第39話 流行りに乗るのも大切
うん、わからん。
初対面の少女、幼女と表現しても違和感のない子が俺に会いに来たらしい。しかも、どう考えても日本人ではない。でも、日本語は流暢だ。
こちらを向いた明莉の視線が痛い。全く心当たりがない事態に、俺はひたすら困惑するしかなかった。
「えーと、どちら様かな?」
恐る恐る尋ねると、少女は頬を膨らませた。子供っぽくはあるが、どこか違和感のある仕草だった。
「覚えてないというのか。ケンは酷い子じゃのう」
鈴の鳴るような声で、お婆さんの様な話し方をする。いや、こんな話し方をするお婆さんなんて、実際には見たことがない。昔話でも使って日本語を勉強したのだろうか。
「あ、あのね、お名前聞いてもいいかな? 私は山崎 明莉。あかりって呼んでね」
明莉が膝を曲げ、少女と視線の高さを合わせる。この助け舟は、凄くありがたい。なんというか、泣きそうになる。
何かしら疑われたのかと心配してしまったが、それは俺の勘違いだった。嬉しいのと申し訳ないのが混在した、変に複雑な気持ちになる。
「おお、アカリ。名乗られたのにこちらが名乗らないわけにはいかんの。わしの名前は、ルフィーナ・ルキーナじゃ。フィーナと呼んでもよいぞ」
「フィーナちゃん! 可愛いお名前ね」
「そうじゃろう、そうじゃろう。アカリはわかっておる子じゃのう」
フィーナと名乗った少女は、満足げに何度も頷く。明莉のおかげで名前はわかったが、やっぱりこの子と知り合いだという心当たりはなかった。
「健司さん、その様子だとお知り合いじゃないみたいですね?」
「ああ、全くわからない」
「うーん、困りましたね」
「なぁ、ケン、本当にわからんのか?」
色素の薄い肌をした少女は、可憐に首を傾げる。フードの内側に白い髪が見えた。いわゆるアッシュブロンドというやつだ。
「うん、ごめんね。おじさんわからないんだ。フィーナちゃん、君のこと、教えてもらえないかい?」
明莉にならって、俺も膝を曲げた。真っ直ぐ向けられた綺麗な瞳は、軽く笑みを浮かべているようにも見えた。
「そうか、あれほど時を共に過ごしたというのに、わからないとはな。わしは残念じゃよ」
「え?」
「え?」
フィーナちゃんの発言に、俺と明莉は揃って声をあげた。どう見ても十歳になるかならないかくらいの少女だ。そんな子が共に過ごしたと言うのだから、古い話ではないはずだ。
最近は記憶力が衰えてきた気もするが、外国人の美少女と知り合いなんて、簡単に忘れられることではない。だが、そもそも全く記憶にないのだ。
「うーん、健司さんが嘘をついているとは思えませんが、フィーナちゃんも勘違いしてるわけじゃなさそうですよね」
「明莉、ありがとうな」
「いえいえ、大丈夫ですよ。信じてますから」
明莉は俺のことを完全に信じてくれている。やっぱり好きだと、衝動的に抱き締めたくなる。さすがにこの場ではできないので、我慢するけど。
衝動を堪えたおかげで、少しだけ冷静になれた。フィーナちゃんの仕草や口調には、当初から小さな違和感があった。わざとらしさというか、作られた感じというか。それ以外にも、言葉にならない変な感覚がある。
改めてフィーナちゃんを見た。子供らしからぬ不敵な笑み、そして俺を『ケン』と呼ぶところ。ひとつ、心当たりが浮かぶ。まさかというようなものだが、思い付いてしまえば、そうとしか考えられない。
「まだわからんのかのう」
「うーんと、ごめんねフィーナちゃん。健司さんにどんなご用だったか、教えてもらえないかな?」
なんとか情報を聞き出そうとする明莉を横目に、俺はフィーナちゃんの放つ違和感に意識を向ける。そう、こいつはただの違和感ではなかった。俺はその正体にようやく気付くことができた。
少し注意すればわかったことだ。フィーナちゃんの周りには、感覚が鈍るほどの膨大な魔力が溢れている。それも、魔法を使うために集めたものではなく、彼女自身の体内から発生した魔力だ。こんなにもデタラメな存在なんて、俺は一人しか知らない。
「アカリは可愛い子じゃのう。すまんが、もう少しだけ待っておくれ。ケンに気付いてもらわねば、話が進まんのだよ」
「んー?」
急に褒められた明莉は、困ったように頭を斜めにした。こんな小さな女の子に子供扱いをされては、混乱もするだろう。
これはもう、確定だ。疑いようがない。いい加減、俺をからかうのはやめて欲しいものだ。
「まさか子供になっているとは思いませんでしたよ、師匠」
「へ?」
「ほぉ」
ほぼ同時に二人の女の子が声を上げた。更に混乱した様子の明莉。それとは対照的に、にやりと唇を吊り上げるフィーナちゃん……いや、師匠。
「やっとわかったか、鈍ってるのう」
「いやいや、見た目も名前も変えてたらわからんでしょう」
「そこに気付くのが弟子だろうに」
「え? え?」
これだけ違ってどう気付けというのか。相変わらず無茶苦茶を言う人だ。
蚊帳の外になってしまった明莉は、俺と師匠を交互に見てひたすら慌てている。このままでも可愛いが、ちゃんと説明してやらないと可哀想でもある。
「明莉、この人は俺の魔法使いの師匠だ。以前に少しだけ話したことあるだろ?」
「うむ、わしがケンの師匠じゃ」
「んんんんん?」
小さい体で胸を張る師匠は、どう考えても『魔法使いの師匠』などには見えない。
「この人な、魔術で自分の姿、変えられるんだよ」
「姿だけじゃないぞ。身体の中身も全て変えておる。今やわしは、ルフィーナ・ルキーナ、十歳じゃ」
「十歳じゃ。じゃないですよ師匠、明莉が困ってるでしょう」
「えーと、えーと……」
明莉の思考は整理されるどころか、よりいっそう混乱を極めているようだ。まぁ、普通には受け入れられる事態ではない。
「で、聞きたいことは山ほどあるんですが、まずは教えてください」
「ほほう、可愛い弟子の質問なら受け付けてやるぞ。それに、わしに気付いたご褒美もやらんとな」
師匠は背伸びをして、しゃがんだままの俺へ手を伸ばした。完璧とも言えるくらいの美少女に頭を撫でられる。相手が相手だけに別に嬉しくもなく、なんかもう呆れ返ってしまった。
「その見た目と言葉遣いはなんです? 俺の知ってる師匠とはまるで違うんですが」
「ああ、それか。せっかく久しぶりに会いに来たのだからな、ケンを驚かせてやろうと思って、日本の流行りを調べたんじゃよ」
「流行り、ですか?」
「そのせいでアカリまで困らせてしまったのは詫びよう。悪かったな」
ひとしきり俺の頭を撫でた師匠は、同じように明莉の頭を撫で始める。撫でられている側は、全く言葉が出てこないみたいだ。
「で、流行りって?」
明莉から手が離れた頃を見計らって、再度同じ質問をする。師匠は小さな手でブイサインを作ると、自慢げに答えた。
「ロリババアじゃ!」
「は?」
「ロリババアじゃと言うておる。あとは、自分だけに優しい北欧系の少女が人気のようなので、混ぜてみたのじゃよ」
「はぁ……」
何を言っているんだろうこの人は。俺は深くため息を吐くしかなかった。
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