第8話 ワープチューブ

●8.ワープチューブ

 『おおとり』内に緊張が走った。

「何、我々が入って来た穴がなくなっただと」

平原は、船外カメラをいろいろな方向に向けていた。

「この船の食料は2週間分はありますから、その間に探す必要があります」

寺島は、そう言うものの、かなり不安げな顔つきになっていた。

「緑色の壁のあそこにあったはずなのに…」

白石はきれいに塞がってしまった壁をの方を悔しそうに見ていた。

 「チューブの穴について、何か…、そうだワープチューブ網の地図らしきものがあったよな」

平原は『おおとり』の主コンピューターとリンクしているタブレットPCに映像を表示させた。

「うーん。この印のここが消えた場合、一番近くにある穴は…」

「ここです。縮尺がわからないので、距離はわかりませんが、一番近くです」

平原のタブレットを覗き込んでいる寺島が声を上げる。

「そうだな。エイリアン船の船尾の方向か。白石少尉、進路を取ってくれ」

「了解」

白石は『おおとり』のロケットエンジンを始動させた。


 『おおとり』はワープチューブ内を進むが、一向にそれらしき穴は見つからなかった。

「これ以上進むのは、燃料の無駄になる。引き返そう」

「しかし隊長、穴があれば、ここから出られるのでは」

「気持ちはわかるが、穴が見つかったとして、そこから外に出たら、太陽系じゃないことだって考えられる」

「全ての穴が塞がってしまった可能性もあります」

寺島はいろいろな可能性をシミュレートしていた。


 『おおとり』は再びエイリアン船の付近に浮遊していた。米中の宇宙飛行士の干からびた抜け殻も一緒に漂っていた。

「そうか。もしかすると米中の宇宙服のヘルメットのカメラが何か記録しているかもしれない」

「ドローンでヘルメットのメモリーを回収してみましょう」

白石はドローンを発射させた。


 アメリカ人のヘルメットの映像を早送りで再生させる。姿勢制御ロケットの部分を外そうと、レーザーカッターを作動せ、ほどなく爆発し飛行士はゆっくり回転しながらワープチューブ内を浮遊していた。続いて中国人のヘルメット映像を再生させる。通路が強力なマニュピレーターに切断された瞬間、爆発が起こり、飛行士の血しぶきが付着するとすぐに粉のようになった。目まぐるしく回転し、穴の位置が特定し難くなっていた。

 「寺島、超スローで再生してくれないか」

平原はモニター画面に食らいついていた。

「この時点で、穴が閉じ始めている」

平原は画面の右下にある時間を確認していた。

「それで、アメリカ人の方で見ると、ここで開いている」

「彼らの尊い犠牲が役立ちそうです」

白石は穴が開いている映像に希望の光を見出していた。

「ということは、俺らが来る前に1回閉じて再び開いてその時に俺らが入り、今閉じているわけか」

平原が言っていると寺島が素早く自分のタブレットPCのキーボードを叩いていた。

「隊長、穴の開閉周期は389時間(≒16日)で、開放38時間という所です」

「そうか。食料は2週間分だしなんとかなる。いゃー、米中の宇宙服のカメラの強度とソーラーバッテリーに感謝だな」


 「チューブホールのオープンまで、まだ2週間ほどあるから、俺はエイリアン船を隈なく探査してくるよ」

平原は宇宙服に移動スラスターを装着していた。

「常に無線はリンクさせてください。何かあったらことですから」

白石は無線機をチェックしていた。

「俺に何かあって戻らなかったら、まずそんなことはないが、時間が来たらワープホールをくぐって戻ってくれ」

「隊長、…オープンの時間まで探しに行きますけど」

「心配するな、すぐ戻って来る」

平原はヘルメットのフェイスプレートを閉じていた。


 平原は、エイリアン船の下層部に漂って行った。

「みんな、俺のカメラ映像を見ているか」

「隊長、感度良好です」

「隊長の動きに合わせてエイリアン船の船内図を作成しています」

寺島の幼い声が平原のヘルメット内に聞こえていた。

「ヘルメットの前照灯を広角にしてみる。かなり広い空間のようだ」

平原の前照灯の光の帯が広がり、ドーム球場のような空間の半分ほどを照らしていた。

「ここは何なんだろう」

「隊長、右の奥の方に白っぽい柱があります」

白石が先に気が付いていた。

 

 「少尉、なんか随分と大きいようだ」

平原は重力があったら、上と思われる方向に浮遊して行った。

 平原のヘルメットにゴツンと何かが当たった。

「隊長、顔のようなものが…」

白石は戸惑った声になっていた。

「カメラ越しの方が良く見えるか。俺は何だかわからない」

平原は、上を仰ぎ見た。そこには恐竜のような生き物の頭蓋骨があった。

「あぁ、あの柱は首の骨か何かだろう。しかしデカい。エイリアンは皆、こんなにデカいのかな」

「隊長、通路の大きさから推察しますと、身長2メートル前後ですから、別な生き物ではないでしょうか」

寺島は冷静に指摘してきた。

「確かに。すると捕獲動物とか食べ物だったとかだな。サンプルを採取するか」

「いや、隊長、下手に触ると爆発するかも知れないので、映像に残してスキャンするだけにしてください」

白石は慌てて制止していた。

「隊長、チューブ内に何らかの流れを確認しました」

寺島は少々動揺していた。

「流れ」

「はい。嵐というか、チューブストームとでも言いましょうか。空気がないのに不思議な現象です」

「電磁波とか放射線とかなのか」

「いいえ。何らかの気体もしくは重力の流れのようです」

「寺島、それはいつ頃、この付近に到達するんだ」

「3分後です」

「わかった。エイリアン船の中の頑丈な部屋で待機する」

平原が言い終えた直後から空電音が酷くなり始めた。


 3分後、エイリアン船は揺れ始めた。『おおとり』はチューブストームと反対の方向にエンジンを吹かせて、流されないように耐えていた。

 エイリアン船内にも重力の流れが通過し、平原は未知の動物の胸骨の辺りにしがみついていた。散らばっていた軽い骨は流れて行った。無線が通じない平原は、急に孤独感を感じていた。

