第8話「宛先のない手紙」

 第7話

 https://kakuyomu.jp/works/16816700426640641138/episodes/16816700427228951348



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「運転ありがとう。いってきます」


 私は車から降り、みゆき口から在来線改札に向かった。ううっ、吐き気がする。

 父の車に乗ると、いつも小さな振動で気分が悪くなる。買い替えるならシー何とかエンジンを採用したものが良いと言っていたから、車酔いから解放される未来は遠そうだ。「ないと思うけど、本革のシートでスピーカーがMcIntoshなら最高」と溜息をついていたし、理想の車に妥協するとは思えない。


「千洋、もう待ち合わせ場所にいるかな」


 階段を駆け上がると、下駄が軽やかな音を立てた。私にとって夏の到来を告げる音。地元の祭りに、両親以外の誰かと行くのは二度目だ。かつての友達と巡ったルートを、今年は千洋となぞる。

 渡り廊下の手すりに寄り掛かる姿を見つけた。思わず小走りになる。


「待った?」

「いや、ちょうど着いたところだよ」


 良かった。私は胸を撫で下ろした。

 穏やかな空気に、千洋の後ろにいた涼風が待ったを掛ける。


「全然よろしくない。兄者が切符を買おうとしないから一本遅れるところだった」


 さすがの私もフォローし切れない。

 十五分以内に乗車できる都会と違い、一時間に一本来るペースだ。電車が二本ある時間帯もあるものの、事前に時刻表を調べておかなければ痛い目に合う。普段なら一時間以上の遅刻を許せるが、屋台に行けないのは我慢できないかもしれない。


 千洋は、私の何とも言えない表情に俯いた。


「涼風、車内で何度も謝罪したじゃないか。山陽線でICカードが使えるのは南岩国までってこと、すっかり忘れていたんだよ。高校は自転車通学だったし」

「山口の都市化は進んでおらん。明治維新百五十年記念事業の一環に掲げてくれれば良いものを。兄者はすっかり広島色、赤に紫にオレンジに染まっちょる。地元愛はどこに行ってしまったのか」

「いやいや、オレンジと言えば山口でしょ。ガードレールが蜜柑色ってこと、広島に行っても覚えちょるよ」


 二人とも、公共の場はお静かにお願いします。周囲の視線を集めているよ。

 兄妹喧嘩に割り込めない私は、両手を中途半端に上げる。夫婦喧嘩の仲裁すらできない人に、事態を収拾させることなど不可能だ。


 どうしたものやら。私と同じく、安芸兄妹を見守る女の子に視線を向けた。首には一眼レフを下げている。涼風の同級生も同行すると聞いていたが、体育会系を彷彿とさせる雰囲気は予想外だ。

 彼女に話し掛けるタイミングを計っていると、のんびりとした声が響く。


「二人の接し方に困りますよね。おいらは日向ひゅうがと言います。涼風の友達です」


 日向ちゃんの言葉に、涼風は千洋から距離を取る。友達の一声は効果抜群らしい。


「あおい、何を言っている。わが……」

「こ、ここ、コーン! 焼きとうもろこしが食べたいな」

「焦りすぎだ。だが、そんなところが愛おしい」


 涼風は日向ちゃんを抱きしめる。お揃いの兵児帯がふわりと膨らみ、芍薬のように花開く。


「もう涼風ったら。さっさと屋台に行くよ」


 早歩きになる後輩達の背が眩しい。

 いいなぁ、仲良しで。私も一回でいいから友達とハグしてみたいな。羨望の眼差しを送っていると、隣を歩く千洋が咳払いした。


「浴衣姿の夏帆ちゃんも綺麗だね」

「そ、そんなことないよ」


 私ははにかんだ。お世辞だと分かっているはずなのに、頬が緩んでしまう。千洋ったら、いくら友達の言葉でも勘違いしちゃうよ。

 心の声に気付かないまま千洋は呟く。


「意外だな。夏帆ちゃんは、日向さんが着ている柄を選ぶと思っていたけど」


 淡い青色の朝顔は、確かに私の好きな柄だ。白地に赤とんぼが舞う、涼風の浴衣も着てみたいと思う。

 頬の火照りを隠すように、袖を揺らした。


「クリーム色にカラフルな縦縞が入っていると、ヨーヨー釣りを思い出すの。海斗くんが取ってくれた水風船。こんな感じの柄だったんだ」


 あの水風船を父に捨てられたときはショックだった。学校から帰ると、萎んだ水風船が自室にないのだから。よりによって燃やせないごみの回収日。海斗くんのお母さんが写真を残してくれなければ、少し早い反抗期に突入しただろう。


