第22話 事務処理が遅いと無駄な仕事が増える

 協会から来たと言う瀬戸さんは、女性としては少し大きめの身長だった。少し茶色がかった髪は、整ったショートボブに切りそろえられている。気の強そうな吊り気味の目が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。

 俺は目の前にいる(きっと新卒の)女性に対して、どういう反応をすればいいのかわからなかった。


「えーと、瀬戸さん?」

「はい!」


 元気な声で応えてくれる。しかし、もう夜だ。


「あー、すこし控えめで」

「これは失礼」


 協会から報告書作成の手伝いに来たらしいが、既に完成してしまっている。仮に完成していなかったとしても、この時間から手伝って貰うのもどうかと思う。

 せっかく来てもらって申し訳ないけど、お引き取り願おう。


「電話でも言った通りで、既に完成してるんですよ。なので、申し訳な」

「実は、上司からですね『一人で終わる量ではないから手伝ってこい』と言われてまして。まさに私の出番ということです」


 俺の言葉を遮り、瀬戸さんは自分の主張を突き付けてくる。必死なのか、我が強いのかまではわからない。

 わかるのは、これは新卒への無茶ぶりだということだ。酷い酷いとは思っていたけども、ここまでとは。まるでブラックな企業だ。

 しかし、妙に自信満々な瀬戸さんはそれに気付いていない様子だ。

 それと、俺が一人というのはおかしい。助手を雇った申請書は提出済みだ。情報の更新がされていないのかもしれない。半分お役所な協会は、事務処理が遅い。


「いや、一人ではなくて」

「お客さんなら、上がってもらったらどうで……あら」

「あ……」


 瀬戸さん向けて「助手がいる」と言いかけたところで、部屋の奥から山崎が姿を見せた。


「あぁ、恋人さんがいらっしゃったとは」

「いや、違うけど」

「そうですよね。書類のお手伝いなら、配偶者だし、奥様ですね」

「はいその予定です」

「違うって」


 玄関先で話していてもきりがない。

 誤解を解くためにも、瀬戸さんへの無茶ぶりに対応するためにも、一旦は上がってもらった方がよさそうだ。


「とりあえず、上がりますか? 説明しますので」

「いや、さすがにお二人の間に入る訳には」

「大丈夫ですよ。揺るぎませんので」

「山崎、違う」


 誤解が誤解を生むから、人を一人家に上げるだけでも無駄に疲れてしまうのだ。


「とりあえず、どうぞ」

「では、失礼します」


 殺風景だったはずの俺の部屋は、若い娘さんが二人という大変華やかな場所になった。なんというか、俺の方がアウェイな感じがしてしまうくらいだ。


「それで、説明とは何でしょうか?」


 勧めたクッションを断り、床に正座した瀬戸さんが問いかけてくる。


「足崩してくださいね。それで、彼女は最近助手として雇いました」

「里中の助手をさせてもらってます、山崎 明莉です」


 淡いピンクのクッションに座った山崎が、軽く会釈をする。いつの間にか自室から持ち込んだものだ。買ってやろうと思っていたのに、少し残念に思う。


「瀬戸 由佳です」

「よろしくお願いします。瀬戸さんは協会の方なんですね。優秀で凄いなー」


 全日本魔法使い協会は、その名の通り日本中の魔法使いが所属している組織だ。俺のような副業でやっている者も例外ではない。

 現在、日本には魔法使いと魔術師を合わせて約五百人程度が登録されている。それらを管理して様々な運用をしているのが協会だ。

 だから、そこで働いているのは山崎の言う通り、ごく一部の優秀な人間ということだ。

 噂程度の話だが、関連大学で成績上位者のみが許されるキャリアパスらしい。全く興味はないけど。


「いやいや、それほどでも。昨年度に首席で卒業したくらいです」

「首席って、尊敬しちゃいます。じゃあ、魔法使いさんなんですね」

「在学中に実技合格してたので、試験は免除でした」

「羨ましいなぁ。私は才能なくて活用学科なんです」

「活用学科あってこその魔法使いですよ」


 これは、もしかしてあれか。女同士で話が盛り上がっていると見せかけて、バチバチ牽制し合うやつか。

 笑顔の二人から、謎のプレッシャーを感じる。さっさと話を終わらせて帰ってもらおう。


「で、話を戻しますが、どうも助手の登録が遅れてるみたいですね。申請は済んでるし受理もされてるはずなので」

「そうでしたか、わかりました。無駄足だったようですね」


 わかってもらえたようだ。瀬戸さんの言う通り無駄足なのは申し訳ないが、この話もこれで終わりだ。


「じゃあ、悪いけどお引き取り」

「では、さっそく見せてもらいます」


 瀬戸さんは勢い良く立ち上がり、ふらついた。きっと足が痺れていたのだろう。自信満々なのに、どこか抜けている子のようだ。


「いや、ちゃんと正規に提出するから」

「ここで添削してしまいます。お任せください」

「えー」


 あっさりと俺の話は却下され、瀬戸さんはテーブルに置いてあった書類の束を手に取った。


「読ませて頂きます」

「はぁ」


 俺の返事を待たずに、新卒協会職員は書類をめくり始めた。さすが大学首席といったところか、読む速度はとんでもない。


「あの、健司おじさん」


 集中している瀬戸さんを横目で見つつ、山崎が小声で話しかけてきた。


「ん?」

「大丈夫なんでしょうか?」

「どれが?」


 山崎の疑問に、思い当たるところが多すぎて答えられない。


「見せてしまって。見当違いなダメ出しでもされたら大変ですよ」

「それか。たぶん大丈夫だと思うよ。これまでもあの書き方で通ってたから」

「うーん、心配です。なんかこう、言葉にできませんが心配です」


 そうこう話しているうちに、瀬戸さんは書類を読み終えていたようだ。睨むようにこちらを見ている。


「里中 健司さん」

「はい?」


 唐突に名前を呼ばれて、俺は間抜けな返事をしてしまった。なぜだか、怒っているようだ。


「私は悲しいです」

「え?」

「だめです。全部やり直しましょう」


 そして、訳の分からないことを言い出した。隣で山崎が『あちゃー』という顔をしている。


「書式はちゃんとしてるはずだけど」

「そうじゃないんです」

「じゃあ、何が?」

「あの方の弟子ともあろう人が、こんな魔法の使い方しているなんて、酷すぎます。許せません!」

「あの方って、師匠?」

「はい。他にいないでしょう」


 まさかここで師匠の話が出てくるとは思わなかった。確かに、師匠に見られたら大笑いされてしまうような使い方をしたとは思う。

 しかし、酷いって何だろうか。


「知り合い、とか?」

「いえ」

「じゃあ、何?」

「私、あの方の大ファンなんです! 弟子ならもっとちゃんとしてください」

「まじかよ……」

「えぇ……」


 俺と山崎は、とてもめんどくさいことになったと直感した。

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