第40話 凄い人は大抵変な人

 俺の魔法使いとしての師匠は、世界レベルでイレギュラーな存在だ。その理由はひとつではない。それどころか、多すぎて弟子の俺でも全部把握していないくらいだ。


 例えば《近代魔法と魔術の祖》と言われ、教科書にも紹介されているところ。少なくとも百年以上前から、様々な文献にその功績が記されている。

 つまり師匠は、かなりの年齢ということだ。修行中にどうしても気になって、何歳なのかを聞いてみたことがあった。その時は半笑いで『それ以上聞いたら助走を付けて殴る』と言われたことを今でも覚えている。


 他には、異常な量の体内魔力を持っているところ。魔法でしかできないと思われるようなことを、いとも簡単に魔術でやってのけてしまうのだ。

 そもそも、自分の肉体を自身の魔力で変化させるなんて、この人以外にできるとは思えない。魔法を使ったとしても、ちょっとした怪我を治すのが精一杯というくらいだ。


 そんな偉人とも呼べるお方なのに、どこかの組織に所属することもせず、気ままに好き放題生きている。少なくとも、表面的にはそう振舞っていた。

 一所に留まらず、見た目もコロコロ変えるため、存在そのものが謎だ。年齢はおろか、性別や本当の名前も定かではない。だからこそ伝説のようになり、あの変な二つ名を付けられる羽目になっているのだ。

 弟子という立場上、俺は師匠について多く知っている方だとは思う。しかし、彼女(と便宜上呼んでおく)の全てを語ることはできない。


「で、どうしたんです? 急に」


 玄関先で話すのも良くないので、アパートの中に入ってもらった。師匠は当然のように、俺のクッションにちょこんと座った。見た目だけなら愛らしい少女なのに、なんか腹が立つ。

 それを見た明莉は、俺に自分のクッションをさっと差し出す。さすがにそれに座るわけにはいかず、床にあぐらをかいた。


「わしの唯一の弟子に恋人ができたと聞いてな、文字通り飛んできたんじゃよ」

「わぁ、情報早いんですね。健司さんのお師匠様は」

「ああ、フィーナと呼び捨てておくれ。アカリは可愛いから特別じゃよ。言葉遣いも、さっきみたいに頼むよ」

「え、いいんですか。じゃあ、お言葉に甘えて。改めてよろしくね、フィーナ」

「うむ、よろしくな」


 俺の師匠と恋人は、いつの間にか仲良くなっていた。瀬戸の時も思ったが、明莉はとても自然に人と打ち解ける。微笑ましくも、少し羨ましくなってしまう。

 瀬戸といえば、いつも変なタイミングで現れるが、今日は来ないみたいだ。あいつがこの場にいたら腰を抜かすだろう。盲信する相手が幼女の姿をしているとは、想像すらできないはずだ。


「ケンがこんないい子を捕まえるとは、わしも嬉しいよ」

「そんな、照れちゃうよ。それに、捕まえたのは健司さんじゃなくて、私からなの」

「ほほう! ますます嬉しい。ありがとうな、アカリ」

「こちらこそ、健司さんをスカウトしてくれてありがとうね」


 褒められた明莉は、頬に手を当てくねくねと動く。あまりにも奇妙な光景に、俺は目頭を押さえた。


「それでな、ケン。そろそろ決心はついたか?」

「またその話ですか。俺はあくまでも副業のつもりですよ」

「そうか、ならば仕方ないの」


 修行中も度々あった師匠からの誘いに、俺は首を横に振った。


「健司さん、何のお話ですか?」

「ああ、俺に本格的な魔法使いにならないかって話。スカウトされた当時から言われてたんだよ」


 俺が師匠にスカウトされたのは、十二年ほど前のことだ。『君には才能がある。ウチと一緒に魔法使いの勉強をしよう!』と声をかけられたのがきっかけだ。ちなみに、当時の師匠はブレザーを着た女子高生の姿をしていた。流行りだったそうだ。

 当初は疑っていたが、説明や実演をされて、ついつい承諾してしまった。それが俺の魔法使いとしての始まりだ。


 修行中には頻繁に『ケンは本気で五十年くらい修行したら、ウチと同じくらいになれるよ』と誘われた。しかし、副業と言い張って避け続けた。特別な存在に憧れていたくせに、人の理から外れることが怖かったからだ。それと当時は、麻衣子と付き合っていたことも関係すると思う。

 二年ほどの修行で免許証をとり、今に至る。修行期間の短さは異例だったらしい。師匠が伝説の人なら、そうもなるだろう。


「というわけだよ。つまり、師匠は女子高生から幼女になったんだ」

「なるほど。……うーん」


 俺がスカウトされてから魔法使いになるまでの経緯を、かいつまんで説明した。それを聞いた明莉は、腕を組んで唸りだした。ボリュームのある胸が邪魔して、上手く組めていないのが可愛らしい。


「ケンはずいぶん棘のある言い方をするのう」

「そりゃそうでしょうよ。不審者扱いされたの、数え切れませんでしたよ」

「いい思い出じゃな」

「それは師匠だけです」


 師弟の会話をよそにしばらく唸った後、明莉は妙にすっきりしたような顔を見せた。


「明莉、どうした?」

「ああ、大丈夫ですよ。危なかったなと思って。健司さんが五十年修行してたら私は出会えませんでしたから」

「なるほど。そういう考え方もあるのう。ケンは幸せ者じゃな」


 アッシュブロンドの髪を揺らし、可憐に微笑んだ。その裏にはきっと何かある。俺の師匠は人が悪いんだ。


「よし、ケンの恋人に会えたので、本題は終わりじゃ」

「そっちがついででしょう?」

「いや、これからがついでだよ」

「で、なんです?」


 小さく息を吐き、俺に目を合わせる。吸い込まれそうな瞳の奥で、魔力が揺らめいていた。


「ケン、選べ。わしと共に来るか、魔法使いを辞めるか」


 その一言で、空気がピンと張り詰めた。浮かべた笑顔はそのままのはずなのに、目の前の美少女が作り物のように感じられた。

 ほら、人が悪い。本題はやっぱりこっちじゃないか。

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