ジェニー・クラウド
富本アキユ(元Akiyu)
第1話 ジェニー・クラウド
遠く遠くへ。もっと遠くへ。
地平線の彼方まで。
あの紙飛行機は、風に乗ってどこまでも遠くへ飛んでいくような気がした。
青い空に白い雲。夏の暑さが僕を容赦なく照り付ける。飛んでいく紙飛行の行く先を見つめていると、ついに紙飛行機は地面に落ちた。そこには一人の少女が立っていた。少女は紙飛行機を拾い、僕の方を見つめる。僕は少女の元へ行く。
「どうぞ」
「ありがとう」
細い体に透き通るような白い肌に青い瞳。不思議な雰囲気の少女だった。
「ねぇ。母様」
「どうしたの?アルバート」
「さっき女の子がいた。紙飛行機を拾ってくれた」
「どんな子だった?」
「不思議な感じの子」
「そう……。きっとその子ね」
「母様、知ってるの?」
「いいえ。でもすぐ会えるわよ」
母様の言うとおり、さっきの女の子が僕の屋敷を訪ねてきた。
「よろしくね。ジェニー・クラウドさん」
彼女がジェニー・クラウド。噂の探偵だ。
「はい」
彼女はそう答えると、屋敷の奥に案内された。母様は、僕と彼女……ジェニー・クラウドと呼ばれた少女の三人分の紅茶を用意した。
「噂どおり綺麗な青い瞳ね。見ていると吸い込まれてしまいそう。その特別な目には、何が見えているのかしら」
「依頼の内容は、この屋敷の調査で良かったですか?」
「ええ。どうかしら?何か感じる?」
「低級が二匹。まだ人を喰らう力は持っていないけど、放っておくと危険」
「やっぱり悪霊がいるのね……」
「はい」
悪霊?低級が二匹?
一体何の話だろう?
「じゃあやはり旦那が怪我したのも悪霊のせい?」
「はい」
ジェニー・クラウドは、紅茶を一口飲んで答える。
そうか。父上の怪我の原因は、悪霊の仕業だったのか。だから母様は、僕には極力外で遊んできなさいと言っていたのか。
「……この部屋に2匹。壁の所にいますね」
部屋に緊張が走る。
「……下がっていてください」
彼女が腰から取り出したのは、リボルバータイプの銀色の拳銃。
「魔法拳銃。あれが――」
「ねぇ母様。一体何が起こってるの!?」
「悪霊を退治するの。アルバート、動いちゃだめよ」
ジェニー・クラウドは、壁に向かって二発の弾を撃ち込んだ。弾丸は見えない。空砲だろうか?
「……終わり」
「……た、倒したの?」
「もう大丈夫。この屋敷に悪霊はいません」
「よかった」
「では、私はこれで」
それが彼女、ジェニー・クラウドとの最初の出会いだった。
あの時は、彼女とまた再会する事になるとは、夢にも思っていなかった。
色白の青い瞳の少女。悪霊専門の探偵ジェニー・クラウド。
あれから8年経ち、僕が16歳を迎えた頃、ジェニー・クラウドの名前は、有名になっていた。
僕は悪霊に殺された友人ジェームズの仇を討つ為、彼女を探して旅を続けていた。
「やっと見つけた。ジェニー・クラウド」
「……誰?」
「8年前、君に世話になった事がある。ケルンの町の屋敷で低級の悪霊を二匹やっつけてくれた事があるだろう?僕はその屋敷に住んでいたアルバート。昔、君に紙飛行機を拾ってもらったんだ」
「いちいち覚えていない。しかも低級なんて余計に」
「そうか……。僕は、君をずっと探して旅をしていた」
「そう。何か用?」
「僕の友人が悪霊に殺された。僕は友人の仇を討ちたいと考えている。それで君に頼みがある」
「依頼?」
「僕を弟子にしてくれ。僕のこの手で友人を殺した悪霊を葬りたい」
「弟子はとらない。それじゃ――」
「ま、待ってくれ!!」
彼女は歩き出した。僕は追いかけた。
「頼むよ!!」
「君は見えるの?」
「……見えない」
「悪霊が見えない人間に、悪霊探偵は務まらない。あきらめて」
「白い悪魔だったらしい」
「っ……!?今なんて?」
「友人は白い悪魔に殺された。あの白い化け物は何だ!?って叫んでいた」
「その白い悪霊は、どこで見たの?」
「3年前。フォールストリート。僕の目の前で友人は、無残な姿になったんだ。僕は怖くなって走って逃げたんだ。僕に力があれば……」
「3年前……。そう……」
「なぁ、頼むよ!!弟子が無理ならせめて君が使っている魔法拳銃、どこで手に入れたか教えてくれないか?」
「魔法拳銃は青い目を使える人間じゃないと使えないの。だからあなたが手に入れても使えないから無駄よ」
「その青い目は生まれつき?」
「いいえ。特殊な訓練で身につけたの」
「なら僕にもその訓練の仕方を教えてくれないか?」
「嫌。面倒。教えて私に何のメリットがあるの?」
「君の助手になる。探偵助手だ。しかも訓練して戦えるようになれば戦闘もサポートできる」
「群れるのは嫌い。それじゃ――」
「あー!!待って待って!!えっと、そ、そうだ!!荷物!!荷物持ちになるよ!!」
「……荷物持ち。それは良いわね。乗った」