 海斗くんも水風船のことを覚えているか定かではない。だけど、この浴衣の柄が、昔の記憶を呼び起こすきっかけになるかもしれない。


「お祭りで擦れ違ったとき、海斗くんが一瞬でも振り返ってくれたら嬉しいな」


 我ながら、偶然の可能性に賭けるなんて非現実的だ。

 海斗くんも進学したのか、就職を選んだのかどうかは分からない。ここではない、遠い場所にいるかもしれない。大学一年生になってからも手紙を交わせていなかった。友達とも呼べない、冷え切った関係に突入した自覚はある。


 震える手を千洋が握った。言葉を交わさなくても、励ましていることが分かる。高校で出会った大事な人。彼と友達になれて良かったと思う。


「今年こそ、彼に会えるといいね」

「ありがとう、千洋」


 県外の大学ではボランティアサークルに入り、一人で海斗くんの捜索をしていた。同じボランティアに参加した他大学の学生を呼び止め、知り合いがいないか情報提供を頼んだ。まだ手掛かりは得られていないが、ネットワークは構築されつつある。夏休み期間もサークル活動の傍らで捜索する予定だった。


 地元の夏祭りに、海斗くんが顔を出すかもしれない。そんな千洋のメッセージで、私は夏休みの帰省を決めた。灯台下暗しという結果もありえるからだ。


「千洋は昨日帰ってきたんだっけ? えらくない?」

「疲れてないよ。広島は隣じゃけぇ近いし。それより神戸の方が遠くないか?」

「平気。ホームシックにならなかったし」


 どちらかと言えば、私の父が淋しがっていた。


「でも、一人暮らしは慣れないや。実家で料理したことなかったから、電子レンジで火花が散ったときはびっくりしちゃった」

「夏帆ちゃん。レンジに何を入れたんでしょうか?」

「片手鍋だよ。解凍した肉に火が通らなかったから、時短しようと思ってレンジに入れたの」


 千洋は頭を抱える。


「パンはパンでも入れちゃ駄目なものだった!」

「兄者、落ち着け。お嬢様に執事が付き添っていないことが諸悪の根源だ」


 二人とも大げさだよ。たかが料理初心者の失敗でしょう。

 私は日向ちゃんを見つめた。唯一の理解者と思われたが、首は横に振られる。

 一般的な失敗例じゃなかったんだ。衝撃の事実に、開いた口が塞がらない。気まずい空気を変えるため、屋台を指差す。


「あ、日向ちゃん。焼きとうもろこしの屋台あったよ!」


 私の視界に、見覚えのある横顔が通り過ぎた。開襟シャツの白さが、夏休み前に転校してきたときの眼差しを想起させる。


「海斗くん?」


 迷いはなかった。このチャンスを逃したら、二度と会えないかもしれない。人込みの流れに逆らいながら、男性の袖を掴んだ。


「海斗くんだよね? 私、周防夏帆だよ。覚えてない?」

「周防?」


 正面から見ると別人だった。やっと再会できたと思ったのに。

 人違いに落胆するものの、既視感に手を叩く。


「大島くんだ!」

「それを言うなら伊予柑だよ!」


 再会したのは小五のときのクラスメイト、伊予くんだった。海斗くんではないことはショックだけど、懐かしい人に会えて嬉しくなる。

 伊予くんとの思い出は苦味ばかりだった。ちょっかいを出される度に自分の弱さが露呈する気がして、小学校の記憶はトラウマが多い。だけど久しぶりと笑い掛けることができたのは、心の余裕が増えたからだろう。

