ぼくを飼って

@mi-ya-akita

ぼくを飼って 全話

○中井戸駅前通り(朝)

  雨の降る中、駅に向かう人々。

  どこからか子猫の鳴き声が聞こえる。

  子猫の鳴き声に気を掛る者もいない中、

  足を止め耳を澄ます石川真弓(25)。

  真弓、辺りを見回し、子猫の泣く方角

  へ歩き出す。

 

○中井戸駅前公園(朝)

  ツツジの大木の根元を覗き込む真弓。

  根元に小さな段ボールが一箱。

  真弓、段ボールの中を覗き込むと、中

  には真白い子猫(2カ月)が一匹。

  子猫、真弓を見て鳴き声が大きくなる。

  雨に濡れ、痩せ細った体で鳴く子猫。

  真弓、気の毒そうに子猫を見つめ、 

真弓「ゴメンね・・・うちのアパートペット

 駄目なんだ」

  真弓、子猫が濡れないように傘を置き、

  子猫の頭を一撫でしてから、

真弓「じゃあね、いい人に拾われるんだよ」

  と、傘を置いて小走りで立ち去る。


○下北ケーブルテレビ・コールセンター(朝)

  ヘッドセットを付けた真弓が、神妙な

  面持ちで電話応対中。

真弓「大変申し訳ございません。先程の説明

 の繰り返しになりますが、弊社はケーブル

 テレビですので、ご解約後のアンテナ設置

 はお受けすることができません」

客の声「だから何度も同じこと言わせんな!

 ダメだダメだ! お前じゃ話になんねえ!

 上司を出せ上司を! 納得できねえから解

 約費用は払う気ねえからな!」

真弓「・・・少々お待ちください」

  真弓、電話を保留にして、申し訳なさ

  そうに左手を上げる。

  近くにいたスーパーバイザーの松波崇

  (44)が、露骨に嫌な顔で舌打ちをし

  て近づく。


○同・食堂

  後輩の泉美奈(23)とランチ中の真弓。

美奈「マジムカつきますよね、あのパワハラ

 課長。私もエスカレお願いした時、めちゃ

 嫌な顔されましたよ。あれでよくスーパー

 バイザーが務まりますよね。ま、しょせん

 私たちは契約社員ですからね」

  落ち込み上の空の真弓。その視線の先

  に、取材先から帰社した制作部員が楽

  しそうに会話をしながら歩く姿。

真弓「いいな・・・制作部・・」   

 

○同・コールセンター

  電話応対に励むオペレーター達。

  真弓は部屋の隅で、松波からネチネチ

  叱られている。涙を堪える真弓。


○電車・車内(夜)

  疲れ果てた顔で電車に揺られる真弓。

   

○中井戸駅(夜)

  駅から出てくる人々の中に真弓の姿。

  雨が降っていて次々に傘の花が開く。

真弓「あっ」

  と、公園に向かって小走りで走り出す。


○中井戸駅前公園(夜)

  真弓、ツツジの根元を覗き込む。

  傘をどけると、子猫がまだいる。

  子猫、真弓に気付き、か細い声で鳴く。

  かなり弱っていて起き上がれない。

真弓「仕方ないな・・・。チビちゃん、君は

 運がいいぞ」

  と、段ボールを持ち上げて立ち去る。


○「ハイツ小杉」102号・居間(夜)

  真弓、子猫の濡れた体をドライヤーで

  乾かしている。

真弓「可哀相に・・・体震えてるね」

  真弓、心配そうに体を乾かしていると

  子猫のオチンチンに気付く。

真弓「おっ? 君は男だったのか。

(笑顔で)そっか、君は初めてこの部屋に

 来た男だよ光栄に思うがよい。

( 真顔になり)だから死んじゃあ駄目だよ」

      ×   ×   ×

  真弓、スプーンで牛乳を子猫の口に流

  し込む。

真弓「いい子だから飲んでね」

  口を動かし、牛乳を飲もうとする子猫。

真弓「お、いいね。その調子だよ。頑張れチ

 ビちゃん」

  真弓、二杯目を飲ませながら、

真弓「やっぱり名前ないと不便ね。( 少し考

 えて)取りあえず、真っ白だからシロにし

 とくね。頑張れ、シロ」

  

○下北ケーブルテレビ・食堂

  真弓、スマホ内のシロの写真を美奈に

  見せている。

  美奈、シロの可愛さにメロメロ。


○ペットショップ「HACHI」店内(夜)

  真弓、猫コーナーで品定め中。

  買い物カゴの中には、キャットフード

  と猫トイレと砂。真弓、手にした猫ジ

  ャラシの性能を確かめてカゴに入れる。


○「ハイツ小杉」102号・居間(夜)

  真弓、猫ジャラシでシロの反応を見る。

  シロ、まだ本調子ではない。 

      ×   ×   ×

  朝、身支度を済ませた真弓が心配げな

  顔で、シロの頭を撫でて部屋を出る。

  シロ、まだ走ることができず、小さな

  声で鳴きながらヨタヨタと後を追う。

      ×   ×   ×

  夜、猫ジャラシでシロと遊ぶ真弓。

  シロ、少し元気に飛び跳ねて反応する。

      ×   ×   ×

  朝、勢いよく餌を食べるシロ。

  その隙に出勤のため部屋を出る真弓。 

      ×   ×   ×

  夜、部屋の中を元気に走り回るシロ。

  カーテンによじ登り、カーテンレール

  の上まで登る。


○同・寝室 (夜)

  ベッドで寝ている真弓とシロ。

  真弓のオナラの音が聞こえる。

  一間置き、布団の中から困り顔のシロ

  が、匂いから逃げるように出てくる。

真弓「(笑って)ゴメンゴメン」


○同・居間 (朝)

  朝、慌ただしく身支度を行う真弓の足

  元に、鳴きながら絡みつくシロ。

  真弓、何度もシロを踏みそうになる。

真弓「ゴメンね、急いでいるからかまってい

 られないんだ」

    

○同・玄関(朝)

  急ぎ靴を履く真弓。

  真弓、鳴きながら纏わりつくシロに、

真弓「大人しく留守番しててね」

  と、外へ出てドアを閉める。

  鳴き続けるシロ。


○同・前の道路 (朝)

