第34話 親の愛は子供が思うより深い

 意識を取り戻した山崎のご両親は、とても気さくだった。娘の気持ちを知った上で、こんなにも明るく会話できるなんて、人として大きすぎるなと思った。


「里中さんも大変でしょう、明莉はしつこいから」

「いやいや、こちらもお世話になっていますし」

「小さい頃からね、欲しいものがあるとどんな手段を使っても手に入れようとしたんですよ。例えば小学二年生だったかな……」

「やーめーてー、お父さん」

「明莉ちゃん、元気みたいでよかったです。嫌でなければ、これからもよろしくお願いしますね。私が言うのもなんですが、この子、スタイル良いんですよ」

「お母さんも、何言ってるのー」


 とまぁ、大変に賑やかな午後になった。これはどういう意味なのだろう。外堀が埋まったということなのか、向こうから埋まりに来たということだろうか。


 足を崩したご両親からは、山崎の子供時代のエピソードをたくさん聞かせてもらった。どれもが微笑ましく語られ、本当に仲の良い親子なんだとわかった。

 それと、山崎は幼い頃から山崎だったというのは、単純に面白い。体と心は育っても、人としての芯はブレない子なんだなと再確認できた。


 山崎はあんまり勉強が得意な子ではなかったそうだ。しかし、小学生のある日を境に突然猛勉強をするようになったらしい。

 当初は魔法使いになるのが夢だと公言していた。しかし、中学生になり地元の協会で検査をしたところ、魔力に関する能力が全くないことが判明してしまう。

 大半の子供はそこで夢を諦めるのだが、彼女は違った。せめて魔法使いに関わる仕事を目指そうと、活用学科を志望し勉強を続けた。


「この子がそんなに真剣になるなら、叶えてやるのが親ってものかなと。だから泣く泣く一人暮らしも認めてね。魔法使い関係の大学は地方にはなくてね、初めて生まれ育った土地を呪ったよ」

「そうですか」


 明夫さんの口調が段々と砕けているのがわかる。

 この流れで『あ、それ俺のせいです』なんてことは口が裂けても言えなかった。本人にすら言えてないのだ。でも、いつかは白状しないといけないんだろうな。

 隠していたのがわかれば、愛想を尽かされるかもしれない。俺の中の常識ではそれはいいことなのだが、俺の感情がそれを拒否する。


「お父さん、恥ずかしいから、そろそろいいでしょ」

「ああ、もうこんな時間か」


 時計を見ると、もう四時を回っていた。黒影を祓ってから、随分と話し込んでしまった。

 レストランの予約は七時。まだ少し余裕はあるがのんびりもしていられない。

 山崎のソワソワした様子は、昔話が恥ずかしいのか、それともデートを楽しみにしてくれているのか。


「明莉の念願のデートを邪魔しても悪いからな、そろそろ帰るよ」

「お父さんー」

「里中さん、突然押しかけた上に、失礼な態度をとってしまい、申し訳なかった」

「いえ、お気になさらず」


 黒影に憑かれていて、あの程度で済んでいたことは驚きだった。経験上、俺に殴りかかってきたとしても不思議ではない。

 この親だから、この子なのだ。それは深く納得できたことだった。


「里中さんさえよければ、これからも明莉をよろしくお願いしますね」

「もーお母さん、やめてってばー」

「ああ、もちろん、嫌なら振ってもらって構わないよ。たまには挫折するのも悪くないのでね。でも、できれば受け入れてやってほしい」

「お父さんもー、健司おじさん困ってるからー。気にしなくて大丈夫ですからね!」


 二人揃って頭を下げられたら、俺は恐縮するだけだ。山崎家の人々にとって、年齢差なんて気にする事ではなかったということだ。

 俺は自分の小ささを痛感する。だから、精一杯の返事をすることにする。


「はい、こちらこそ、です」

「えぇー、健司おじさんもー」


 ご両親がいると、山崎はツッコミ役に回るようだ。普段と違う位置にいる姿は、何だか面白い。


「じゃあ、今度こそ、失礼するよ」

「お邪魔しました」


 立ち上がったご両親を、山崎と二人で玄関まで送る。


 ピンポーン


 ちょうどドアを開けようとした時、チャイムの音がした。今度こそセールスだろうか。どうやら今日は、来客の多い日みたいだ。


「里中さーん」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、最近聞き慣れてしまった声だった。できれば、あんまり聞き慣れたくはなかった。

 初対面の強気はどこへ行ったのか、気が抜けたように俺の名を呼ぶのは、あいつだ。


「瀬戸ですよー、開けてくださいー」


 瀬戸が来ると言うことは、協会の要件か山崎の勧誘だ。なんてタイミングだよ。せめてご両親が帰ってからにしてほしかった。


「あら、お客さんですね」


 茉莉さんが驚いたように、口へ手を当てた。

 ドアを開けていいものか思案するものの、それ以外の選択肢は浮かばない。


「すみません、開けますね」

「はい、どうぞ」


 仕方なくドアを開けると、疲れた様子の瀬戸が見えた。以前はきっちりしていたビジネススーツも、なんとなく着崩れている。


「遅いですよー。ってあれ?」


 半眼で俺に文句を言おうとした瀬戸が、見慣れぬ人物の姿に気付いた。


「由佳ちゃん由佳ちゃん」

「お、明莉ちゃん」

「あのね、私のお父さんとお母さん」


 何だかんだ仲良くなっている二人は、お互いを『ちゃん』付けで呼んでいる。


「おお、初めまして。瀬戸 由佳です」

「明莉のお友達かい?」

「いえ、明莉ちゃんとはお友達というより、運命の相手です」

「おい、瀬戸」

「詳しく言えないのが申し訳ないのですが、簡単に言うと、そこの里中さんと同じく明莉ちゃんを狙っています。つまりライバルですね」


 瀬戸の発言に俺は頭を抱えた。

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