 伊予くんは気まずそうに唇を噛む。


「周防、お前にずっと謝りたかった」


 きょとんとする私に、伊予くんは頭を下げる。


「小学校のころ、からかって嫌な気持ちにさせてたよな。本当に申し訳ない」


 追いついた涼風が私の前に立ちふさがる。


「夏帆先輩、こいつを海に投げ捨ててもよろしいか?」


 私は否定も肯定もできずにいた。冷静な判断を下せる自信がない。言葉を選びながら、過去の自分を見つめ直す。


「小学生のときも、伊予くんに謝ってほしいとは思わなかった。溢れる涙を我慢するために、笑顔を作ろうと必死だったの。誰かを責める気持ちは出てこなかった」


 だが、謝られて気付いたことがある。


「今までは、友達ができない私に非があると思ってきた。だけど、交流を拒絶するクラスメイトも、優しい顔を見せてから突き放す子も、どうせ卒業後につるまなくなる。空気を読みすぎて萎縮するより、自分の意見を伝えることを優先するべきだった。遠慮しすぎた自分が情けない。主張はきちんと伝えなきゃ駄目だよね」


 言葉を一旦切ってから、溜め込んでいた思いを吐き出した。


「言い返さなかった私の弱さに付け込んだ挙句、今さら許しを請うの? それは自分勝手すぎないかな?」

「……返す言葉もありません」

「もう恨んでないよ。私の愚痴を最後まで聞いてくれてありがとう。だから、これから友達になってほしいな」

「そ、それはもちろんっ」


 伊予くんは土下座をする勢いで、片膝を地面についていた。慌てて制止したけど、言いすぎたとは思わない。

 ふぅ。すっきりした。


「はい。二人ともクリームソーダどうぞ」


 タイミングを計ったように、千洋が差し入れする。商店街の喫茶店が出店していたらしい。ロゴの入ったカップには、鮮やかな翡翠色で満たされていた。


「伊予くん、小学校時代の夏帆ちゃんはどんな子だったの?」


 恥ずかしい。そんな質問しないでよ。

 私は耳を覆う。あ、片手はふさがっていたんだった。


「常に背筋を伸ばして座るくらい、かなり真面目な奴だったぞ。スプーンを持つ仕草からも、育ちの良さが滲み出てたっけ」


 クラスのほとんどは、周防の親父がヤのつく自由業って信じていたけどな。

 伊予くんが告げたことは初耳だった。父は趣味のウインドサーフィンで日焼けしているが、職務質問されたことはない。参観日に紫のアロハシャツを着て来るくらい、どの家庭でもあるだろう。


「上総と待ち合わせしていたのか? 俺と間違えたみたいだけど」

「実はね……」


 私は伊予くんに事の次第を話した。転校してから手紙のやりとりをしていたこと。高二の夏を境に届かなくなったこと。今年の春、海斗くんに宛てた手紙が実家に送り返されていたこと。スマホのIDを書き、手紙以外でも連絡しようとしたが叶わなかったこと。

 話の後半になるにつれ、伊予くんは呆れた表情を浮かべた。


「そんな奴のこと忘れろよ。周防がつらいだけだろ」

「今の私を作り上げたのは、海斗くんの存在が大きいもん。つらさもあるけど、感謝の方が大きいよ」


 自分に言い聞かせるように話を続けた。


「あのとき言えなかった言葉がある。出せなかった手紙がある。引っ込み思案な私に、海斗くんは歩幅を合わせてくれた。今度は私が勇気を出す番」


 私は昔の自分とは違う。もう海斗くんの返事を待ち続けられない。


「住所が分からなくても私の気持ちを伝えたい。大切な友達でいてくれてありがとう。離れていても、ずっと好きだったって」

「周防がしょげてないなら良いけど。俺も因幡も、上総に会って言いたいことがあるし。捜索を手伝うよ」


 それにしても。伊予くんは天を仰いだ。


「あのとき意地にならなきゃ良かった」

「伊予くん、落ち込むなよ。傷はいずれ癒えるからさ」

「千洋って言ったか? お前、いい奴だな」


 二人の握手に、げんなりする人がいた。


「兄者の感動回は不要だ」

「涼風。温かく見守りんさい」


 あおいはカメラを連写する。気に入った一枚が撮れたのか、口角が緩んでいた。


「写真」


 私は閃いた。


「手紙を写真に撮って、SNSに投稿するのはどうかな?」


 ぽかんとする表情にひるむことなく、勢い込んで話し出した。


「今までは住所が分からなくて送れなかったけど、ネットなら自由に発信できる。それに、誰かが拡散することで海斗くんに届くかもしれない」


 突拍子のないアイデアに反応したのは伊予くんだった。


「アホか。見ず知らずの人が書いた手紙なんか誰が見るんだよ。遠距離恋愛ならともかく、周防の片思いだろ? 『そんな奴のことを想い続けてウケる。別の人を好きになれよ』って、アンチが叩くんじゃねーの?」

