第23話 行き過ぎたファンは狂信者と変わらない
突如、全日本魔法使い協会からやってきた新卒の女の子は、大学を首席で卒業したエリートさんだった。そして、俺の師匠の大ファンらしい。
情報過多すぎるだろう。誰だよこんなに山盛りにしたのは。
しかも、師匠の弟子に似つかわしくないという理由で、三日かけて書き上げた報告書をリテイクしろと言っている。全くわけがわからない。
「えーと、どうしろと? 改竄?」
報告書をやり直すということは、内容を変えろということだと推測する。師匠の弟子として相応しい魔法の使い方とするには、それくらいしか思いつかない。
「何を言ってるんですか? 嘘はダメですよ」
「う、うん。そうだね」
俺が怒られている感じになってしまう。なんか、理不尽極まりない。
「じゃあ、どうするんですか? これ以上書きようがないですよ」
山崎の助け舟が入る。いいぞ、もっと言ってやれ。
「いやいや、隙だらけですよ。例えばここ!」
瀬戸さんは、ビシッ! と、報告書の一部分を指差す。麻衣子を探すため、俺が広域に探知をかけたところを説明している箇所だ。
「ここをどうしろと?」
「里中さん、あなたは誰から魔法を習ったんですか?」
「師匠だけど」
「そうです。あのお方です。まったく羨ましい」
「それが?」
「あーもう、わからない人ですね。あのお方は何と呼ばれていますか?」
弟子になった後で知ったのだが、俺の師匠は極一部から絶大な人気がある。勝手に二つ名なんて付けられているくらいだ。
俺が知る限り、当の師匠はそいつらを迷惑に感じていた。いつか冗談で呼んでみた時に『次にその名で呼んだら、例え可愛い弟子でも助走をつけてぶん殴る』と言われたことを思い出す。
「あー、それは言えない」
「弟子なのにあのお方を侮辱するんですか?」
「いやー、それには深い理由がね」
「その態度、私は怒りましたよ」
「えー」
瀬戸さん……いや、もう気を遣うのも疲れた。瀬戸は俺を睨みつけて動かない。
ここまで人の話を聞かなくなるとは。恨むぞ師匠。この際、あの恥ずかしい二つ名を言ってしまおうか。
「あの、その方って《流れる麗しの魔女》ですか?」
山崎が片手を上げる。その声を聞いて、瀬戸は吊り目を大きく見開いた。
俺は、吹き出すのを耐えるのに必死だった。なんで《流麗の魔女》とかじゃないんだ。なんでいちいち訓読みなんだ。
「そう! 助手の方がよく知っているじゃないですか!」
「あー、それな、師匠はそんなに」
「黙って!」
また怒られてしまった。
「話が逸れたけど、里中さんはあの流れる麗しの魔女から魔法を習ったのだから、敬意を払わなければならないんです」
「はぁ」
「どれもこれも、非常に高度な魔法ばかり。なのに、普通に使ったように書いて。なんですか? 嫌味ですか? 飛行魔法なんて使えるの、日本に五人もいないのに」
「そうなの?」
「あー、もう! 知らないなら教えてあげます!」
それから、瀬戸の長い演説が始まった。ざっくりまとめると『すごい人からすごい魔法を学んだのだから、それをそこかしこでアピールしろ』ということらしい。
待て瀬戸、これはそういうもんじゃないだろう。事実のみを簡潔に伝えるのが報告書だ。
しかし、俺は口を挟むことができなかった。
瀬戸の語る師匠の伝説は、俺の腹筋を崩壊させるんじゃないかってくらいに面白かった。明らかな嘘は少ないのだが、あまりにも尾ひれが大きすぎる。
なんだよ、過去と未来を往復するとか、一瞬で全ての魔法を使いこなすって。こいつは、是非とも師匠に聞かせてやりたい。
「健司おじさん、大丈夫ですか?」
「ああ、こんなに笑いを堪えたのは初めてかもしれない」
「笑えるんですか?」
「うん。ほとんどがデタラメでな」
「はぁ」
後半はあまり耳に入って来なかったが、瀬戸の演説は落ち着いたようだ。
「わかりましたか? だから、これを修正してください」
「いや、このまま持って行ってくれ」
「えー! 里中さん、何を聞いていたんですか?」
俺は危うく『師匠のデタラメ面白エピソードを聞いていた』と答えそうになった。口に出していたら、あと三倍は演説を聞かされるところだったと思う。
「いいから、これでよろしく。正規に審査してダメだったら直すよ」
「そもそも、私は手伝いに来ただけで、報告書の回収に来たわけではありませんし」
「わかった。じゃあ、別途提出するよ。とりあえず今日は帰ってくれ」
「いえ、手ぶらで帰るのもアレなので受け取ります」
「そうか、じゃあよろしく」
報告書の束を一旦受け取り、専用の封筒に入れる。しっかりと封をして、再び瀬戸に手渡した。
「私はちゃんと忠告しましたからね。たぶん再提出になるので、その時は手伝ってあげます」
捨て台詞を吐きながら、そっと丁寧に封筒を鞄に収めた。気に入らなくても、相手のものは大切に扱うようだ。
理不尽でめちゃくちゃだが、わかりやすい子でもある。あれだ、デレのないツンデレだ。
「それでは、おじゃましました」
大騒ぎの元凶が退室すると、アパートの一室は途端に静かになった。
「健司おじさん」
「ん?」
「私、あの人好きじゃありません」
「そうなの?」
「はい。健司おじさんが怒らなかったから我慢してましたけど、私はとってもイライラしてしまいました。あの人、健司おじさんをバカにし過ぎです。こんなにすごいのに」
「ありがとうな」
素直に礼を告げる。俺のために怒って、俺のために我慢してくれていたことが嬉しかった。
「遅くなってしまいましたが、夕飯にしましょう」
「そうだな」
近いうちに、師匠のことも話さないといけないなと思う。いつまでも流れる麗しの魔女(笑)のままでは、それこそ失礼だ。助走をつけてぶん殴られてしまう。
余談と言えるくらいに当然の話なのだが、翌日には報告書の承認を告げる連絡があった。電話の向こうの瀬戸は、実に悔しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます