第45話 話すと楽になることもある
結論から言うと、デートは実に楽しかった。何となくブラブラ歩くだけでも明莉は終始笑顔でいてくれるし、俺も顔が緩んでいるのが自覚できた。
駅ビルの展望エリアにあるテラスは公共スペースになっており、昼食の場所はそこに落ち着いた。「お口に合うといいんですけど」と、明莉にしては控えめにバッグの中身を広げた。俺の目に入ったのは、とんでもなく手が込んだ弁当だった。これを前日の夜に用意するなんて想像できない品々に見えた。
牛肉と根菜の煮物、ほうれん草と人参の和え物、そして甘い卵焼き。梅干し入りのおにぎりと共に食べれば、それはもう最高の味だった。
満腹になったら、再び駅ビルを歩く。ちょっとした小物店で、明莉がチラチラ見ていた飾り付きのヘアゴムをプレゼントした。値の張るものではなかったけど「宝物にします」と喜んでもらえたのは、素直に嬉しかった。
腹の中が落ち着いてきた昼下がりは、明莉の希望により、クレープを一緒に食べた。ベンチに座り互いに食べさせ合うのを、どうしてもやりたかったらしい。
「健司さん、あーん」
「かなり照れくさいんだが」
「はい、あーん」
恥ずかしがっても、許してはくれなかった。とはいえ、悪い気分ではない。むしろ、フワフワとした幸せさえ感じていた。
「ふぅ、美味しかったです」
「そいつはよかった」
イチゴチョコクレープとバナナクリームクレープを半分ずつ食べた明莉は、満足気にお腹をさすった。本当に些細なデートだったけど、連れ出して良かったと思う。
だけど、心の隅ではやっぱり昨日の事が燻っていた。結論は出ているけど、拒絶するのは辛い。それに、魔法使いでなくなった俺を明莉が好いていてくれるのかが不安で仕方ない。
「さて、健司さん」
「ん?」
左隣に座った明莉が、覗き込むようにして見つめてくる。俺は思わず、メガネの位置を直す仕草をした。
「話せるならでいいですけど、話してほしいですよ」
「なにを?」
「フィーナ、いえ、お師匠さんのこと、悩んでますよね?」
「えっ」
デートに集中していたつもりだったけど、どうやらバレていたみたいだ。まったく、勘が鋭いというか。
「いま、バレたって思いましたよね?」
「あー、うん」
「ちゃんと見てますよー。デートを楽しんでくれていたのも見てますよ」
怒るわけでなく、優しく微笑む彼女に、俺は観念した。最初から見透かされていたというわけだ。春に改めて知り合ってから、明莉の手のひらで転がっている気しかしない。年上の威厳なんてあったもんじゃないな、これは。
「そうだな。悩んでる」
「気持ちに応えるかを、ですか?」
「いいや、師匠には悪いけど、それはない」
急に不安げになる声を受けて、俺はきっぱり答えた。この意見だけは変えるつもりがない。
「じゃあ、何にですか?」
「うーん、長くなるけど……」
「いいですよ。健司さんのこと、知りたいです」
「わかった」
明莉に促される形ではあるが、俺は師匠との関係を話すことにした。そう言えば、あんまり自分のことを語っていなかった。明莉の過去は散々ご両親から聞かせてもらった。それなのに、こちらのことを話さないのは不誠実だったと気が付いた。
この際だから、全部話してしまおう。たぶん、真意までしっかりと聞いてくれる。
「スカウトされたところまでは話したよな?」
「はい、特別になりたかったって」
「じゃあ、その続きから」
スカウトされてしばらく、俺は師匠の言う才能とやらに懐疑的だった。それもそうだろう、何でもないサラリーマンが、自称魔法使いの(見た目だけは)女子高生に言われたところで信用できるはずもない。でも、師匠から見せられた魔術や魔法は本物だった。
