第30話 平穏と幸せ
「ふ~……ちょっと疲れたわね」
今日も机に向かって執筆をしていた私は、ペンを置いてから大きく身体を伸ばした。
実家の人達といろいろあった日から五年――その長い年月の間に、様々な罪を白日の下に晒された人達には、予定通りの罰が下された。
爵位を剥奪されたお父様とお母様は、最低限の荷物だけを持たされて、屋敷を追い出された。使用人に関しては、アレックス様が新しい仕事先や住む場所を見つけるまで手助けしてくれたとの事。
アベル様は、パークスの街から一番近くにある港町から、船で何日もかかる孤島へと連れていかれたみたい。アベル様は、船出の間際まで、何度もご自身のお父様に何とかしてくれって泣きついたそうだけど、カンカンに怒ったお父様からは見放されてしまったそうよ。
そしてニーナ。殺人や恐喝の罪の他にも、使用人の不当な解雇、禁止されている奴隷の売買といった、たくさんの罪が次々と暴かれてしまった彼女は、もう何十年も牢から出てこれないのが確定したそうよ。出てくる頃には、きっともう婚期は逃しちゃってるだろうし、当然家もお金もない。そんな状態で、あのワガママ娘がどうやって生活するのかしら?
そうそう。ユースさんが一度だけニーナの様子を見に行ったら、全く反省した様子はなく、自分は無実だ、アベル様やお父様達は何で助けに来ないんだ、ユースさんと私を一生許さないといった、恨み言を言ってたみたい。
……自分の妹ながら、本当に救いようがなくて哀れになっちゃうわ。
そうだ。私ね、一つだけ気になっていた事があったの。それは、エクエス家の悪評が広まってるっていう国王陛下のお言葉。
一体どうして、どんな悪評が広まってるのかユースさんに聞いたら、エクエス家は有名作家になれるほどの才能を持った私を追放した、見る目のない無能貴族だって周りに広めるのをお願いしていたんだって。
そのせいで名前に深い傷が残ってしまったところに、今回の事件が重なった結果、爵位剥奪になってしまったって事ね。
とまあ……こうして私に酷い事をしたり、陥れようとした人達はいなくなり、平和な日常を手に入れた私は、今日も平和に執筆に勤しんでいるってわけ。
あ、それと……どうしてユースさんが忙しかったのかだけど、調査依頼を出す代わりに、アレックス様のお仕事の手伝いをしていたみたい。それも頼まれたわけじゃなく、自主的に申し出たんだって。
なんていうか、変なところで真面目っていうか……そういうのも大好きだけど、少しは力を抜く事を覚えてほしいわ。
「どうもラブロマンスと勝手が違うからか、なかなか進まないなぁ……ちょっと休憩しようかしら」
今書いてるのは、私の初めての冒険物語だ。普段はラブロマンスばかりを書いているせいで四苦八苦しているけど、書いててとても新鮮で楽しいのよ。
私は部屋を後にし、その足で外の空気を吸いに外に出ると、そこではマリーがたくさんの服やタオル、下着を干していた。
今日は快晴だし、風も程よく吹いている。洗濯をするには絶好な日だわ。
「ティア様、どうかされましたか?」
「ちょっと休憩よ。私にも手伝わせて」
「よろしいのですか?」
「ええ。執筆ばかりしてると運動不足になっちゃうし!」
「ではお願いしますね」
そう言うと、マリーは微笑みながら洗濯物を半分渡してくれた。半分のはずなのに、かなりの量がある。屋敷を出た頃は、ここまでの量はなかったのに、ここ数年で倍以上に増えたわ。
「……平和ねぇ……」
「そうですねぇ」
のんびりと洗濯を干しながら呟いていると、家の外観が目に入った。立地は同じなんだけど、そこには前のボロボロの小屋の姿はなく、綺麗な一軒家が立っている。
この家なんだけど、出版で稼いだお金を使って建て直したの。前は一階しかなかったけど、新しい家は二階建ての少し大きめに建ててもらったのよ。
「ティア様、執筆の調子はどうですか?」
「んー……微妙ね。今回は初めてのジャンルだから、いつもと勝手が違うのよね」
ラブロマンスと冒険物語が違うのは当然わかっていたけど、書いてみると想像の何十倍も大変だ。キャラクターの作り方とか、心情や風景の描写とかは今までの技術を流用できるけど、いかんせん戦闘描写が難しい。
あっ、今回の冒険物語には魔法が使えたり、モンスターが普通にいるお話だから、必然的に戦闘描写が必要になるの。
「では、いつものようき原稿を見てもらうのはどうですか? もうすぐ帰って来られるでしょうし」
「せっかくのお休みなのに、仕事の話をするのは気が引けるのよね……」
