第29話 断罪の時
「お姉様!? なぜここにいるの!?」
「なぜって……国王陛下にお呼ばれしたからよ」
「陛下! 奴は貴方様と話すのに値しない人間です! 即刻追い出すべきです!」
「ニーナ殿、アベル殿。国王陛下の前です。控えなさい」
「「くっ……」」
私の姿を見て早々に噛みついてきたニーナとアベル様だったけど、即座にアレックス様に注意されて静かになった。
私には横暴な態度を取っていた二人も、流石にアレックス様には強く出れないのね。
「さて、役者も揃った事だ。始めろ」
「はい。ティア、さっき国王陛下が俺から依頼をされたと仰っていただろ?」
「え、ええ。何をお願いしたの?」
「それは……ティアの両親とニーナ・エクエス。そしてアベル・ベルナールの罪の調査だ」
淡々と、でも確かな怒りを孕んだユースさんの声に、家族とアベル様は明らかに動揺していた。
この人達の罪って……私を追放した事とか、ニーナを溺愛した事とか? 流石にそれを罪と言うには大げさな気がするけど……。
「貴様、このボクと大切な妻、そして妻の家族に罪があるなんて! 不敬罪でその首を刎ねられる覚悟はあるのだろうな!?」
「ほう、アベル殿。でしたらあなたも不敬罪で首を刎ねられても文句は言えませんな」
「……? アレックス様、それはどういう事でしょうか?」
「彼の真の名はエドワード・サイアーズ。私の弟で、この国の第二王子です」
「は……えっ? おとう、と……?」
「知らないのも無理はないでしょうね。弟は社交場に出る事はありませんでしから」
ユースさんの正体が王子様と知った家族とアベル様は、驚いたり顔を青ざめさせたりと、様々な反応を見せていた。
知らなかったとはいえ、今まで王子様を相手に暴言や失礼な態度を取ってたんだし、そんな反応になるのも無理はないわね。
「そ、それは大変失礼しました、エドワード様!!」
「この場を取り繕うだけの謝罪などいらん。それよりも兄上、報告をお願いします」
ユースさんが静かにそう言うと、アレックス様は手に持った書類の束を見ながら話し始めた。
「弟から送られてきた依頼——第一にルイス殿の追放について。ルイス殿を追放した理由として、ニーナ殿との真実の愛に目覚めたから。それ以外にも、ルイス殿が日頃からニーナ殿に精神的苦痛を与え、通っていた学園で悪評をばらまいていた。それでアベル殿はルイス殿に愛想が尽き、妹のニーナ殿と婚約をしたと……ここまでは間違いないですね?」
「そ、その通りだ!」
「ですが、事実は逆。嫌がらせをしていたのはニーナ殿で、されていたのはルイス殿です」
「そ、そんなわけありませんわ!」
真実を突きつけられても、ニーナは一切認めるつもりはないのか、まるで駄々をこねる子供の様に、両腕をブンブンと振り回しながら反論する。こういってはあれだけど、凄く見苦しい。
私としては、もう過去の事だから別に気にしてなかったんだけど、ここまで反省の色が全く見えないと、流石にイライラしてくるわ。
「すでにこちらは証人を得ています。証人からは、二人の立場は逆だったと聞いています。これはどういう事ですか?」
「そ、その証人が嘘をついているのよ!」
「証人は一人や二人ではありません。その全員が嘘をつく理由があるなら、どうぞこの場で私に教えてください」
「そ、それは……本当は、誰もいない所でやられてたのよ! だからそいつらは嘘を言ってるのよ!」
「まるで答えになってませんね。嘘を嘘で塗り固めようとしても無駄ですよ」
「くっ……!」
まるで調子を崩さないアレックス様に、ニーナは悔しそうに唇を噛んだ。
あ、あまりにも言い訳の程度が低すぎるわ……もうちょっとマシな言い訳は思いつかなかったのかしら……。
「エクエス夫妻。あなた方はこんな不当な理由を真に受けて、実の娘を追放した挙句、財政難に陥ったからという理由でルイス殿を屋敷に無理やり連れ戻し、印税を全て横取りしようとした……実の娘の気持ちを一切考えない低俗なその行為……名誉ある侯爵家とは思えない行為です」
「…………」
アレックス様の問いに、お父様とお母様は、一切反論せずに首を縦に振った。その姿はとても弱々しく、いつもの傲慢な人とは別人に見える程だった。
「言い忘れてましたが……日頃からニーナ殿が、ルイス殿の私物を奪っていたという報告も受けています。それを止めようとした使用人を、ニーナ殿やエクエス夫妻が脅した事も」