半信半疑で始めた修行は、かなり厳しかった。自分の魔力と向き合うためだと言われて、山の中に放り込まれたり、砂漠のど真ん中に放置されたり。
「えぇ……めちゃくちゃじゃないですか」
「まぁ、それでも死なないようには配慮してくれてたし。仕事や麻衣子との関係に影響しないように日程の調整もあったし」
「健司さん、変なところでおおらかですよね」
基礎的な精神の鍛錬が済んでからは、技術的な修行が始まった。変な島で変なトカゲに追いかけられたり、水平線しか見えないところからの遠泳をさせられたり。あとは、記憶操作の練習だって、怖い人がたくさんいる事務所に入り込んだりもした。
力尽きた時や失敗した時は助けてくれたけど、数えられないくらいには命を失ったと覚悟した思い出がある。ただ、そんな修行でも、不思議と辛いと感じることはなかった。師匠がことある事に褒めてくれて、俺が俺自身を特別だと思えるようになっていたのかもしれない。
「で、二年くらい修行して、国家資格の試験にあっさり合格してな。俺は勘違いしてしまったんだ」
「勘違い、ですか?」
「そう、俺は凄いって」
「凄いじゃないですか。私を助けてくれたし」
「違うんだ」
俺は大きく勘違いしていた。あれは自信ではなく、ただの驕りだ。簡単に国家資格を取ってしまい、自分が一人前だと誤解した。たぶん、今の瀬戸とは比べ物にならないくらい程度が低い。
力だけはあったから、魔法使いの仕事はそんなに苦労なく務められた。でも、俺は俺のことを見ていなかった。師匠からは時々『自分のことを考えるんだよ』と言われていた。その頃の俺は、言葉の意味に気付けなかった。
「だから、麻衣子に愛想を尽かされたんだ。本当の俺を求めてくれる相手を結果的に無視して、魔法使いとして特別であろうとしたんだよ」
「そうですか……」
「そんな酷い男なんだけど、師匠は近しい存在でいてくれた。本当に感謝してる。おかげで自暴自棄にならずにいられたから」
「うーん」
返す言葉がないことはわかっている。元カノの話をされても困るだろう。
「その後は昨日、師匠が話した通りだよ。完全に師弟愛だと思ってた」
「あのですね、昨日は健司さんの鈍さをからかってました。でも、元カノさんの時はわざと言わなかったんだと思いますよ」
「わざと?」
「はい。その時の健司さんに恋愛感情をぶつけたら、きっと潰れてしまいますから。だから、師匠として力になりたいと思ったんじゃないかなと」
「そっかぁ」
もし明莉の言う通りなら、俺はやっぱり酷い男だ。師匠の気持ちを受け取っておきながら、長年気付かずにいた。
「それ、全部話したらいいのかなって思いますよ。間に割り込んで健司さんを奪った私が言うのもおかしいですけど」
「そうかな」
「そうですよ」
まだ夕方とまでは言えない時間だが、日は段々と落ちつつある。気持ちを話せたことで、少しだけ心が軽くなった気がした。
ちゃんと話して、ちゃんと謝ろう。それでも、大切な相手だとは伝えよう。酷い男だけど、弟子としては尊敬も感謝もとんでもなく大きいのだから。
「それともうひとつ」
「はい?」
俺が魔法使いでなくなったらという心配を口にすると、明莉は大声で笑いだした。
「え、なに? 笑うところ?」
「ふふ……ごめんなさい。でもおかしくて」
「えぇー」
「大丈夫ですよ。好きになったきっかけは魔法使いのおじさんですけど、今私が好きなのは、里中 健司さんです。そんなこと気にしてたなんて、ふふ……可愛くて」
明莉は再び笑い声をあげた。
可愛いし嬉しいけどなんか悔しい。そして、ものすごく愛しい。
「明莉、こっち向いて」
「ふふふ……はい?」
不意をついて、大好きな恋人の唇を奪った。
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