第7話 着手前には気が進まなくても説明を
俺はカクカクと気持ち悪い動きをしながらスーツに着替えた後、依頼者のお宅へ向かっていた。カクカクと気持ち悪い動きをしながら。
「里中おじさん」
「ん?」
隣を歩く山崎さんが、こちらを向いた。俺の気持ち悪さについては、もう気にしていないみたいだ。
それどころか、出してしまった言葉に対し、ちょっと気に病んでいるようにも見えた。
優しい彼女があんなキツいことを言った理由はわかっている。だからそんなに落ち込む事ではない。でも、やっぱり、(内心好きになりかけている)こんな可愛い子に『気持ち悪い』と言われるのは、それなりに辛かった。
その理由とは、たぶん今から受ける質問の回答そのものだ。
「あの、魔術は無理して使うと筋肉痛になるんですよね? 魔法にも、その、反動みたいなものってあるんですか?」
「あー、あるよー」
予想通りの質問だった。
俺はあらかじめ用意しておいた回答を口に出す。
「魔術は無理したら反動が出るんだけど、魔法は基本的にはどんなものでも反動があってね」
「はい」
「魔力を分けてもらった人や動物が一時的に不機嫌になる」
聞いた瞬間、山崎さんは反対を向いて吹き出していた。俺も師匠からそれを聞いた時は、同じ反応をしたな。懐かしい。
「じゃ、じゃあ、さっき里中おじさんに酷いことを言ったのは」
「そう、俺が魔力を集めた反動で、一瞬イラッとしたやつ」
「あー、そうなんですか。私、なんてことを言ってしまったかと」
「集める魔力の量によって、程度や時間は変わるけどね。今回は少しの魔力だったから、時間も程度も少しだったね」
山崎さんは胸に手をあて、ホッと息をつく。つくづくいい子だなぁと思う。
「そのカクカクした動き、面白くて可愛らしいですよ」
「褒めてないぞ」
「えー、褒めてますよー。べた褒めですよー」
話し込んでいる内に、目的地近くへと到着した。 俺たちが住んでいるアパートから徒歩二十分程度の、住宅地。その中の一軒が依頼者のお宅だ。
優秀な助手は、しっかり住所まで覚えてくれていた。
「そういえば、このまま依頼者にお会いしても大丈夫なんですか? 正体がバレちゃいますけど」
「ああ、認識阻害の魔術を使うから、俺たちの顔は思い出せなくなってる」
「なるほど! ……あれ、私と会った時は使ってなかったんですか?」
「相手自身や狭い範囲に使うものだからね。急に出てこられると対応できないんだよ。広域にやろうと思うと、魔法の領域になる」
「なーるほどー、あ、ここです」
山崎さんが指差すのは、小林と表札のある一軒家だ。築十五年くらいだろうか。新しくも古くもない、普通の家だ。
俺は掌をかざし、認識阻害の魔術を使う。この家くらいの範囲であれば、筋肉痛の追加はないと思う。
「いいよ」
「はーい」
俺の指示を待ち、山崎さんがチャイムのボタンを押す。学習してくれているのは、とても嬉しい。
「はい……」
ドアを開けて出てきた女性は、酷く疲れた様子だった。彼女が依頼者の小林 聡子さんだろう。
「ご依頼をうけました、魔法使いと助手です。機密保持のため顔がよくわからないと思いますが、ご容赦を」
「ああ……」
「おおっと」
安堵を浮かべ崩れ落ちそうになる小林さんを、助手が素早く支えた。筋肉痛でなくても、俺にはできない芸当だ。
「すみません……」
「いえいえ、いいんですよ」
ゆっくりと体を立たせ、優しく語りかける。連れてきてよかったと思った。
この後にも活躍してくれるかもしれない。なんて酷いこと考えてしまうくらいに。
「では、中に」
「はい、失礼します」
俺はカクカクを極力抑え、小林さん宅にお邪魔した。
「娘は、二階です」
「娘さんにお会いする前に、いくつかお話させてください。立ち話で結構ですので」
「はい……」
いつも、この説明が心苦しい。今から俺は、依頼者の細い細い望みを断ち切る可能性を語る。
でも、それを含めて魔法使いの仕事だから、俺は我慢する。俺なんかよりも、目の前の人の方が余程辛い思いをしているのだ。
「助手からの話を聞く限り、娘さんは黒影の影響を受けている可能性があります。ただし、そうでない可能性もあります」
「はぁ」
「娘さんが黒影の影響にない場合、私たちでは何もできません」
「えっ……」
「もちろん黒影の影響であった場合は、責任を持って祓います。ただし、その後のケアについては、お約束できません」
一度は安堵に満ちた小林さんの表情が、再び蒼白になる。
「じゃあ、もし黒影じゃなかったら、娘は、私にどうしろと言うんです?」
「私のツテで別の専門家を紹介します。ご理解ください」
絞り出したような声に、俺は冷たい言葉を返すしかできなかった。小林さんは、広くない廊下に今度こそ崩れ落ちた。
「助手、頼む」
「さ……おじさん」
振り向けなかった。これまでは俺一人でやっていたのに、頼る相手がいるだけでこれだ。本当に情けない。
「お部屋まで案内を、お願いできますか」
「……」
小林さんは俺を一瞥すると、山崎さんに支えられ階段をのぼる。
娘さんの部屋はひと目でわかった。
『入るな』
四つ並ぶドアの一番奥。真っ赤な字で書き殴ってあった。周囲の魔力が揺らいでいる。これは黒影だと断言できる。
それで気が楽になってしまう自分は、やっぱり好きになれない。しかし、やることは決まった。
さぁ、とっても情けない魔法使いの本領を発揮しよう。
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