第35話 世間が連休ならば自分も休みたい
よくわからんタイミングでやってきた瀬戸のよくわからん発言に対し、俺は必死に補足した。ここまで必死に説明したのは何年ぶりだろうか。
内容をぼかした副業について深く突っ込まれなかったのは、本当に助かった。きっと何かを察してくれている。
「わかってるから大丈夫。明莉に仲の良い友達がいてくれて嬉しいよ」
「今の女の子は友達同士で恋人みたいにしてますからね」
さすが近しい年齢を娘に持つお二方だ。こういうよくわからん言動には、かなりの耐性があるみたいだ。
今の俺にはたどり着けない領域だろう。
「いやいや、友達ではなく、運命の」
「瀬戸は黙っててくれ」
「由佳ちゃん、後でお話しようね」
「はい、わかりました」
俺と山崎の圧を受けて、瀬戸はようやく口を閉じた。山崎のご両親は、それをにこにこと見つめていた。どこまでも懐が深い人達だ。
「それじゃあ、これ以上邪魔しても悪いし、観光でもして帰るとするよ」
「またね、明莉ちゃん。それと健司さんも由佳ちゃんも、娘をよろしくお願いしますね」
山崎は手を振り、俺は頭を下げた。瀬戸も慌てて頭を下げていた。
短時間にいろいろあったが、結果としては良かったと思えた。黒影も祓うことができたし、なんか、完全に腹を括ることもできた。ご両親の後押しなんて情けないが、この際それでもいい。
俺はこの後、決定的なことを口に出す……はずだ。
だが、問題はくたびれた様子の瀬戸だ。前髪を止めたヘアピンが緩んでいるのか、おでこが少しだけ隠れている。崩れ気味のスーツといい、格好だけはきっちりしていた瀬戸らしくない。
嫌な予感がしつつも、無視するのはいくらこいつでも可哀想だ。仕方なく、声をかけることにした。
「で、何の用だったんだ?」
「仕事です」
「まじか」
「まじです」
嫌な予感は的中した。よりによってこのタイミングでの仕事とは、何かの嫌がらせと勘ぐってしまうくらいだ。しかも電話ではなく瀬戸が直接来たということは、まぁそういうことなのだろう。
恐らくこの後、同行を求められる。そして黒影を祓うのには、たいていの場合はそれなりに時間がかかる。結果として、予約の時間には間に合わなくなるということは明白だった。
フリーランスや副業として登録している魔法使いには、依頼への拒否権がある。強制されたらやる気が失せるような、気分屋も多いからこその制度だ。
そんな中、俺は基本的には依頼を断らない。本業に影響しない範囲という条件を付けているが、それだけだ。
魔法使いは人助けが本懐と師匠に散々言われたし、その通りだと納得もしている。だから、拒否することはそもそも選択肢になかった。そのせいで麻衣子には振られてしまったのだけど、仕方のないことだと思っている。
しかし、俺は今、俺の主義にあるまじきことを考えている。
「瀬戸、悪いが……」
「由佳ちゃん、なんか疲れてるね」
山崎が俺の言葉を遮った。何を言おうとしていたか、気付かれていたのだと感じた。
「そうなんだよぉ。登録の人はみんなお休みで断るから、正規の人も出ずっぱりでね」
「うわぁ、ゴールデンウィークだもんね 」
協会に職員として所属している魔法使いは、正規と呼ばれてる。登録と区別をつけるためなのはわかるけど、なんだか気に入らない呼び名だ。
魔法使いとしての能力は総じて高く、難しい案件は大抵正規の仕事になる。当然、報酬や業界内での地位は登録とは比べ物にならない。
新卒である瀬戸は、正規の候補生のような扱いになっている。いつか独立するとはいえ、一旦は正規を経験しておけば、人脈などいろいろと有利になるはずだ。
破格の待遇を受ける代わりに、正規は登録と違って依頼への拒否権がない。そのため、ゴールデンウィークのような連休は特に多忙となる。
「そうそう、私は電話番で休日出勤してたの。そう、連休なんてなかったの」
「うんうん、大変だね」
「仕方なく仕事してたらさ、魔法使いの手が足りないからって、私にも祓いに出ろって言われてさー」
「それで健司おじさんに?」
「見習いはベテランに助けてもらえって。腹立つ言い方ー。しかも、変なタイミングみたいだったし、ごめんね明莉ちゃん」
「ううん、大丈夫だよー」
怒ったり謝ったり忙しい瀬戸の頭を撫でつつ、山崎はこちらを見た。
「健司おじさん、どうしますか?」
「どうしますかと言われても、なぁ」
俺は思わず、玄関に置いてある時計に目が行ってしまった。時間が気になってしかたない。
「あー、そうそう、私の好みのタイプ知ってます?」
「は?」
唇に手を当てた山崎が、にやりと笑った。
「普段はまぁ普通なんだけど、いざとなったら人のために必死になれる人、好きなんです。特別な力を、自分のためじゃなくて誰かのために使ったりして」
「あぁ……」
言いたいことはよくわかる。俺は、自分の半分ほどの年齢の子に叱られているのだ。子供を諭すように、遠回しに。
さっきの続きを口にしていたら、きっと許してもらえなかっただろう。そういう子だから、本気になってしまったと思い出した。
「で、瀬戸、依頼の内容は?」
「さーとーなーかーさーんー、あーりーがーとーうー」
「うわ、らしくなくて気持ち悪い」
「ひどいー」
「健司おじさん、いくらなんでもそれは酷いですよ」
瀬戸は一通り要件を伝えると、慌てたようにその場を去った。待ち合わせの場所に先行するそうだ。雰囲気を読むなんてこと、知らない内に覚えたみたいだ。
「健司おじさん」
「ん?」
「あんな言い方しちゃいましたけどね、悩んでくれたこと、実は嬉しかったんですよ」
「そうか」
「それに、私はまだ諦めてません。さっさと終わらせてしまいましょう。ただし、丁寧に」
「ああ、そのつもりだよ」
空は徐々にオレンジ色に染まりつつあった。
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