いいえ、ビルの下層階に工場を入れてみてはどうですか」

「うん。良い考えだ。これからは車が空を飛ぶから都心までひとっ飛びだしな。さっそく関係者にあたってみるか」

「首相、上日本国ステーションの報告によると、ロシア船がワープチューブに入ってしまったとのことです」

秘書官の鈴木が昼間に駆け込んできた。

「何も状況を知らないロシア船がか…」

「緊急リモート会議だ。大統領と主席に連絡してくれ」

織部は平原を伴って大使館のリモート会議室に向かった。


 リモート会議室の大型モニターの2分割画面には、呂とマッカーシーが映っていた。

「中国は本当に何もロシアから連絡を受けていないのか」

マッカーシーは、英語でまくし立てるように言っていたが、自動翻訳機は若干早口になる程度だった。

「別に彼らとは連絡し合っていませんし、彼らが勝手にやったことで困ったものです」

呂は、飛んでもないという顔をしていた。

「ロシア船がチューブ内のエイリアン船に下手に触ると、また爆発が起こるし、眠っていた機能を呼び覚ます可能性もあります」

織部は対立気味の二人に対して落ち着いた表情を見せていた。

「そうなっては事だな」

マッカーシーは目を細めていた。

「とにかく一刻も早くロシア船の動きを止める必要がありますが、急がせても上日本船の打ち上げは4日後です」

「アメリカ船は3日後になりますな」

「中国船は2日後には何とか打ち上げられます。それでは我々が止めに行きます」

呂は仕方ないと言った表情を浮かべていた。

「いや、乗組員は平等に3ヶ国一人ずつにしよう」

マッカーシーが素早く提案する。

「まさに共同管理の共同チームですか」

織部はニコやかな顔をしていた。呂は少し渋い顔をしていた。

「それでは宇宙主要国協定委員会による最初の任務は混成チームで行きますか。しかし、2日後に海南島の打ち上げ場に来られますか」

「上日本からは宇宙訓練で鍛え抜かれた平原中尉が参加します」

織部は躊躇せず言い放っていた。平原はびっくりした顔を織部に向けていた。

「あのエイリアン船の専門家ですか。アメリカはリンダ・スチュアート中尉を参加させます」

「中国としては、語学堪能な上に生物学、物理学、医学の博士号を持つ許麗凛大尉が参加します」

「階級からするとキャプテンは許大尉になりますか」

マッカーシーはちょっとつまらなそうな顔をしていた。一方の呂は明るい顔になっていた。

「そうですな。彼女は優秀ですし、女性の活躍が目覚ましい時代ですから、当然の選択と言えます」

呂は男性を選任した織部に皮肉っぽく言っていた。

「緊急対応チームが結成できたことに感謝します」

織部が言うと、呂は不服そうな顔をしていた。

「別に織部首相に感謝される必要はありません。平等な立場で合意に至ったわけですから」

呂は上から目線を織部に感じていたようだった。

「どこが上とかならないように宇宙主要国協定委員会の委員の人数はそれぞれ2人として、委員長は1年ごとの持ち回りにしますか」

織部は空気を読んで提案していた。

「委員長の議決権は委員の2倍にするのが望ましいのではないですか」

呂が言うが、織部もマッカーシーも曖昧な顔をしていた。

「その件は事務方でもっと煮詰めて決めましょう。今は緊急対応チームの出動です」

織部はやぶ蛇になってしまった感があった。

「それではまた」

マッカーシーは社交上のフレンドリーな笑みを見せた。

「この辺で私は失礼する」

呂も笑みを見せるが目は笑っておらず鋭いままであった。

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