第41話 年上女性の昔語りには気を付けろ
唐突に出された選択肢は、あまりにも両極端だった。
師匠と共に行くということは、人の枠組みから外れるのと同じことだ。そして、魔法使いを辞めるということは、俺が俺である意味の大半を失うということだ。
どちらを選んでも、幸せな未来が想像できない。なにより、俺は明莉と共に生きようと決めたばかりだ。
「で、どうする?」
超美少女がくりくりした瞳で回答を迫る。中身は年齢不詳だとはわかっていても、なんとなく無下にできないような気がしてしまう。
これを狙って今の姿になったのであれば、かなり悪どい人だ。師匠のことだから、たぶんそこまでは考えていないだろう。しかし、視覚から繋がる感情への効果は抜群だ。
「いやいや、いきなりすぎでしょう。まずは何のことか、説明してくださいよ」
当たり前の抗議をすると、師匠は露骨に顔をしかめた。そう、この人は説明をすることが嫌いなのだ。わかりきったことを言葉にするのは、酷くめんどくさいらしい。
修行中には、数え切れないほど『それはあんただからだよ』と心の中で叫んだものだ。
「なんじゃ、はっきりしない奴だのう。アカリ、今からでも振ってやれ」
「あー、えーと」
「明莉を困らせないでください」
「わしより嫁の味方をするのか、薄情者が」
「私が……嫁?」
「師匠、まだ嫁じゃないですよ」
「まだって……まだ?」
「あーもう、話が進まない」
そんな中身のないやり取りは、三周ほど繰り返された。師匠は、からかう度に顔を赤くする明莉を見て楽しんでいるようだった。どうやら、年月と共に性格も歪んでしまったらしい。
でも、明莉の可愛い反応が見られたことだけは、こっそり感謝しよう。嫁か……悪くない。
「実はな、黒影の元凶をようやく見つけての」
「は?」
まるで世間話の続きのような口振りで、師匠はとんでもないことを口にした。あまりにも唐突だったため、俺は話の切り替わりに着いていけなかった。
「じゃから、黒影を消し去る目処が立ったんじゃよ」
「まじですか」
「うむ」
師匠は得意げにあごを上げた。この癖は、見た目が幼女だろうが女子高生だろうが変わらない。世間を悩ませている黒影を消し去るなんて、偉業どころの話ではない。
「あのー」
「なんじゃ、アカリ」
「そもそも、黒影って何なのかなって?」
「ほう、良い質問じゃ。花丸をやろう」
「えーと、ありがとう」
明莉の質問はもっともだ。正直なところ、俺も黒影についてはっきりとは説明できない。協会でさえ、完璧に把握はしていないだろう。
元凶を見つけたということは、その正体もわかったということになるはずだ。俺は改めて、自分の師匠がとんでもない人だと実感した。
「可愛いアカリには教えてやろう。ついでに、何年か前までは可愛かったケンにもな」
「一言余計です」
「そうですよ、大丈夫。健司さんは今でも可愛いですよ」
「あー、そうなのか……」
「はい!」
「のろけおって。ケン、アカリ、長くなるからちゃんと聞くんじゃぞ」
半眼になった師匠は、ゆっくりと語り始めた。説明が嫌いなくせに、ちゃんとやればわかりやすいのも、師匠っぽくて懐かしい気持ちになる。ただし、内容はそんなに優しげなものではなかった。
時は師匠が本当に少女だった頃に遡る。具体的な年数はぼかされたが、少なくとも百年以上は過去のことだ。
ある時、無意識に魔力を行使し、人にあらざる力を発揮する者が現れた。魔法や魔術といった概念のない当時、その力は今で言う超能力の一種というような扱いだったそうだ。
その者は世界を幸福にするため、体内魔力を使い反動で苦しんだ。体内魔力が枯渇すると、意図せず周囲から魔力を吸収した。人間関係を悪化させる行為だとは、誰も知らなかった。
「それでな、幸せにするはずだった人々は、次第に争うようになってしまったんじゃ。結果的に、大きな戦争の原因にもな」
「そんな話、初めて聞きましたよ」
「そりゃそうじゃ、誰にも話してなかったからの」
「じゃあ、なんで今?」
「いいから最後まで聞け。言わせてくれ」
善意が悪意をもたらすことに恐怖したその者は、次第に人を呪うようになった。本当の心は醜いはずだ、本音は必ず人を傷付ける。そう言っていたらしい。
「でな、彼は悲しみと悪意に満ちた魔力を撒き散らした。人から吸い上げた魔力を黒く染めて、撒き散らして、また吸い上げてね。私は見ていられなかったよ」
過去を語る師匠は苦しそうだった。ロリババアと自称した言葉遣いも忘れている。そしていつしか、伝聞のようだった語り口は、師匠自身の体験談に変わっていた。
「それで、真っ黒になった彼は、私の前から消えたよ。その黒い魔力の名残が、黒影ということ」
「その人は、大事な人だったの?」
明莉の問いに、師匠は目を伏せた。
「ああ、私の兄だよ。だから、責任を取らないとって思ったんだ。あの時、兄さんを止められなかった私が悪いから」
本人ですら気付くのが遅かったが、妹は兄よりも魔力を使う才能があったらしい。しかし、聡明な妹は兄ほど急がなかった。慎重に確実に時間をかけて、力の正体を分析していった。自分の体を魔力で改造してでも、命を長らえさせて。
二度と兄のような存在が産まれないよう、力の使い方を考えた。そして、世界中に広がってしまった黒影を祓う方法を考えた。
とりあえずの対策として、魔法使いや魔術師という存在を定着させ組織とした。その後、消えた兄を追って各地を転々としていたそうだ。
「一ヶ月ほど前にな、兄の成れの果てを見つけてな。ようやく引導を渡してやれるというわけじゃ」
話してスッキリしたのか、口調と態度が元に戻っている。
話の内容はわかった。重い過去があるのもわかった。しかし、どうにもわからないことがある。
「それと、さっきの二択は何の関係が?」
「そう、そこじゃ!」
ぷにぷにとした指が真っ直ぐ俺に向けられる。ここまで聞いて、やっと話が繋がりそうだ。
師匠はそのまま立ち上がり、あぐらをかいて座る俺の横に膝をついた。互いの顔が、ちょうど同じくらいの高さになった。
「つまり、こういうことじゃ」
明莉の方をちらりと見やった師匠は、俺の頬に桜色の唇を触れさせた。
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