ない…、ない…。

雑草魂

ない…、ない…。


 これは、私が友達から聞いたお話です。彼は廃墟が好きで、よく廃墟巡りをするんだそうです。これは彼がある廃墟で体験したお話です。


 彼はその日、30年前に倒産した会社の社屋を訪れました。今では苔むし、蔦だらけの廃墟になっています。彼が廃墟に入ると、どこからともなく人の声が聞こえてきたそうです。


「……なーい……、……なーい……」と聞こえてきたそうです。


 声が聞こえてくる方に一歩近づいてよく聞いてみると、


「残業代がなーい……、有給がなーい……」


 彼はなんだコレと思いながら聞くのを続けました。


「ホワイト企業じゃなーい……、タイムカードに残業時間書けなーい……、ブラックで社員が逃げるから同僚がいなーい……、先輩も後輩もいなーい……」 

 彼はもうかわいそうだなと思いつつ聞くのを続けました。


「毎日終電過ぎてタクシーで帰るからお金がなーい……、睡眠時間がなーい……、休日に時間がなーい……、最低賃金が少なーい……」


 彼はもうやめてあげて!と思いながらも聞き続けました。


「家に帰れなーい……、会社にばっか居るから友達がいなーい……、仕事があるから打ち上げに行けなーい……、労働基準法が機能してなーい……。ねえ、あなたはこんなことがある?」


「うわぁっ!!ななっ、なんだよッ」


 急に話しかけられ、彼は驚いた。


「あなたは、ないの?それともあるの?」


「なっ、なんなんだよ!話しかけて来んなよ!」


「あぁ、あなたはあるのね。ねぇ、あるってどんな気持ち?どんなに素晴らしいの?」


「ふ、ふざけるなぁ!もう喋るんじゃねえ!」


「ねぇ、ねぇ、どんな気持ち?ねぇ、ねぇ!」


 声がだんだん近づいてくる。


「ねぇ…、ねぇ…!」


 自分の後ろから声がする。


「うわぁぁあぁぁッ!もうイヤだぁッ!」


 彼は、死にもの狂いで逃げ出したそうだ。

 逃げ出す時に声の正体を見たそうだが、全く教えてくれず、怖い、話したくないと震えた声で話すばかりだった。彼にこの話を電話で聞いてから、彼とは連絡がつかない。彼がいまどうなっているのか、どうなってしまったのか。それは、私には分からない。


 私は最近、不眠症に悩まされています。枕元から「……なーい……、……なーい……」と聞こえてくるのです。

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ない…、ない…。 雑草魂 @ukren

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