「そうかもしれないけど」


 私の語尾には威勢がない。伊予くんが言うことは正論だ。全ての人が肯定的に受け入れるとは限らない。

 黙り込んだ私に、涼風が伊予くんを睨んだ。


「夏帆先輩に謝れ、蜜柑野郎。しおらしい態度はどこへ行った」

「こら涼風。伊予くん、妹が失礼なことを言って申し訳ない」


 千洋が頭を下げたが、伊予くんは肩を震わせる。


「伊予柑が発見されたのは今の萩市って知っちょるんか? 山口県民なら、伊予の名前にもう少し親しみを持ってくれよ。でも、愛媛は蜜柑っていうイメージは安直だからな。名産品が蜜柑だけと思ったら大間違いだ」


 ツッコミどころが違うよ、伊予くん。私が争点のずれを注意する前に、痛いところをつかれる。


「そもそも、上総は周防との連絡を待っていないんじゃないのか? 駆け落ちとか、盗んだバイクを運転したとか、夜逃げとか。オホーツク海の蟹工船で缶詰を作っているかもしれないし」


 海に投げ捨てられる死体。

 想像しただけで涙が浮かぶ。来世の再会なんて絶対に嫌だ。


 私の様子に騒ぐ四人を収めたのは、意外な人物だった。


「伊予、イカ焼きは? 俺は頼まれたものを買って来たのに。……って、どうして周防といるんだよ? 上総に言われたこと忘れたのか?」


 因幡くんが立ちすくんでいた。残念だけど、伊予くんのときみたいに再会を喜べない。今は海斗くんの生存確認が最優先事項だ。

 涙を拭いていると、伊予くんは肩をすくめた。


「忘れる訳ないだろ。『周防に近付くな。お前らの笑い声が耳障りなんだよ』って、ヒーローみたいに言われてさ」


 うんうん、あのころの海斗くんもカッコ良いよね。


 思わず笑顔になる私とは対照的に、伊予くんも因幡くんも暗い表情だ。よそ者と言ったことを後悔しているのだろう。


 何が何でも再会させなきゃ。私の肩に力が入る。


「七人の侍にしては足りないけど、海斗くん探しの協力者が集まって心強いよ」

「おい、周防。ひょっとして俺もカウントしてないか?」


 指を折りながら訊いた因幡くんに、私は落ち着いて答える。


「それなら五人で任務を遂行する。長州五傑ファイブみたいでカッコ良いもん」

「俺も入れてください。お願いします」


 もちろん大歓迎だよ。仲間は多い方が心強い。

 因幡くんが加わることに異論はなかった。星空に向け、私は拳を突き上げる。


「海斗くんを探し隊、始動だよ!」


 ほかに良い名前、よーけあるよね。

 過ごした時間も場所も違う男女が、初めて声を揃えた瞬間だった。






 私は風呂上がりにSNSを開く。今日作ったばかりのアカウント。まだ投稿数はない。

 どんな言葉を届けるべきか悩んだ結果、偽りのない思いを文字にした。


「最後に貴方と話したのは、引っ越しの見送りですね。あれから七年目。途切れなかった手紙が来なくなっても、変わらず貴方のことを想っています」


 私は写真を添付する。今までで一番長い手紙だ。



 ***



 お返事ありがとう。返事を出すのに一ヵ月は掛かる私に、貴方はゆっくりで良いと言ってくれたね。いつも、近況や思い出話を教えてくれて感謝しています。貴方の手紙は、友達ができない私の支えになったよ。


 だからこそ、貴方の手紙が来なくなってからは、とても不安だった。危ない目に遭っていないか、私に言えない悩みを一人で抱えていないか心配だった。


 一番つらいのは、私の手紙が居場所不明で返送されたとき。貴方との連絡手段がなくなったことよりも、生死の確認すらできないことが堪えた。私との手紙を続けたくないのなら、自然消滅を選んでほしくなかった。


 手紙に書きにくい言葉だとは思う。でも、年賀状に「終わりにしたい」と一筆添えてくれれば潔く身を引くよ。私の存在が重荷になっていると、思っていることを正直に伝えてください。返事がないことで絶交を示していたとしても、私は馬鹿だから分からない。