「あの方の事ですし、俺の事なんか気にせずにさっさと聞け……みたいな感じで仰ると思いますよ」
「ふふっ、今の真似したつもり?」
「はい。やってみて自分のモノマネのセンスの無さに絶望してますわ。あ、ティア様」
二人でそんな話をしていると、マリーが突然私から顔を背けた。その視線の先には、背の高い男の人と、その隣を歩く小さな影。
「おかえりー!」
「ママ―! ただいまー!」
その小さな影の主は、両手と小さな黒いサイドテールをブンブンと振りながら、元気よく私の胸の中に飛び込んできた。
「フェリ、きちんとお買い物できた?」
「うんっ! あのねあのね! おかねをね、おみせのひとにね! わたしたらねっ! ありがとうって、いわれたの!」
「そうなの? よかったわね〜! フェリはお利口さんね~!」
「えへへ~!」
目の前の女の子――フェリは私と同じ色である緑色の瞳をキラキラと輝かせながら、太陽にも負けない笑顔を浮かべた。
……まあ言わなくてもわかるかもしれないけど、私の大切な一人娘よ。今年で三歳になって、言葉をたくさん話すようになってきたし、一人で出来る事も増えてきてるの。
「マリーちゃん! フェリ、えらい?」
「ええ。フェリ様はとっても偉いですよ」
「えへへへへ~!」
私から離れたフェリは、今度はマリーに抱きつく。それを迎えるように抱きしめ返したマリーは、フェリの事を愛おしそうに見つめながら、頭を撫でた。
「ユース。久しぶりのお休みなのに、お買い物に行ってくれてありがとう」
「気にするな。最近フェリと一緒にいる時間があまり取れていなかったしな。丁度良かった」
私の世界一愛する旦那様のユースは、昔は無愛想だったとは思えないような柔らかく微笑んだ。
あ~……カッコいいし笑顔が素敵ぃ……輝いて見えるぅ……尊い無理しんどい……なんだかんだで結婚して五年が経っているというのに、いまだに毎日のように心の中で惚れ直してる気しかしない……死ぬまで推せる……。
「そうだ。ユース様、先程ティア様が執筆に悩んでいる事があると仰ってました」
「ま、マリー!?」
「ほう。見せてくれ」
もう、マリーってば! どうしてユースに言っちゃうのよー!
「あ、ほら! お休みなのに原稿を見てもらうのは申し訳ないって!」
「気にするな。俺はティアの物語を読むのは好きだから、何の苦にもならない。むしろ褒美にしかならん」
「も、もう……ユースったら」
「ねーねー! なんのおはなしー?」
「フェリ様のパパとママはラブラブという話ですよ」
「ちょ、マリー!?」
「ラブラブー!」
「もう、二人して……えっとね。パパはちょっとだけお仕事をするみたいだから、ママと一緒に遊ぼっか!」
「わかったー!」
フェリはとても素直で良い子だ。いつも私達の言う事を素直に聞いてくれるし、お手伝いも率先してやってくれる。これも大切に育ててあげたから……なんていうのは自惚れしすぎかしら。
「パパ、おわったら、またあそんでくれる?」
「ああ。約束だ」
「やったー! あのねあのね、フェリ、ママにごほんよんでほしい!」
「いいわよ~。すぐに行くから、リビングで良い子にまってられる?」
「うんっ!」
一度自室に戻って原稿を取ってきてからユースに渡した私は、約束通りリビングで待っていたフェリのところに行くと、その小さな身体で大切そうに絵本を抱えていた。
う、うちの子可愛すぎる……ウキウキしながら絵本を抱えてるってなに……? ただの天使……後光が差して見える……うちの子世界一可愛い……こんなかわいい子、絶対にお嫁にあげたくないわ……。
とは言っても、フェリを絶対に幸せにしてくれる男の子なら、あげちゃってもいいかも……って、そんなわけないわよ! 私の評価は厳しいんだから! そこらの馬の骨なんかに娘はあげないんだから!
っと……一人で熱くなっちゃってたわ。フェリが待ってるんだから、早く読んであげましょう。
「それじゃ、ここに座ってね」
「うんっ!」
フェリを自分の膝の上に乗せた私は、彼女が持ってきた絵本を読み始める。
この絵本がよっぽど好きなのか、もう何度読み聞かせたかわからないくらい読んでいる。そのおかげか、もう内容を覚えちゃったわ。
本当にフェリは本が好きね。きっと私とユースの血を受け継いでいるからね。フェリは将来作家や編集者になるかも……なんて、ユースやマリーと話していたりするのよ。
もちろんフェリもがその道を進みたいっていうのなら、私達は先輩としてサポートするつもりだ。でも、もし全く違う道だったとしても、当然サポートはするわよ! どんな道だって、それはフェリが選んだ道なんだから!