そんな事もしていたなんて……しかも全員が揃って脅していたなんて。やっぱり私の家族には、誰一人として私の味方をしてくれる人はいないし、想像していたよりもずっと酷い人達だったのね。やっぱり自分から進んで屋敷を出ていって正解だったわ。
「ではルイス殿の追放についてはこの辺にして……第二の依頼に移りましょう。とある本について、作家や製造元の買収や、売り上げに不正があったかを調べさせてもらいました」
とある本の不正……多分、いや……きっとあの本の事を言ってるのよね。
「アベル殿、ニーナ殿。あなた達は金で作家と製造元を買収しただけに留まらず、自ら本を購入して売上数を偽造した。更にルイス殿の本の悪評を流し、ルイス殿の家に嫌がらせをし、二冊目の完成と販売の妨害をした……間違いないですね?」
「ま、間違いしかない! 美しくて気高いボクと妻が、そのような卑劣な事をするはずがない!」
「そうよ! どれだけ私達に酷い事を言えば気が済むのよ!」
怒りで飛び掛かりそうになる二人を、兵士達が何とか取り押さえている。
この状況で暴れても好転なんかしないだろうし、そもそも相手は国王陛下と王太子様。不敬にも程があるわ。
「これに関してはしっかりとしたデータがありますし、実際に報酬金を渡されて、言われるがままに本を買い占めた人物も見つけております」
「そ、そんな……買い占めなんてデタラメだ!!」
「残念ながらデタラメじゃない。イズダーイが集めたデータを見る限り、どう見ても伸び方が不自然だ。それはティアの一作目の売り上げと比較すればよくわかる」
そう言うと、ユースさんは全員に一枚の紙を配った。そこには、二つのグラフが書かれていたわ。
「上がティアの本の売り上げ、下がアベルの本の売り上げだ。ティアの方は徐々に伸びていき、ある日からグラフの伸び方が大幅に伸びた。これは、口コミや広告で知った読者がたくさん買ってくれたものだと推測できる。一方のアベルの本は、初日に桁外れの売り上げがあり、それが数日続いたと思ったら急激に下がっている。最近は徐々に売れてはいるものの、ある日急に売り上げを伸ばし、そして戻るを繰り返している。これは明らかに不自然だ」
「た、たまたまかもしれないじゃない!」
「それはない。俺はこの仕事を十年以上はやってるが、こんなグラフは見た事がない」
このグラフ、前に見せてもらった時より細かくなってるわね。何度見ても、やっぱり変な感じがする。
売れっ子作家さんなら初日から沢山売れるのはわかるけど、この本の作家さんは聞いた事が無い方……そんな人が、初日からこんなに売れるとは思えないわ。現に私もそうだったし。
それにしても、全然売れてない日は、売れてる日の十分の一にも満たしてない……こんな極端なグラフになるって事は、やっぱりさっき言ったように自分で買って売り上げを偽造していたとしか考えられない……。
「この異様に売り上げが伸びてる日に、アベル様かニーナ本人、もしくは協力をしている誰かが買い占めているって事?」
「そういう事だ」
「ぐっ……ぐぐっ……!!」
これも真実なのだろう。アベル様とニーナは悔しそうに表情を歪めながら、ブルブルと震えている。
そんな卑怯な事なんかしないで、正々堂々と出版すればよかったのに……つくづく救いようのない人達だわ。
「依頼はこれだけじゃありません。第三の依頼――アベル殿とニーナ殿の婚約が成立したのは、ニーナ殿の元婚約者がお亡くなりになったからと聞いています」
「そ、そうよ! それがなにか?」
「その元婚約者、馬車の暴走に巻き込まれたんですよね?」
「そうよ!」
「それについて詳しく調べた結果、判明した事があります」
そこで一息入れたアレックス様は、今までで一番鋭い目つきでニーナを睨みつけながら、ビシッと指を差した。
「その馬車を動かしていた馬を意図的に興奮状態にさせ、事故につなげた人物がいる……つまり、あなたの元婚約者は事故死に見せかけて殺されたんですよ」
「こ、殺された!?」
驚愕の事実に驚きを隠せなかった私は、思わず国王陛下とアレックス様の前だというのに、大きな声を出してしまった。
ちょっと恥ずかしさを感じつつも、ニーナの方を無意識に見てみると、ニーナは目を大きく見開いたまま固まっていた。
「実際に事故に巻き込まれてしまったが、運よく生き残った御者に話を聞いたところ、突然馬が暴れだし、制御が効かなくなったそうです。しかも、外敵に襲われたならまだしも、そのような生き物はいない穏やかな森の中で」
「しょ、しょせん相手は馬ですわ! 急に暴れる事があってもおかしくないわ!」