 エイリアン船は非常に大きな機械の作動音がし、重力の流れを打ち消し始めた。平原は、船内に操縦している者がいるのかと一瞬思ったが、自動制御装置の可能性が高かった。


 数分後、機械の作動がしなくなり、エイリアン船は静かになった。

「隊長、ご無事ですか」

無線機を通して寺島の幼い声が聞えてきた。

「あぁ、問題ない」

「エイリアン船は、重力波の流れに動きかけたのですが、すぐに止まりました」

「寺島、何か機械音がしていたんだ」

「たぶん、それは重力アンカー的なものではないでしょうか」

「そうらしいよ。だから9500年も同じ位置にいられるんじゃないかな」

平原はヘルメットの中でほっとした顔になっていた。


 「いよいよだな」

平原は、船内時計のカウントダウン設定の数字を見ていた。5・4・3・2・1と表示が減っていき、遂にチューブホールが開く時間になった。しかし『おおとり』の前にあるはずの穴は開かなかった。

「寺島、計算間違いってことはないか」

白石が、我慢できず口をひらく。

「少尉、それはありません。何回も検算しました。ただ、自然現象が相手なので、誤差はあるかもしれません」

寺島は大人と対等に渡り合っていた。

「寺島、このチューブは自然の産物か、人工というかエイリアンの産物か、まだわからんぞ」

平原は時間が過ぎていく時計を見つめていた。

「隊長、どうしますか」

白石は茫然とモニターに移るワープチューブ壁を見ていた。

「もう少し様子を見よう」


 開放予定時刻の24分後、ゆっくりとしたペースでワープチューブ壁に穴が開き始めた。

「人工の産物なら、時間にルーズな種族が作ったらしいぜ。少尉、『おおとり』発進だ」

平原は目に輝きを取り戻していた。


 『おおとり』はチューブホールを抜けると通常の宇宙空間に戻った。しかしホールの周辺には米中の宇宙船が飛び回っていた。時折、レーザー光の点滅が見えていた。

 「おーっと、こんな所で米中戦争を始めてんのか」

平原たちは、船外の状況をモニター画面で見ていた。

「隊長、互いに威嚇射撃をしているようです」

白石は操縦レーバーを動かし、流れレーザー光に当たらないようにしていた。

「レーザー光を発射している割には、一発も命中していません。少尉の言葉の裏付けになります」

寺島はレーザー光の行く筋を読んでいた。

「だろうな。でも我々の立場として同盟を結んでいるアメリカ船に味方しなければならない」

「しかし隊長、『おおとり』のレーザー砲では、あの中国船は追い払えません」

白石は中国船のレーザー砲3門を確認していた。

「わかっているが、戦闘状態にはないから、こちらも威嚇射撃だ」

「隊長、こういう状況から本格的な戦闘に入ることが多いのですが…」

寺島は実年齢の3倍は生きている感じであった。

 

 『おおとり』はアメリカ船の背後を守るように威嚇射撃をしていた。

「こちらアメリカ宙軍『ディープスター』のスミス大尉です。上日本宙軍『おおとり』の支援ありがとうございます」

自動同時通訳された無線の声が聞えてきた。

「同盟国ですから。こちら上日本宙軍『おおとり』の平原中尉、しかし何でこんなことになったのですか」

「チューブホールが2週間ほど見当たらず、我々同様に探している中国船と遭遇し、互いにけん制し合っているうちに、このようなことに」

「そうですか。チューブホールは定期的に開閉していることがわかりました。それで、エイリアン船の付近に米中の宇宙飛行士の亡骸がありました」

「あぁ、それは消息を絶った『エンジェルスター』の乗組員だと… い ます」

スミスの無線に雑音が入る。

「日米の無線は傍受させてもらった。それで中国船『眉山』も破壊されたのか」

中国語は若干遅れながら同時通訳されていた。

「日本じゃなくて上日本ですけど、そのようです。エイリアン船の…そのぉ攻撃というか、自動装置なようなもので爆発させられた感じです」

「何、攻撃、エイリアンは現在も存在しているのか」

「未知の存在ですから、わかりませんが、米中で戦っている場合ではないかと」

「上日本船は、アメリカ船と徒党を組んで、我々を攻撃するつもりではないか」

「同盟国なので、そういう形になりますが、本意ではありません。かなり危険なエイリアン船に関しては共同管理をした方が良いのでは」

平原は、この場を収めるために大袈裟に言っていた。

「意図的にチューブホールを隠したのではないか」

「そんなことないですし、ワープチューブの件や電重力物質の情報は勝手に盗んだものではないですか」

「…現場の私にそんなことを言われても、わからん」

「それじゃ、米中と上日本のトップで話し合う必要があります。とにかく、ここは休戦と言うことで」

「休戦、別に戦闘をしているわけではないが、互いに手を引くなら、我々も引く」

「スミス大尉、聞いてますか」

「わかった。賢明な判断だと思います」

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