 どうせ縁が切れるのなら、私は貴方に本心を伝えてから決別したいな。


 本当は再会して言いたかったけど、手紙で伝えるね。

 私の初恋の相手は貴方だよ。


 私の記憶にある貴方の姿とは、かなり変わっているかもしれない。背も、声も、顔だちも、大人になっていると思う。それでも私は、貴方のことが好き。

 実を言うと、貴方への恋心は出会ったときから募らせていた。友達以上恋人未満の関係に満足していたから、直接伝えることはしなかった。ううん、伝えることができなかったの。


 一度だけ、貴方と祭りに行ったことがあったよね。花火が打ち上げられていたとき、今日は楽しかったって話した。あのとき、告白しようと思っていたんだ。でも、貴方がまた転校してしまうことを考えて言えなかった。出会ったときと変わらない、臆病な私を許してほしい。


 以前、手紙の中で約束したことを覚えていますか。大人になってから会おうと言ってくれたよね。でも、貴方の考えが変わっているのなら、反故にしてかまわない。約束をなかったことにしたいと私に言ってください。叶わない約束に期待することが、もう耐えられない。貴方のことが好きすぎて苦しいよ。この片思いを終わりにさせてくれないかな。どんな言葉でも、私は受け入れる覚悟ができている。

 一生のお願いを使っても良い。貴方の答えを聞かせてください。


 貴方が生きていることを祈って。



 周防夏帆




 ***



 拡散希望のタグは付けなかった。今の私には頼れる仲間がいる。スマホの通知が数分おきに更新された。


 因幡『こんなに思われているのに、ずっと返事が来ないなんて……誰か彼の居場所が分かる人はいませんか?』

 千洋『僕は居酒屋でバイトしているので、思い当たる人がいないか常連さんに訊いてみます』

 日向『手紙のやりとり素敵です。夏帆さんの字で相手の方が気付いてくれると良いなぁ』

 涼風『ドラマのような話。だが、応援したくなる』

 伊予のみかん『このカプ最高かよ。いつか再会してほしい!』


 それぞれのアカウントでフォロワーに発信していた。五人との関係性が判明したとき、サクラと叩かれないか心配になる。だけど、私はスマホを抱きしめた。


「みんな、ありがとう」


 本心で書いてくれたことが一番嬉しい。

 感謝が通じたように、スマホが振動する。


 ダイレクトメール?

 私は首を傾げながらメッセージを開いた。どちら様でしょうか。


『同窓会に行けなくてごめんね。今度、食事でもどう?』


 同窓会なんてあったっけ。

 送り主は石鯛さん。好青年と思しきアイコンは自画像らしい。

 本人発見の確信は持てなかった。手馴れている感じが気に食わない。会えない時間がプレイボーイに成長させたのかな。


 私はグループライン「海斗くんを探し隊」で相談した。

 ダイレクトメールの画面のスクショに、人参をむさぼる兎のスタンプが送られる。ガジガジという丸みのあるフォントは、私の不安を緩和させた。


 因幡『同中の奴らに俺と伊予はハブられているんだ。同窓会の連絡なんて来る訳ないじゃん』

 伊予『因幡、拗ねんな。話を戻すけど、ブロックせずに既読スルーしといたら? 文面が怪しいからな』

 千洋『初めての同窓会って、成人式の後にやるものだよね~』


 なるほど。勉強になります。

 私はウインクの顔文字を送る。


 涼風『件のアカウントは体目的と思われる』

 日向『写真の解析かんりょーしました! 五十代の既婚男性、無職、釣り好き、先週も夜の街で大物ゲット……あとは伏字にしとかないと夏帆先輩が倒れますね』


 後輩組の行動が早すぎる。労いのスタンプを送っておこう。


 伊予『大学生が十八歳未満に心配される内容って……』

 因幡『あのアカウント、個人情報に繋がる写真なさそうなのに。すごいな、今ごろの若者は』

 千洋『残念ながら一つ下だよ。お兄ちゃんの肩身がどんどん狭くなる』


 個人情報と聞いて、私はマイページを開く。アイコンに選んだ写真は、今日の浴衣姿。金魚のかんざしが見えるよう、日向ちゃんに撮ってもらったものだ。

 顔は見えないけれど、見知らぬ人に特定されてしまうのだろうか。


「そうなったら怖いな。でも、海斗くんに会えるなら少しくらい我慢せんと」


 恋が実らなくていい。命を引き換えにしてでも、元気な姿が見たかった。

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