第6話 おじさんによる助手のための課外授業
俺はたぶん説教をしている。ただし、寝っ転がった状態なので威厳もなにもない。
「助手でも勝手に仕事受けたら駄目だよ。山崎さんじゃ責任取れないでしょ?」
「はい、ごめんなさい。でも……」
どうしよう。
初めてのミスだし、言い訳くらいは聞いてやろうか。きっと助手という立場に浮かれていたんだと思う。
本職の会社では、若い子のミスは成長の糧だと思ってやっている。 そうだよな、助け舟を出そう。
「でも?」
「あっ、電話の人、凄く困ってて、助けになりたくて……」
ああ、そっちか。
仕方ないとは言えないけど、気持ちはわかる。あくまでも俺の考えだけど、魔法使いの仕事は人助けだ。人を助けない魔法使いに意味はない。
だから、山崎さんの心根だけは間違っていない。
「わかったよ。わかる。ただし、次からはちゃんと雇い主に確認とってくれよ」
「はい!」
もう元気を取り戻している。この素直さが、この子を魅力的にしている理由のひとつなんだろう。
「詳しく教えてくれ」
「えっ、でも、里中おじさん、動けないですよ?」
「いいんだ、教えて」
無理やりにでも体を動かす方法はある。できればやりたくないから、依頼の緊急性次第での判断だ。
「えーと、お名前はコバヤシ サトコさん。普通のコバヤシに、耳のついたサトに子供のコで小林 聡子さんです」
「うん」
「ここ数日、中学生の娘さんの様子がおかしいそうで」
「うん」
「急に部屋に閉じこもって、お菓子ばかり食べているそうです。これは黒影に取り憑かれたのでは? とのご相談でした」
思ったよりも的確に教えてくれた。
純粋に助手として、とても優秀なのかもしれない。
「そっか、自分に向かったんだね」
「自分?」
「うん、黒影に歪められた欲は、他人を傷付けるか、自分を傷付けるかのどちらかになる事が多いんだよ。たぶん、大学ではまだ習ってないところだと思うよ」
黒影は、些細な願いやストレスも欲として歪めてしまう。それによって傷付くのは、周囲だけでなく本人だけでもない。どんな形であれ、人を不幸にするのが黒影だ。
「まー、黒影が関係してないかもしれないけどね」
「あまりにも異常と言っていましたし、黒影ではないでしょうか」
「人の異常は、黒影のせいだけではないよ。だから、直接確かめないとね」
話しながら、俺は覚悟を決めた。
山崎さんの感性に従おう。困っている人を助けるのが、魔法使いの本質。
仮に黒影なら、すぐにでも祓わないと危険だ。場合によっては命にも影響してしまうだろう。
仮に単なる過食なら、それはそれで問題だ。その場合、黒影が原因でないという情報だけでも、小林さんに提供したい。
だから本当は嫌だけど仕方ない。
「魔法を、使うよ」
「魔法、ですか?」
正座したまま、山崎さんは首を傾ける。知らないのも無理はない。せっかくだから、優しい助手のために課外授業をしてやろう。
魔法を魔法と認識した上で見るなんて、専攻している学生でも滅多にないことだと思う。
それと、近いうちにもうひとつクッションを買ってこよう。
「魔術はね、体内魔力を使って超常現象を起こすんだ」
「はい」
「だから、無理をすると自分自身に反動がくる。筋肉痛とか頭痛が多い。いてててて」
人に何かを教えるのは、本業で慣れている。偉そうなのは好きじゃないので、言い方にはいつも気を付けているつもりだ。
なんとなく、師匠のことを少し思い出した。あの人は嬉しそうに偉そうだった。その時は嫌だったけど、今思えば初の弟子に浮かれてたんだろうな。
「でね、魔法は自分の魔力はほとんど使わない。空気中にあったり、植物だったり、人間を含めた動物だったりから、魔力を拝借するんだ。魔術を使えるほどではなかったとしても、体内魔力は誰にでもあるからね」
「はい」
山崎さんは俺の意図を察してくれたのか、真剣な顔でコクコク頷いている。
「魔術は自分の体内魔力を使うから、できるのは自分や狭い範囲に関わることだけ。例えば一時的に身体強化をしたり、見える対象の時間の流れを少し変えたりね。あとは、黒影を祓う光を出すのも」
「私を助けてくれた時の魔術ですね」
「うん、そう」
鞄から小さなメモ帳とペンを取り出し、必死に書き込んでいる。両方とも猫の柄をしていた。山崎さんは、猫好きなんだな。
「魔法は魔術よりも大規模なものや、対象に外部から影響を与えるのに使うんだ」
「あの」
「ん?」
「魔術師よりも魔法使いの方が少ないのは、なぜですか?」
配偶者狙いでも助手でもなく、学生として目を輝かせていた。純粋に、こっちの世界が好きなんだと思えた。
過去の俺が無理に引きずり込んだのではと心配していたけど、これはこれで良かったのかもしれない。
「魔法を使うにはね、とっかかりとして少しだけ魔術が必要だから、魔法使いである前に魔術師であることが必須なんだよ。で、外部から魔力を集めるには、向いている性格と向いていない性格があってね」
「性格、ですか?」
「そう、性格。なぜかここで精神論。俺も最初に聞いた時は半笑いしたよ」
「ふふっ、半笑いって」
山崎さんが段々と俺の方に乗り出してくる。少しだけ開いた胸元から凄いのが見えそうになる。
真面目な話をしているのに、だめだろう俺。
「向いている性格は二パターン。ひとつは他者を従属させる強い意思を持った人。俺をスカウトした師匠はこのパターンだと思う」
「もうひとつは?」
ここまで言って少し恥ずかしくなる。『俺はこういう性格ですよ』ってアピールするようなものだからだ。でも、途中でやめるのは良くないよな。
「自分には執着せず、周りを見ている人」
「あー、だから里中おじさん。わかります」
ほらね、やっぱり恥ずかしい。
「じゃあ、実践するよ」
「はい」
少しだけ体内魔力を使って呼びかける。それに反応するように、魔力が集まっていた。
山崎さんは、なにも見えていないし、感じてもいないだろう。これを感じられるのも、才能が大きく影響するらしい。
「今、俺の体の周りに外部魔力が固定されている。こいつを動かすことによって、俺の体も動くわけだね」
「おぉー」
言葉の通り、俺は体を起き上がらせる。要は操り人形のようなものだ。
「いたたたたたたた」
ただし、筋肉痛の体を外から無理に動かしているので、痛いことは変わらない。
「里中おじさん……」
「ん?」
「動きがカクカクしてて、ちょっと気持ち悪いです」
「ああ、そうなっちゃう?」
彼女が初めて見た魔法使いの魔法は、カクカク動く変なおじさんだったということになる。
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