「ええ、確かに。ですが、この件について、実行犯を捕まえています」
「は……?」
アレックス様が何を仰っているのか理解できなかったのか、ニーナはなんとも気の抜けた声を漏らしながら、ポカンとした表情を浮かべた。
「事故のあった現場の近くに、一軒の小屋がありましてね。そこの住人から、普段見かけない人物を見かけたという情報を入手しました。それを元に調べた結果……一人の男にたどり着き、その男を拘束したところ、犯行を自供しました」
「ち、違う……嘘よ……私はそんな事してないわ……」
「これは余談ですが、その男は犯行の自供と一緒に、面白い事も言ってましてね。確か、ニーナ殿に奴隷の売買を教えたらとても気に入ってもらえ、奴隷の売買をしている闇市の情報を度々売って金を貰っていたと。おかげで禁止されている奴隷の売買を行っていた場所を特定できましたよ」
実行犯が自供したのなら、もう言い逃れのしようがないわね……それはニーナもわかったのか、膝から崩れ落ちてがっくりとうなだれて泣き始めてしまった。
今まで散々酷い事をしてきたニーナも、ああなってしまうと哀れね。
「以上が調査の結果です。国王陛下、彼らの処罰についてのご判断を」
「うむ」
国王陛下は初めて私達の前で立つと、険しい表情を浮かべながら、家族とアベル様への判決を下し始めた。
「まずエクエス家。ニーナの酷い行いを全て見逃し、ルイスを不当な理由で追放。財政難をなんとかしようと、ルイスを利用して解消しようとしたその行為、同じ子を持つ親として、断じて許せる行為ではない。それに、最近はエクエス家の悪評も広まっておる……侯爵の爵位を持つ家としてあるまじき失態だ。よって、エクエス家から爵位を剥奪する」
さっきからずっと大人しくしていたのは、どんな事でも受け入れるつもりだったのか……お父様とお母様は静かに頷き、そして涙を流した。
「アベル・ベルナール。そなたは数々の買収や不正行為、そして数々の卑怯な行為を行ったその性根、断じて許せん。よってそなたは辺境の島に追放だ。そこでしっかり反省してこい」
「い、嫌だ! そんな変なところに行きたくない!! ボクはアベル・ベルナールだぞ!! ええーい放せ!!」
アベル様はこの場から逃げ出そうとしたけど、即座に兵士達に取り押さえられてしまった。
せめて最後くらいは潔くしてほしかったけど、それを望んだ私が間違ってたわね……。
「最後にニーナ・エクエス。幼い頃から盗み行為を働き、自分の元婚約者の殺人を依頼してまで婚約者を奪い、追放のきっかけを作った。それだけに留まらず、アベルと手を組んで不正に加担した。殺人や奴隷の売買を筆頭に、犯してきた数々の行為……到底許されないものだ。よってそなたは投獄だ。刑期は追って知らせる。以上だ」
「はぁ!? と、投獄なんて嫌よ! 助けてお父様! お母様!」
なんとか逃れようとするニーナだけど、お父様とお母様は、まるで汚物を見るような目でニーナを見つめていた。
今まで溺愛していたとはいえ、殺人や奴隷の売買にまで手を伸ばした娘を溺愛する事は、流石のお父様とお母様も出来ないみたいね。
「い、いや! 放しなさい!! 私を誰だと思ってるの!? そ、そうだ! お姉様、酷い事をしたの、謝るわ! ごめんなさい! 反省してるから、私だけでも助けて!!」
「なっ!? 貴様、一人だけ助かろうとするとかふざけるな! ルイス! 私も謝るから、国王陛下に撤回の要請をしてくれ! へ、辺境の島なんかごめんだ!!」
「ふざけんじゃないわよ! 私なんか投獄よ!? もう人生終わりじゃない! あんたが私の代わりに投獄されなさいよ!」
「黙れ殺人者が! 貴様がボクの身代わりになれ!」
今までずっと仲睦まじくしていた二人が、自分の保身のために罪を擦り付けあってる姿は、あまりにも見苦しくて……そして、哀れだわ。
「そうよね。二人共、そんなところに連れていかれるのは嫌よね」
「お、お姉様……そうよ! だから早く助け――」
「でもそんなの私には関係ないわ。私は絶対に許さないし助けない。全員、早く私の前から消えなさい! そして……二度と関わらないで!!」
私に見捨てられてもなお暴れ続けるニーナとアベル様、そしてずっと黙ったままのお父様とお母様は、そのまま謁見の間の外へと連れていかれた。
これで――私は本当に解放されたのね。
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