こうして僕は、彼女の探偵助手……いや、荷物持ちになった。
「ねぇ。荷物持ちさん」
「何?」
「先に言っておくけど、私はあなたを足手まといだと思ってる。だからせめて最低でも、早く青い目を習得して悪霊を見えるようになって欲しい。見えるようになれば逃げれるでしょ?自分の身は自分で守って」
「青い目ってどうやれば身に着くの?」
「精神修行。なるべく目を閉じて使わないようにする。次第に目を閉じていても気配が見えるようになるわ。初めは片目から。片目に慣れたら両目を閉じるの」
「両目を閉じたら何も見えなくなるじゃないか」
「見えていなくても、気配で何がどこにあるか見えるようになるの」
「そ、それってどれくらいかかるの?」
「さあ?一週間かもしれないし、一年かもしれないし。荷物持ちさんの才能次第ね」
「全然参考にならない……」
こうして僕の青い目を身につける修行が始まった。
初めは片目を閉じたままの生活は、遠近感が分からず大変だった。しかし一週間も片目だけで生活していると慣れてきた。そして僕の左の瞳の色は、緋色になった。
「ね、ねぇ……。これできてる?」
「そうね。私のとは違って緋色だけど」
「緋色ってどうなんだ?」
「さあ?青い目じゃないから分からないわ」
「ええー……」
「次は右目の修行ね」
「ああ、頑張るよ」
右目も同じ要領で修行する事一週間、緋色になった。
「……できた」
「おめでとう。後は自分の身は自分で守ってね」
「ええー……。あのさ、魔法拳銃は使えるの?」
「試してみる?」
ジェニーのリボルバータイプの銀色の拳銃を渡される。それを木に向かって撃ち込む。すると木が燃えた。
「荷物持ちさん。どうやらあなたは、炎の弾丸が撃てるみたいね。これで森で野宿する時も楽に火を起こせるわ。よかった」
「えっ!?そんなことに使うのっ!?」
もう何日くらい歩いているだろうか。随分と遠くまで来た。野宿にもすっかり慣れてきた。荷物持ちと火起こししかしていないけど、僕はこれで悪霊と戦う力を身につけられたのだろうか。
「着いたわ。ローウェイの町よ」
「ジェニー」
「何?」
「こんな遠い町まで来て、君は一体何が目的なんだい?」
「私の目的は、白い悪霊を倒す事。多分、荷物持ちさんの友達を殺したのと同じやつね。上級の悪霊なの。上級の悪霊は数が少ないの。見た目は大猿のような感じの白い悪霊よ。まずは情報収集ね。町の人に聞き込みをしましょう」
聞き込みをしていると、すぐに情報が手に入った。宿屋の店主、そしてパン屋の店主と立て続けに奇妙な死を遂げたらしい。
「武器屋に行きましょう。あなたも護身用の武器を買いなさい」
「えっ?魔法拳銃は特殊な銃じゃないの?」
「ただの銃よ。目を持つ人間が使えば変化するの」
「じゃあ僕は剣にしようかな」
武器屋で剣を買い、町を歩く。
白い悪霊を探して町中をウロウロしていると、女性の叫び声が聞こえた。急いで駆けつけるとそこには、女性が血を流して倒れていた。
「どう?見える?」
「ああ……み、見えるよ……。これが……悪霊。……白い悪霊か」
「そう。見えてるのね。上級は手強いわよ。気を付けて」
ジェニーが魔法拳銃を白い悪霊の体に撃ち込む。しかし銃弾を弾いた。
「硬い……。効いてないの……!?」
「うおおおおお!」
僕が剣で斬りかかると簡単に回避された。巨体の癖にスピードがある。
「荷物持ちさん。私があいつの目を撃つ。そうしたら一気に首を斬りつけて」
「わかった!!」
ジェニーが魔法拳銃を二発。白い悪霊の両目に撃ち込む。
グオオオオ!!という雄叫びが聞こえた。続いて僕が一気に剣で首を狙う。
「燃えろぉおお!!!!」
剣先から炎が出た。
白い悪霊の巨体は炎で包まれた。
白い悪霊は倒れた。そして蒸気のようになって消えていった。
僕達はついに白い悪霊を倒した。
「やった!!倒した!!」
「……荷物持ちさん。いえ、アルバート。ありがとう。あなたのおかげよ」
「ははっ。やっと名前で呼んでくれた」
「もうあなたは、目的を達成した。友達の敵討ちできたでしょ?これであなたともお別れかしら」
「ねぇ。ジェニー。悪霊って世の中にまだまだ沢山いるのかな?」
「いるわ」
「君はどうするの?」
「何も変わらないわ。悪霊が存在する限り、私は魔法拳銃を撃ち続ける」
「ならば……僕も手伝おう。君を」
「あら、まだ荷物持ちしてくれるの?」
「うん、いいよ。お安い御用さ。でもたまには、変わってくれると嬉しいかな」
「さあどうしようかしら」
「ええー……」
悪霊探偵ジェニー・クラウドと荷物持ちの助手アルバート。
二人は悪霊に苦しむ人達の救世主となるべく、長き旅はまだまだ続いていく。
ジェニー・クラウド 富本アキユ(元Akiyu) @book_Akiyu
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