第14話 笑顔の方が怖い時もある

 電話の相手は、自分が黒影に取り憑かれていると言った。ここ最近、異常な欲求が沸き起こるようになり、自分を抑えるのに必死だそうだ。


「わかりました。明日お会いしましょう」


 一通り事前説明をし、俺は電話を切った。逃げのようではあるが、こういう言いにくい説明は電話の方がいい。


「健司おじさん、どうでした?」

「ちょっと、会ってみないとわからんな」

「判断が難しいんですね」

「そんなもんさ」

「それで、どんな相談だったんですか?」


 優秀な助手は状況を把握しようとグイグイ前に乗り出してくる。ただ気になるだけかもしれない。

 しかし今回の相談は、なかなか若い女の子には言いづらい内容だ。俺一人でやった方がいいかもしれない。


「あー、今回は俺だけでやるよ」

「えー、もう隠し事ですか? 二人の仲で?」

「いや、そういうわけじゃなく」


 隠し事と言われると心が痛む。ちょっとしたトラウマなんだと思う。

 俺が言いよどんでいると、何かを(勝手に)察したのか、山崎の顔がどんどん優しくなっていく。


「何か事情がありそうですね。言いづらいやつですか?」

「ああ、かなり」

「そうですか、わかりました」


 よかった。山崎が物わかりのいい子で本当に助かる。


「私は卑怯な手は使わないと心に決めています。でも、優先順位というものがあります」

「優先順位?」

「今の一番は、健司おじさんを落とすことです。そして二番目はちゃんと助手をやることです」


 ニコニコ優しい表情のまま、さらっとこういう事を言う。それはとても恐ろしい天使の笑顔に思えた。


「なので、卑怯なことをしないと言うのは、だいぶ下位になってしまいます」

「というと?」

「話してくれないと魔法使いの件バラします」

「うわ、本当に卑怯だ」

「だから言ったのです。私を卑怯者にしないでください」

「それがもう既に卑怯」


 何だかんだ、山崎は俺の秘密をバラすことはしないだろう。しかし、このまま問答していても、俺が折れる未来しか予想できない。

 山崎はちゃんと女の子だ。だからこの件は俺で処理したかった。とはいえ、もうここまできたら仕方ない。


「引くなよ」

「はい! ドンと来い!」

「すごく痴漢がしたいんだって。女子高生とか特にらしい」

「えぇ……」

「引いたね」

「ドン引きです」


 言わんこっちゃない。ただ、相談者の名誉のためにこれだけは言っておかないといけない。


「相談者な、その欲求を我慢するために必死なんだって。人としてやってはいけないことだからってね。それで何日か仕事にも行けてないらしい」


 俺の話で、山崎の顔が一瞬だけ青くなる。根本的にはとてもいい子なのだ。ところどころネジが外れている部分はあるけど。


「あぁ……。それは大変失礼なことを思ってしまいました」

「で、その配慮から俺だけでやろうとしてたわけ」

「なるほど。それは私がいると話しにくいですね」

「ということで、今回は助手なしでやるよ」

「いや、お手伝いします。させてください」


 話が通じるようで通じない。それが山崎なのを改めて認識した。

 山崎の気持ちもわかるが、相談者への配慮も必要だ。なるべく若い女の子と会わせたくない。仮に黒影の影響だとしても、そういう目で見られるのは、俺も気に食わないし。


「どうしても?」

「はい。邪魔はしません」


 方法はあるにはある。相談者に対してかける認識阻害の魔術を強めにすればいい。そうすれば、性別すら把握できなくなる。

 ただし、強い魔術ということは、反動を覚悟しなければならない。筋肉痛の翌週は頭痛が確定した。


「明日はどちらへ行きますか? 相談者さんのご自宅でしょうか」

「いや、家族がいるから外で会いたいそうだ」


 家族がいる男というのは、どうしても憧れてしまう。俺はこの歳になっても、自分の家族というものが作れないでいる。

 あの時あいつを引き止めていたら、なんて妄想してしまうくらいだ。

 だから、本当に黒影だとしたら、相談者を助けてやりたい。あんなもののせいで家族が壊れるのは見たくない。


「じゃあ、明日はなるべく地味な格好な。女の子らしいのは厳禁な」

「あー、私がそういう目で見られるのいやですもんね」

「はいはい」

「大丈夫、ご心配なく。あ、健司おじさんの服貸してもらうのもいいですね。彼シャツみたいで」

「早く帰れ」

「はーい、また明日」


 洗い物を終えた山崎は、上機嫌で自室へと帰って行った。


 静かになった俺の部屋は、少し寂しく感じた。ほんの一週間前はこれが当たり前だったというのに。

 山崎を女として見てはいけない。それは今でも強く思っている。他の、もっと良い相手と恋をするべきだとも考えている。

 しかし、俺の本心は別のことを言っている気がした。


 七年前、あいつにしてしまったのと同じことをしていないだろうか。たぶん俺は今でも後悔しているし、引きずっている。

 前みたいに戻りたいのか、そうでないのか、自分でもわからない。


 自分の本音すらわからないまま、他人の本音を聞こうとする。そんな俺を山崎は好きでいてくれるだろうか。


「さぁ、シャワー浴びて寝よ」


 矛盾に矛盾を抱えて、矛盾そのものになったおじさんは、無理に声を出す。声を出せば体も動かせる。一人暮らしで身に付けたやり方だ。

 とりあえずは、明日のことを考えよう。俺は人を助ける魔法使いだから。

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