「こうして王子様とお姫様は、結婚してずっと仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし――」
「ティア、読み終わったぞ」
「ありがとう、ユース。フェリ、ママはこれからパパと少しだけお仕事の話をするから、マリーと一緒にいてくれる?」
「わかったー!」
「でしたら、一緒にお昼ごはんの準備をしましょうか」
「するー!」
洗濯を終え、お昼ごはんの準備をしていたマリーに呼ばれてキッチンへと駆けだすフェリを見送った私は、真剣な表情でユースを見つめた。
「それで、どうかしら?」
「悪くはないが、戦闘に臨場感がない。あと、もっと派手にキャラクターを動かしたり、表現した方がいい」
「ふむふむ」
「ここの炎の魔法を撃つシーンとか良い例だな。魔法の派手さや凄さが伝わってこない。炎の魔法を撃つまではいいが、その炎の規模はどれぐらいとか、肌で感じてどう思ったのかを書いてみろ。他にも、その魔法の影響で、環境にどう変化が起こったとか書くのもいい。例えば、詠唱段階で周りの草花が一気に燃えて灰になったとかって書けば、それだけでかなりの高熱だって伝わるだろ?」
言われてみればそうね。炎の魔法に限らず、氷の魔法だったらどれくらい冷たいのかとか、風の魔法だったらどれくらいの勢いとか、そういうのが伝われば臨場感が増しそうだわ。
「なるほど……ありがとうユース。その辺りを見直してみるわ」
「ああ。それと、日常の風景はとても良い。この辺は今までの経験が活きてるな。それに、この新キャラクターの悪党が良い感じにいやらしさが表現されている」
「ふふーん、でしょでしょ? 書いてて何このムカつくキャラって自分で思っちゃったくらいよ!」
「そいつは傑作だな」
仕事の時にする真面目な顔から一転、少しだけ頬を綻ばせるユースの手に、私はそっと手を乗せた。
「ありがとうユース。あなたのおかげできっと今回も素晴らしい作品が作れるわ」
「俺は手伝っているにすぎない。日々のティアの努力の成果だ」
「なに謙遜してるのよ。全部あなたのおかげなのに」
「お前こそ謙遜するな。お前が努力したから今がある」
「その努力だって、あなたに出会わなかったらする事がなかったのよ?」
互いに変なところで頑固なせいか、不思議な言い合いという名のイチャイチャをしてると、キッチンの方から心配そうな顔で覗いているフェリと、ニヤニヤしているマリーの姿が目に入った。
……ちょっとマリー、なにそのにやけ顔。結婚してからも仕えてくれるのはとっても嬉しいけど、最近イチャイチャしてるのを楽しんで見てないかしら?
「パパとママ……ケンカしてるの……?」
「これはケンカじゃないから大丈夫よ」
「ほんとに?」
「本当だ。パパはママと仲良しだ」
「えへへ、よかったー! あのねあのね、フェリもなかよし?」
「ああ。みんな仲良しだ」
「やったー! パパもママもマリーちゃんもなかよしー!」
あ~……うちの子がピョンピョンしてるの可愛い~……この場面を永久に保存する術が無いのが悔やまれるわ……。
「さあ、区切りも良さそうですし、ごはんにしましょう」
「そうね。皆で仲良く食べましょう!」
マリーに促されてテーブルまで移動した私達は、各自席に座ると、『いただきます』と声を揃えた
あぁ……幸せだなぁ……明日も明後日も、今日みたいな平和で幸せな日常が過ごせると良いな……。
「ティア、食べないのか?」
「幸せだな~って思ってたら食べるのを忘れちゃったわ」
「大食いのお前にしてはあるまじき行為だな」
「ふーんだっ。大きなお世話でーす。ふふっ……♪」
私、あなたに出会えてよかった。
あなたのおかげで、私の物語がたくさんの人に届いた。たくさんの人が喜び、笑い、感動してくれた。
あなたのおかげで、私は生まれて初めてマリー以外の人に認めてもらえた。
あなたのおかげで、私は本物の愛を知れた。
あなたのおかげで、私は心の底から幸せになれた。
あなたのおかげで、私は世界一可愛くて大事な宝物を手に入れた。
本当にありがとう。これからもずっとずっと、世界中の誰もが羨むくらい、たくさん幸せになろうね――もちろんみんなで!
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