  真弓、荒ただしくアパート敷地から道

  路へ。隣家の大家宅前の路上を、大家

  の小杉健作(80)が掃き掃除中。

真弓「(少し緊張) 大家さん、おはようござ

 います!」

小杉「(不愛想に) おはよう」

  真弓が去った後、小杉の手が止まる。

  耳を澄ます小杉。微かにシロの鳴き声

  が聴こえる。

  小杉、声のする方角、アパートを睨む。


○下北ケーブルテレビ・コールセンター

  真弓、電話応対履歴をPCへ入力中。

  オペレーターAがやってきて、

オペレーターA「石川さん、お昼交代です」

真弓「あ、はい。ありがとうございます」


○同・女子更衣室

真弓「嘘! 何これ!?」

  真弓、スマホを見て驚愕する。

  スマホ着歴画面は『大家さん』だらけ。

  凄く不安な表情の真弓。


○同・廊下

  スマホで大家小杉と通話中の真弓。

  「すみません」と何度も頭を下げ謝罪。

  スマホから激昂した大家小杉の声。

小杉の声「謝ればいいってもんじゃないよ!

 うちはペット禁止だって、しつこいほど説

 明したよね。契約の時にさ!」

真弓「はい、承知していましたけど、公園に

 捨てられていて、死にそうでしたので・・

 ・つい・・・」

小杉の声「そんなの理由になんないよ! あ

 んた契約違反だよ契約違反! 一日たりと

 も認めんから! 今日中にアパートから猫

 を追い出してくれ!」

真弓「きょ、今日中ですか?」

小杉の声「明日の朝確認させてもらうから

 ね。 それが出来ないんだったら、

 契約違反で、あんたが猫と出て行って

 くれ!」 

真弓「えっ? あ、あの、ちょ、ちょっと」

  取り付く島もなく激しく切られる。

真弓「え? えーーー?」

  真弓、ロッカーにもたれ、崩れ落ちる。


○同・食堂

  美奈と食事中の真弓。

真弓「ねえお願い! シロを預かって」

美奈「(困った顔で)事情は解りましたけど、

 うちは父さんが猫アレルギーなんで」

真弓「猫アレルギーって、そんなのある

 の?」

美奈「あるんですよ、これが。咳とクシャミ

 が止まらなくなるんです。ひどい時には嘔

 吐まで。医学的に言うとですね」

  真弓、「もう解った」と制する。

真弓「あーどうしよ。あの大家さんは嫌いだ

 から出て行きたいのは山々だけど・・・お

 金が、引っ越すだけのお金が・・・」

  「あああ」とテーブルに顔を伏せる。

  

○下北駅前・歩道

  スマホで電話をしながら歩く真弓。

真弓「そう、子ネコ。とにかく超可愛いの。

 真っ白で。スノービューティって感じ? 

 ううん、男の子よ」


○下北駅・改札

  通話中の真弓、ICカードをかざして

  改札を通過しながら、

真弓「えー、どうしてもダメ? せめて飼い

 主が見つかる間だけでもいいから面倒みて

 くれない? ダメ? お願い! そこをな

 んとか」


○電車・車内

  真弓、少しイライラしながらスマホを

  いじり、

真弓「今日中って言ったって」


○ペットショップ「HACHI」・店先

  真弓、スマホで電話をしながら、猫用

  移動ゲージを持って店から出てくる。 

真弓「そう、後は博子だけなの。だから助け

 て。2~3日だけでいいから、お願い!」


○「ハイツ小杉」102号室・玄関内

  ドアが開き、

真弓「ただいま・・・」

  と、疲れ切った真弓が座り込む。

  すかさずシロが激しく鳴きながら駆け

  寄り、鳴きながら真弓に何度も体を擦

  りつける。

  真弓、悲しい顔でシロを見つめる。


○同・居間

  元気よくキャットフードを食べるシロ。

  その様子を悲しげに見つめる真弓。

真弓「明日の朝、大家さんが来るんだって」

  食べ続けるシロ。

真弓「その時、シロがいたらアパート追い出

 されちゃうんだって」

  真弓、泣きそうな顔でシロを撫でる。

  「俺に構うな」的に食事を続けるシロ

  に苦笑する真弓。


○中井戸商店街

  真弓、足取り重く商店街をさ迷う。

  手にはシロが入った猫用ゲージ。


○中井戸駅前公園(夕方)

  夕焼けに染まる公園。

  ベンチに座り途方に暮れる真弓。


○猫神社・前の路上(夕方)

  真弓、足取り重く当てもなく歩いてい

  ると猫の石像が目に止まり足を止める。

  神社の垣根に3mくらいの間隔で不思

  議な猫の石像(高さ約50cm)が続く。

  真弓、興味を魅かれ猫の石像を辿る。

  その先には、神社境内への階段。

  階段入口の鳥居にも猫の像がある。

  入口の看板に『由緒正しき猫神社』

  『捨て猫預かります』と書かれている。

真弓「こ、ここよ!」

  

○猫神社・境内(夕方)

  所々猫の装飾を施した建物がユーモア

  であり、どこか不気味でもある。


○同・神主の自宅(夕方)

  真弓、玄関先で息を切らせながら事情

  説明を終える。

  傾聴していた神主の林田幹夫(77)。

林田「事情は良く解りました。当神社で引き

 取りましょう」

真弓「あ、ありがとうございます!」

  と、深々と頭を下げ、シロをゲージに

  入れたまま引き渡す。

  真弓、ゲージの中のシロを見つめ、

真弓「元気でね。幸せになってね」

  悲しそうな顔で別れを告げる真弓。

真弓「シロのこと、よろしくお願いします」

  と、深々と頭を下げ出て行く。


○同・神主の自宅玄関前(夕方)

  真弓、戸を閉めて立ち去ろうとする。 

  中からシロの悲しく鳴く声。

  真弓、後ろ髪引かれる思いで立ち去る。


○「ハイツ小杉」102号室・居間(夜)

  悲しい顔の真弓、スマホでシロの写真

  をスライドショーで見ている。

真弓「今頃どうしてるかな・・・」


○猫神社・神主宅・食堂(夜)

  3世代8人家族が揃って食事中。

  シロ鳴き声がうるさくて皆不機嫌。

  林田、バツ悪そうに席を立つ。


○同・境内(夜)

  林田、猫ゲージに入れたシロを持って

  本殿へ向かう。鳴き続けるシロ。


○同・本殿(夜)

  林田、シロをゲージに入れたまま本殿

  の中に置く。

林田「すまんの。今晩はここで寝ておくれ」

  と、立ち去る。鳴き止まないシロ。


○「ハイツ小杉」102号室・居間(夜)

  真弓、寝間着姿で壁にもたれテレビを

  観ている。

  客席が大爆笑のバラエティ番組を観て

  いてもどこか上の空。

  テレビを消し、虚空を見つめる。


○夜空(夜)

  中井戸町の夜空に浮かぶ満月。


○猫神社・境内(夜)

  境内に響きわたるシロの鳴声。


○同・本殿外観(夜)

  シロの鳴声はこの中から聞こえる。


○同・神殿内(夜)

  ひたすら鳴き続けているシロ。

  あまりの五月蠅さに本殿内の猫神像も

  どことなく迷惑そうな表情。

  猫神像は180cm。コロコロとした2等

  身の2足立ち。手には仙人のような杖

  を持ち、首には巨大な鈴。

  愛嬌のある顔が、どことなくイライラ

  した表情になり、イライラ顔から徐々

  に怒った顔に変化し、やがて猫神の像

  が生気を帯び動き出す。

猫神「う・る・さーーーーーーーい!」

  シロ、驚き、鳴き止む。

猫神「お前うるさいぞ! どんだけ鳴けば気

 が済むのじゃ! お前のせいでワシャちぃ

 ーとも眠れんじゃないか!」

  シロ、一旦鳴き止むが、怒られてまた

  鳴き始める。 

猫神「あっ、いや、スマンスマン。つい怒っ

 てしもうた。子猫相手に大人げない。

 許せ」

  猫神、杖をちょいっと振ると、シロが

  ゲージから外へ瞬間移動する。

  シロ、驚き、鳴き止む。

猫神「(優しく )ところで、お主、何でそん

 なに鳴いとんじゃ?」

  思い出し、再び鳴きそうになる。

猫神「あっ、いや、いいんじゃ言わんでも」

  と、シロの頭の上に杖の先を乗せ、目

  を閉じる。

猫神「ふむふむ、なるほどな。そうじゃっ

 たか」

  猫神、目を開け、杖を戻し、

猫神「つまりお主は、ずーっとあの娘さんと

 一緒にいたいのに、捨てられてしまって、

 悲しくて悲しくて泣いておったんじゃな」

  シロ、「ニヤー」と一鳴き。

猫神「これも運命じゃ。また新たな飼い主が

 み見つかってじゃな」

  シロ、再び鳴き出す。

  猫神「こりゃ敵わん」と言ったリアク

  ションで耳を塞ぐ。

猫神「お主の鳴声は破壊的じゃな」

  猫神、鳴き止まないシロに困り果て、

猫神「やれやれ・・・、これじゃあ眠れんじ

 ゃないか。わしゃ神じゃぞ。偉いんじゃぞ。

 まったく」

  猫神、ブツブツ文句を言った後ブツブ

  ツ呪文を唱え『ええい!』と杖を振る。

  シロの体が不思議な光に包まれ、体が

  人間の男の子(6歳)に変化していく。

  雪のように真っ白な肌の美少年に姿が

  変わる。髪の毛も白。目は青(猫の時

  も青)。服は着ている。

  シロ、鳴くのを忘れて大いに驚く。

猫神「千年に一度の特別大サービスじゃぞ」

  と、猫神の力で屋根を透かし、夜空に

  浮かぶ満月を杖で示し、

猫神「あれ満月な。まん丸お月さま。次のま

 ん丸お月さままで人間でいられるように魔

 法をかけた」

シロ「(驚き)え? ほんと? じゃあお姉

 ちゃんと一緒にいられるの?」

猫神「(頷き)それとな、次のまん丸お月さ

 ままでに助けてくれたあの娘さんにちゃー

 んと恩返しができたら、そのままずーっと

 人間でいられるようにしておいたぞ。大サ

 ―ビスじゃ」

シロ「 ええ!? ずーっとなの!?」

猫神「ちゃんと恩返しができたらな」

シロ「やったー! やったー!」

   と、大喜びのシロ。

猫神「あのな、喜んでるとこ悪いがな、猫ほ

 ど恩返しに向いとらん生き物はおらんぞ。

 悪いことは言わん。次の満月まで引っ越す

 か、新しい飼い主を見つけるとかしとてお

 いた方がよいぞ」

  シロ、喜びに耽り話しを聞いていない。

猫神「まっいっか」

  と、もとの猫神像に戻りながら、

猫神「よいな、次の満丸お月さままでじゃ

 ぞ」

  完全に元の猫神像に戻る。


○「ハイツ小杉」102号室・寝室(夜)

  なかなか眠れない真弓。

  窓を叩く音が聞こえてくる。

  真弓、窓を叩く音に驚き、怯える。


○同・居間(夜)

  真弓、左手にスマホと右手にフライパ

  ンを握り締め、恐る恐る窓に近づく。

  カーテンの隙間から覗くことを躊躇し

  ていると今度は男の子の声が聴こえる。

男の子の声「お姉ちゃん、開けて。開けてよ」

  子供の声に驚く真弓。窓に近づき、恐

  々とカーテンを開けると、窓の外にシ

  ロが立っている。

  真弓、驚き、窓を開ける。

真弓「ちょっと僕、どうしたの? こんな夜

 中に。迷子にでも」

  話しの途中で、真弓に抱きつくシロ。

シロ「お姉ちゃん! 僕だよ! シロだよ!」

真弓「(困惑する)し、四郎?」

シロ「そうだよ。シロだよ」

真弓「四郎って、どこの四郎君?」

シロ「お姉ちゃんに助けてもらったシロだよ」

  真弓、シロを引き離し、

真弓「ゴメンね。お姉ちゃん君を助けた覚え

 がないんだけど・・・」

シロ「(ちょっとイライラ) 公園で僕を拾っ

 てくれたでしょ」

真弓「拾ったって、そんな人攫いみたいに」

シロ「(悲しげに)もう忘れちゃったの?」

真弓「て言われても・・・」

シロ「僕を猫の神様のところに連れてったで

 しょ。僕、猫の神様に人間にしてもらった

 んだよ。次のまん丸お月さままで」

真弓「猫の神様???・・・」

  真弓、何か引っかかる。

 (フラッシュ)猫神神社での別れ。

真弓「あっ!!」

  改めてマジマジとシロを見る真弓。

  真弓、頭が混乱し動揺する。

シロ「でね、次のまん丸お月さままでに、お

 姉ちゃんにちゃーんと恩返しができたら、

 ご褒美でずーっと人間でいいんだって」

真弓「と、とにかく中に入って」

  真弓、シロを中に入れ、窓とカーテン

  を閉める。

  シロ、真弓に体を擦り付けながら喉を

  ゴロゴロ鳴らし、

シロ「ねえ、僕、人間になったから、僕を飼

 ってもいいでしょ?」

真弓「 そ、そんな話し信じると思う?」

  シロ、すごく眠そうに、

シロ「なんだか眠たいよ・・・でもお願いだ

 から、お布団の中でオナラしないでね。

 この前は臭くてお布団から出ちゃった

 よ・・」

真弓「(赤面して) 信じた。あなたはシロね」


○同・寝室(夜)

  同じ布団で寝ている真弓とシロ。

  シロは熟睡中。そんな天使のような寝

  顔を微笑ましく見つめる真弓。

真弓「こんな話し、誰も信じないよね・・・」


○猫神社・神殿屋根の上(深夜)

  静寂に包まれた猫神社。

  猫神が気持ち良さそうに寝ている。

  夜空には満月。


○「ハイツ小杉」102号室・寝室(朝)

  猫のように丸くなって寝ているシロ。

  その横、寝相悪く寝ている真弓。

  玄関のチャイムが鳴る音。

  真弓、チャイム2回目で目覚め、3回

  目で嫌々起きる。


○同・玄関(朝)

  眠さを堪えて真弓が来る。

真弓「(不機嫌に) どちら様ですか?」

小杉の声「(真弓より不機嫌)大家の小杉だ

 けど!」

  真弓、『はっ』と一気に眠気が覚める。

真弓「は、はい、少々お待ちください」

  と、慌てて着替えに戻る。


○同・玄関前(朝)

  大家の小杉がイライラしながら待って

  いる。待ち切れずチャイムを連打。


○同・寝室(朝)

  着替え中の真弓、チャイムの連打に

  『げんなり』といった表情。


○同・玄関前(朝)

  大家の小杉がまたチャイムを鳴らそう

  とした時、ドアが開く。

真弓「すみません! お待たせしました!」

小杉「(ムッとして) わたし、今朝来るって

 言ったよね。忘れてた?」

真弓「忘れて・・・いませんでしたけど、こ

 んな早い時間に来るとは思いませんでした

 ので・・・」 

小杉「早い? 7時が早いのか?」

真弓「・・・いえ」


○同・居間(朝)

  真弓と小杉がやって来る。

  小杉、猫がいないことを念入りに確認

  し、寝室を顎で示す。

  真弓、仕方なくドアを開ける。


○同・寝室(朝)

  小杉、入り口から寝室を覗き込む。

  ベッドの上のシロ、あくびをしながら

  猫がよくする背伸び。

  小杉、真弓の顔を見て、

小杉「・・・」

  バツの悪そうな真弓。

  小杉、再び視線をシロに向けると、シ

  ロが足で頭の毛を掻いている。

  小杉、真弓の顔を見て、

小杉「・・・」

  まるで猫みたいなシロの様子にバツの

  悪い真弓。

真弓「あっ、あの、あの子は姉の子供なんで

 す。ちょっと訳があって1カ月程預かるこ

 とになったんです」

小杉、再びシロに視線を向ける。

  シロ、手の甲を舐めて濡らし、その甲

  で顔を洗う。まるで猫。

小杉「・・・猫はいないが・・・猫みたいな

 子供がおる・・・」


○同・玄関前(朝)

  玄関のドアが開き小杉が出てくる。

  恐縮しながら小杉を見送る真弓。

  小杉、去り際に真弓に向き直り、

小杉「大丈夫か? あの子?」

  そら笑いの真弓。


○同・寝室(朝)

  シロ、猫のような動作で布団に潜った

  り出たりして遊んでいる。そこへ真弓

  が戻ってくる。

  真弓、シロの様子を見て苦笑い。


○同・台所(朝)

  朝食の準備の真弓、猫の缶詰めを手に、

真弓「流石にこれはないか」

   

○ 同・居間(朝)

  テーブルの上に二人分の朝食。ハムエ

  ッグとご飯。

真弓「いただきまーす」

  真弓、箸を取り、シロに食べさせよう

  とする。

真弓「シロも食べて」

  と、シロの口元へエッグを乗せたご飯

  を近づけるが、匂いを嗅ぎ、嫌な顔を

  して食べようとしない。

  シロ、皿の上のハムを獣食い。

  苦笑する真弓。


○ 同・玄関(朝)

  真弓、靴を履きながら、

真弓「じゃあ、さっき言ったとおり、お腹が

 空いたらテーブルの上の食べ物食べてね」

  真剣な顔のシロ、四足で台所をあっち

  こっち走り回る。時々床の匂いを嗅ぐ。

  真弓、不思議そうな顔で、

真弓「何やってるの?」

シロ「オシッコ」

真弓「(驚き )うそ!?」


○ 同・トイレ(朝)

真弓「(あたふた )えーと、えーと、

 えーと、立ってするのかな? 男の

 人って」

シロ「出ちゃうよ~~」

真弓「ええ? じゃ、じゃあ座って、ここに」

  と、ズボンとパンツを脱がし便器に座

  らせる。

真弓「いいわよ。やってちょーだい!」

  シロの座り方が悪く、オチンチンの角

  度が上向きだったため、前かがみの真

  弓の顔にシロのオシッコがかかる。


○ 同・居間(朝)

  真弓、着替え途中で髪も濡れた状態で

  上司の松波と電話中。

真弓「はい、本当に具合が悪いんです。今も

 吐きそうで。なので、午前中病院へ行って

 から出社させていただけないでしょうか?

 はい、はい、本当に申し訳ございません。

 健康管理が不十分でした」

   

○ 同・トイレ(朝)

真弓「トイレは盲点だったわね」

  シロを便座に座らせ。 

真弓「いい、オシッコする時はオチンチンを

 こうやって下に向けてね! こうよ!」

  と、自分の指をオチンチンに見立てて

  説明。

真弓「いい、わかった。角度が大事よ角度が」

  頷くシロ。

真弓「そして、終わったらこのトイレットペ

 ーパーでオチンチンを拭いて、ここに捨て

 るの。そして、最後にこのレバーを引いて

 ね」

  と、レバーを引いて水を流す。

真弓「いい? 分かった?」

  シロ、トイレットペーパーに興味津々。


○下北ケーブルテレビ 前の路上

  長閑な昼休みのサラリーマン・OL達。


○下北ケーブルテレビ・休憩室

  真弓、美奈と和美(25)と食事中。

  真弓、テーブルに倒れ込む。

真弓「あーーー疲れた!」

美奈「それは大変でしたね。甥っ子にオシッ

 コを掛けられるなんて」

和美「でも、男の人ってオシッコした後いち

 いち拭かないわよ」

真弓「ええ! 嘘!? そうなの?」

和美「プルップルって振っておしまいよ。プ

 ルプルって」

美奈「ええ!? やだー! 汚い~!」

真弓「って言うか、和美詳しいね」

和美「あたしん家って、お兄ちゃんと弟がい

 るから」

真弓「(泣く真似)ううう、頼りにしてるよ」


○「ハイツ小杉」102号室・トイレ

  トイレットペーパーに手を掛けるシロ。

  カラカラっと紙を引っ張る。

  悪戯っぽい笑みを浮かべるシロ。

  そして、紙を引っ張り続ける。

  面白くて止められない。


○ 同・トイレ前

  トイレットペーパーの塊がトイレット

  ペーパーを引きずり飛び出す。シロだ。


○ 同・居間

  部屋中を四足で走り回るシロ。

  倒れたゴミ箱に頭を突っ込み遊ぶシロ。

  近くの本棚の上に狙いを定めジャンプ

  するシロ。失敗し、本棚が倒れる。

  本や棚の物が辺りに散乱する。

  シロ、カーテンを使って上まで登ろう

  とするが、重みでカーテンが外れる。


○スーパー・店内(夜)

  買い物中の真弓。食料品の他にシロの

  生活雑貨を品定め。

  ちょっと楽しそうな真弓。


○「ハイツ小杉」102号室・玄関前(夜)

  買い物袋を両手一杯持った真弓が玄関

  のカギを開けドアを開ける。

真弓「(機嫌よく)ただいまー!」

   

○ 同・玄関内(夜)

  ドアを開けた真弓の顔が強張り、手に

  持った買い物袋を放してしまう。

  まるで台風が通ったかのように家の中

  が散らかっている。

  茫然と立ち尽くす真弓。

真弓「何が・・・あったの・・・」

シロの声「お姉ちゃーーーーん!」

  茫然と立ち尽くす真弓に、シロが勢い

  よく抱きつく。

真弓「うっ!」

  真弓、シロの頭がみぞおち付近に当り

  その場に崩れる。


○ 同・台所(夜)

  散らかった台所。


○ 同・トイレ(夜)

  床に散乱したトイレットペーパー。


○ 同・寝室(夜)

  真弓の服がそこいら中に散乱している。


○ 同・居間(夜)

  倒れた本棚。散乱する本や小物。外れ

  たカーテン。床に散らかした食事等々、

  ひどく取り散らかっている。

  項垂れ落ち込む真弓。

  そんな真弓を余所に、しつこく纏わり

  つくシロ。

  真弓、ゆらりと立ち上がり、シロを上

  から睨む。


○ 同・外観(夜)

真弓の声「何やってんのーーーー!」

  前の道路まで聞こえる大声。

  道行く人が、声のする方を見る。


○ 同・102号室 居間(夜)

真弓「ちょっと何なのこれ!?」

  シロ、怒られて肩をすくめる。

真弓「何をどうすればこうなるの!?」

  シロ、後退り。

真弓「シロ! あなた恩返しに来たんじゃな

 いの!? 恩を貯めてどうするのー!!」

  怯えて、今にも泣きそうなシロ。

  真弓、少し冷静さを取り戻し、

真弓「怒ってゴメンね。基本ネコだもんね。

 分別つかなくて当然よね」

  真弓、『おいでおいで』をしながら、

真弓「人間の常識覚えていこうね」

  と、シロを抱きしめ、頭をなでる。


○下北ケーブルテレビ・コールセンター

  眠そうな顔の真弓。

真弓「わたくし、石川がおうけたまらら(噛

 んだので言い直す)御承りました。ありが

 とうございました」

  隣りの美奈が笑いを堪える。

美奈「(小声で) 先輩、今日噛み噛みですね」

真弓「もー、寝不足なの。2時間しか寝てな

 くて・・・」

  真弓、腕時計を見て

真弓「今日は大丈夫よね・・・(不安)」


○「ハイツ小杉」102号室・居間

  シロ、ぬいぐるみ相手に四足で激しく

  バトル中。

  絨毯がズレ、絨毯に引っ張られ DVD

  ラックが倒れ、DVDが散乱する。

  『はっ』とするシロ。

真弓の声「シロ! あなた恩返しに来たんじ

 ゃないのーーー!?」

  シロ、DVDラックを元に戻し、 DVD

  をラックに入れながら、

シロ「恩返し・・・ってどうするのかな?」

  手が止まり、考え込む。

  考え込むシロの視界、窓の外を悠然と

  歩く野良猫ドン(10オス)の姿。

  威風堂々の風格。隻眼で傷も多数。

  シロ、窓に駆け寄り窓を叩く。

  ドン、気付くが無視。

シロ「あのー、すみませーん!」

  呼び止められ、驚きの表情でシロを見

  るドン。のっそと窓に近づき、

ドン「お前、猫の言葉が喋れるのか?」

シロ「うん! 喋れるよ。だって猫だもん」

ドン「猫? 人間じゃないか」

シロ「違うよ。僕、神様に人間にしてもらっ

 たんだよ。マン丸お月さままで」

ドン「なんだそれ?」

     ×   ×   ×

  窓を挟んで会話中のシロとドン。

ドン「だいたいの事情は分かった」

シロ「ねえ、おじさん」

ドン「おじさん? ドンでいいよドンで」

シロ「じゃあドン。恩返しってどうするの?」

ドン「恩返し? ツルの世界じゃハタを織る

 って話しがあったが・・・」

  考え込むドン。

ドン「まあ、家事手伝いってとこかな」

シロ「かじ? てつだい?」

ドン「メシを作ったり、掃除をしたり、洗濯

 をしたりすることだ」

シロ「ドンって凄いね、何でも知ってるんだ」

ドン「(照れながら)へへへ、まあな、

 これでも5歳まで人間に飼われてたんだ。

 俺の栄光の日々だ。だから人間のことは

 詳しいぞ」

シロ「(尊敬の念)へえー」

ドン「(得意げに)まっ、困ったことがあ

 れば何でも相談しな。力になってやる」

シロ「(熱い眼差し)ねえ、お手伝い教えて」

ドン「(少し戸惑い)え? 俺が?」

  大きく頷くシロ。

ドン「(少し困って)えーと、今日は忙しい

 から、また今度な」

シロ「さっき力になるって言ったじゃない」

ドン「うっ・・・(痛いところを付かれ)。

 分かったよ、分かったから俺を中に入れろ」

シロ「え? どうやって中に入るの?」

ドン「ん? ほれ、お前さんの手の横にある

 やつ。それをカチャと回すんだよ」

シロ「え? これのこと?」

  と、サッシの鍵を指さす。頷くドン。

  ぎこちなくカギを回し窓を開けるシロ。

  窓が開くにつれ喜びの表情を増すドン。

  なかなか室内に入らないドンに、

シロ「・・・入らないの?」

ドン「は、入ってもいいんだな」

シロ「(頷いて)いいよ」

  ドン、恐る恐る片足を踏み入れる。

  俯き、目を閉じ、感動の涙を流すドン。

ドン「くぅー、人ん家入るの何年振りだ…」

シロ「・・・入らないの?」

ドン「入らいでか! よーし、入るぞ!」

  軽い身のこなしで入室するドン。

  感動が全身に込み上げる。

ドン「いヤッホーーーーーー!!」

  と、ハイテンションで走り回る。

  シロも釣られてハイテンションで後を

  追う。楽しく笑いながら豪快に追いか

  けっこを楽しむシロとドン。

     ×   ×   ×

  豪快な追っかけっこで派手に散らかっ

  た部屋内。罰悪そうに見つめるドンと

  困り顔のシロ。

ドン「ま、まあ、なんだ、どうせ掃除しよう

 と思ってたから気にすることはねえさ」

シロ「(安堵して)ほんと? 綺麗になるの?」

ドン「あ、ああ、俺に任せとけ」

シロ「やったー!」

ドン「じゃあ、そーだな・・・」

  と、辺りを見渡し、

ドン「そのソージキを持ってこいや」

  と、掃除機を首の動きで示す。

シロ「これ?」

  と、部屋の隅にあったコードレスの掃

  除機を手に取る。

  頷くドン。

シロ「持ってきたよ」

  掃除機を手に取りドンの前に立つ。

ドン「よし、じゃあ手始めにそのゴミ吸って

 みな」

  シロ、掃除機をゴミの上に置くが電源

  が入っていないため反応しない。

ドン・シロ「・・・」

  シロ、反応がないため困った顔でドン

  を見つめる。

ドン・シロ「・・・」

  余裕がなくなるドン。

シロ「ねえ?」

ドン「(ゴマ化すように大声で)

 あれー!? おっかしーなー? 

 ソージキのやろう調子悪いんじゃ

 ねんか? あっ!そうだ! 

 調子悪い時は叩くといいらしいぜ」

シロ「叩く?」

ドン「おう!」

シロ「こう?」

  掃除機を弱弱しく叩くシロ。

ドン「ダメだダメだ。そんなんじゃ。

 もっと、こう、強くバンバンいかねきゃ。

 バンバン」

シロ「こう?」

  と、強めに叩く。

ドン「そうそう!その調子でバンバンと、?」

  叩き続けるシロ。そのうち叩く場所が

  悪く、掃除機のダストボックス取出し

  ボタンを押してしまい、吸い取ったゴ

  ミを辺りにぶちまける。

  泣きそうになるシロ。

ドン「(慌てて)ま、まてまて! お前は悪

 くない! 悪いのは・・・、そうだ、悪い

 のはソージキだ! こいつが真面目に動か

 ないのが悪いんだ! お前は悪くないぞ」

  今にも泣きだしそうなシロ。ドンの慰

  めで持ちこたえる。

シロ「ほんとに? 僕悪くない?」

ドン「ああ、ほんとだとも。お前はちーっと

 も悪くない。悪いのはみーんなこいつさ」

  と、掃除機に猫パンチ。

ドン「いいか。お前は全然悪くないからな」

  と言い残し、その場から逃げるように

  立ち去る。

   

○中井戸商店街・書店 店内(夜)

  真弓、書店の育児本コーナーで、右手

  に持った育児本か、左手に持った猫の

  飼育本か、どちらを購入するか悩む。


○「ハイツ小杉」102号室・玄関前(夜)

  真弓、恐る恐る玄関のドアを開ける。


○ 同・玄関(夜)

真弓「ただいまー」

  ドアを開けると、シロが一目散に

  やって来る。

シロ「おねえちゃーん!」

  真弓に抱き着くシロ。

真弓「お利口さんにしてたかな?」

  室内を見回すと、昨夜並みに散ら

  かっている。真弓の顔から笑みが消え、

  力尽きその場に崩れる。  


○ 同・前 路上(夜)

  ハイツ小杉の外観に真弓の怒鳴り声。

真弓の声「何やってんの!!!」


○ 同・玄関内(夜)

真弓「昨日あんなに注意したのに! なんで

 こんなに散らかしてるの!」

  真弓の剣幕に恐々のシロ。

真弓「仕事で嫌なことあって! 疲れて帰っ

 てきて! 家でもこんなんじゃあ体が持た

 ないわよ! あなた私を殺す気!? もう

 いい加減にしてよ!!!」

      ×  ×  ×

小杉「もういい加減にしなさいよ!」

  玄関で小杉に叱られ神妙な顔の真弓。

小杉「昨日も今日も大声出して! 近所迷惑

 なんだよ! 出て行ってもらうよ!」

真弓「大変申し訳ございませんでした・・・」

  と、何度も頭を下げる。


○ 同・居間 (夜)

  凄まじく散らかった居間で、食事中の

  真弓とシロ。

  テーブルの周りだけ食事がとれるスペ

  ースが確保されている。

  シロ、不機嫌な真弓に恐る恐る、

シロ「おねえちゃん?」

  無視する真弓。

  真弓に無視され、肩を落とすシロ。


○ 同・前路上(深夜)

  ハイツ小杉の真弓の部屋だけに明かり

  がついている。


○ 同・寝室(深夜)

  部屋の目覚まし時計が3時5分を指す。

  疲労困憊で掃除中の真弓。

  ベッドで睡眠中のシロが『おねえちゃ

  ん』と魘されながら寝返りをうつ。

  真弓に怒られている夢を見ているよう。

  苦笑し掃除を続ける真弓。


○下北ケーブルテレビ・コールセンター

  真弓、昨日に輪をかけ眠そう。

真弓「後ほど、こちらからあららら(噛んだ

 ので言い直す)失礼しました。改めてお電

 話いたします。ありがとうございました」

  美奈、気の毒すぎて笑えない。

美奈「(小声で) 先輩、大丈夫ですか? 顔

 に死相が出てますよ」

真弓「昨日も寝てなくて・・・もう限界・・

 ・死ぬわ・・・」


○「ハイツ小杉」102号室・居間

  部屋中に【さわるな!】【あけるな】

  のイラスト入り貼り紙が張られている。

  シロ、窓際で退屈そうに、猫のような

  姿勢(香箱座り)で日向ぼっこ。

  シロ、何かの気配を感じ顔が強張る。

  逃げ惑う野良猫Aがシロの視界に入る。

  次いで現れたドン、凄く怖い顔で野良

  猫Aを威嚇し追い込む。


○ 同・前の路上

  垣根で見えないが、ドンと野良猫Aの

  喧嘩の鳴き声(猫の)に通行人が視線

  を向ける。


○「ハイツ小杉」102号室・居間

  シロ、喧嘩の様子を恐々と見守る。

ドン「おんどりゃ! また俺様のシマうろつ

 きやがって! 死にてえのかコラ!」

野良猫A「ゴメンよ! すまねえ! あ、あ

 そこがドンさんのシマだって知らなかった

 んだよ! 本当だよ! 信じてくれよ!」

ドン「二度目はねえからな! 次は金玉喰い

 ちぎるぞ! 覚悟しとけ!」

野良猫A「ひー、それだけは勘弁してくれ!」

  と、尻尾を巻いて逃げていく。

  唖然と見つめるシロ。

  ドン、シロに気付き、シロの前までや

  ってきて、

ドン「ハハハ、すまねえな、変なとこみせち

 ゃってさ」

  元気なく首を振るシロ。

ドン「ん? どうした?」

      ×   ×   ×

ドン「(バツ悪く)そ、そうか、それで落ち

 込んでるのか」

  ドン、元気のないシロに、

ドン「よし、気分転換に外連れてってやる!」

シロ「えっ!? ほんと!」

ドン「おうよ」


○民家の庭

  ドンを先頭に、ブロック堀の上を歩く

  ドンとシロ。

  シロ、真弓のサンダルが大きすぎて歩

  きにくそう。ブロック堀がきれる所で、

  民家の庭に着地をして再び歩き出す。

  ソファーから庭を眺めていた家主が、

  シロ達を見て驚く。

シロ「ほんと、ドンってなんでも知ってるん

 だね」

ドン「へへへ、まあな。それから、ここら辺

 は俺の縄張りだからな、遠慮せずに歩き回

 っていいぜ」

  驚いた家主が窓を開けるが、ドンとシ

  ロは身軽な身のこなしで柵を乗り越え

  隣家へ。唖然とする家主。


○中井戸商店街

  商店街を歩くドンとシロ。シロ、商店

  街の賑わいに目を輝かせている。


○同・花屋前の路上

  花屋の前で、店主(男50)から声を掛

  けられるドン。

  花屋店主「ようトラ、元気か?」

  ドン、ゴロンと寝転がり、へそ天姿勢

  で子猫のように可愛く甘える。

  が、花屋店主に構ってもらえない。

ドン「・・・」

シロ「・・・」

  甘えのポーズで、バツ悪そうなドン。

  ドン、気を取り直して歩き出す。


○同・呉服店前の路上

  服屋の前で、店主(男65)から声を掛

  けられるドン。

服屋店主「ようプー助、今日も精が出るな」

  ドン、ゴロンと寝転がり、へそ天姿勢

  で子猫のように可愛く甘える。

  が、服屋店主に構ってもらえない。

ドン「・・・」

  甘えのポーズで、バツ悪そうなドン。

シロ「ねえ、さっきから何してるの?」

ドン「(顔を赤らめ)い、いや、ちょっと背

 中が痒くて」

  ドン、気を取り直して歩き出す。


○同・路上

シロ「ねえねえ、なんでドンのことドンって

 呼ばないの? プー助だって」

ドン「嬉しいじゃねえか、名前があるって。

 野良猫は名前がない可哀想な連中ばっかだ

 ぜ。一つくらい分けてやりたいくれえだ」

  ドン、魚屋の近くで足を止め、

ドン「ここに俺のこと『ドン』って名づけて

 くれた大好きな人間がいるんだ」


○同・魚屋「魚源」 店内

  人の良さそうな印象の草食系美男子、

  山崎新(シン25)が魚を売っている。

  主婦に大人気の新。群がる主婦達で店

  も賑わう。

主婦A「ねえねえ新ちゃん、このホッケまけ

 て。三匹買ってあげるから三百円まけて」

新「(困って) いや、それはもともと安いの

 で、それ以上は・・・」

主婦A「じゃあ二百円でいいわ。二百円引き

 ならいいでしょ! よし決まりね!」

  新、押しに弱いところも人気の秘密。

新「は、はい・・・」

  と、ホッケを包みだす。

主婦B「あたしは、このアジをいただくわ。

 いくらまけてくれる?」

新「え? えー?」

  と、主婦達の波状攻撃に困り顔の新。

  そこへ、店主の山崎源太(55) が店の

  奥から姿を現す。

  源太が姿を現すや、新目当ての主婦た

  ちは一斉に立ち去る。主婦Aも、ホッ

  ケを受け取ると愛想笑いでそそくさと

  立ち去る。

源太「(険しい顔で)今の幾らまけた?」

新「・・・三匹で二百円・・・かな?」

源太「(呆れ顔で) お前って奴は、いつもい

 つも採算度外視で値引きやがって、お前は

 この店を潰す気か!」

   反省顔の新。

源太「はぁー、三代続いたこの店も、俺の代

 でおしめえか・・・」


○同・店の裏口

  新、裏口の段差に腰掛け、空を見上げ

  て溜息ひとつ。

  そこへドンとシロがやってくる。

  新、ドンに気付き、

新「(笑顔で)やあドン、元気かい?」

  ドン、ゴロゴロと喉を鳴らしながら新

  にすり寄る。新、ドンの首回りやお腹

  を撫でてやる。大喜びのドン。

  シロ、見た目が怖いドンが、子猫のよ

  うに愛らしく甘える様子が可笑しい。

新「こんにちは。君はドンのお友達かい?」

   頷くシロ。

新「そっか、よろしくね。君も猫が好きなの

 かい?」

シロ「うん、好きだよ。僕もネコだし」

新「え?」

   新、子供の冗談と受け止め、

新「そっか、君は猫だったのか。じゃあ魚は

 好きだね」

   頷くシロ。

新「じゃあ、ちょっと待ってて」

  とドンに生魚を二匹与えてから店内へ。

  ドン、貪り食い始める。

      ×   ×   ×

  新、裏口から魚の入った袋を手に戻る。

新「これ、おうちの人に渡して・・・」

  と、言いかけて唖然。

  シロ、ドンと一緒に魚を生で獣食い中。

新「ハハハ・・・よっぽど好きなんだね」


○「ハイツ小杉」102号室・玄関前(夜)

  玄関前の真弓、小さく神頼み。

  意を決し、ドアを開ける。

  見える範囲で室内は散らかっていない。

  少し安堵する真弓。


○同・玄関(夜)

真弓「ただいまー」

  の声にシロが一目散にやってくる。

シロ「おねえちゃーん!」

  靴を脱ごうとする真弓に抱きつくシロ。

真弓「今日はお利口さんにしてたかな?」

  と、鋭い眼光で辺りを確認しながら台

  所を通り居間へ。


○同・居間(夜)

  真弓、居間の入口に立ち、驚きの表情

  でテーブルを見つめる。

  テーブルの上には、シロが商店街の店

  から貰ってきた品々(魚・ジュース・

  お菓子・玩具)。

真弓「な、何これ? どーしたの一体?」

シロ「貰ったんだよ」

  シロ、そんなことよりお腹空いたよ、

  といった感じで纏わりつく。

真弓「貰ったって、誰に?」

シロ「えーと・・・お店の人だよ」

真弓「お店の人って? シロ! あなたまさ

 か外出たの!?」

  怒られることを警戒しながら頷くシロ。

真弓「嘘!? どうやって出たの???」

     ×   ×   ×

  シロ、テーブルの前に神妙な面持ちで

  座っている。真弓、窓の鍵を閉め、

真弓「ふーん、それで、そのドンとか言う猫

 と商店街をウロついていたら、こんなに沢

 山貰っちゃったって訳だ」

  シロ、戦利品を前に自慢げに頷く。

真弓「(溜息一つ)まさか、猫と話しが出来

 て、猫の手引きで外に出るなんて考えもし

 なかったわ。外出たらダメだって注意しな

 かった私も悪いけど・・・」

   真弓、真顔で向き直り、

真弓「いい、シロ。一人で勝手にお外出たら

 ダメなの」

シロ「え?一人じゃないよ。ドンと一緒だよ」

真弓「(笑顔)ああそうだったわね。ドンと

 一緒だったわね。それなら安心ね(笑)」

   笑顔で頷くシロ。

真弓「(怒る)って、安心な訳ないでしょ!」

真弓「(真顔で)いいシロ、外は危険なの。

 交通ルールだってまだ教えてないんだか

 ら。車とか自転車とか、ぶつかったら

 大怪我したり死んじゃったりするの。

 だから外は危ないの」

シロ「知ってるよ。車は赤で止まるんだよ。

 道路は端っこを歩くんだよ。でも、道路は

 危ないから、車が通らないお庭とか歩くの

 がいいんだよ」

真弓「驚いた。最後の部分はどうかと思うけ

 ど、それって誰から教えてもらったの?」

シロ「ドンだよ。ドンは何でも知ってるんだ」

真弓「猫の保護者が同伴って訳ね。でもね、

 猫の常識は人間の非常識だったりするか

 ら、私と一緒じゃないとお外に出たらダメ

 よ。いい? わかった?」

シロ「うん、わかったよ」

真弓「よし、じゃあご飯にしようか?」

  シロ、台所へ移動する真弓の後を追い

  かけながら、

シロ「わーい! ご飯だご飯だ! 僕、お手

 伝いするね」

真弓「(振り返りもせず)いい」

   と、冷たく拒否。

シロ「えー! 恩を返したいのに!」


○下北ケーブルテレビ 前の路上

  長閑な昼休みのサラリーマン・OL達。


○同・休憩室

   食事中の真弓と美奈。

美奈「じゃあ、昨日は久しぶりにゆっくりと

 眠れたんですね」

真弓「本当、昨日はグッスリよ。でも、子育

 てって大変よね。世のお母さん達を尊敬す

 るわ。まあ、私の場合はちょっと特殊だけ

 どね」

美奈「・・・ほんと、特殊ですね・・・」

  美奈、唖然とTVのニュースに釘付け

  となる。

  その様子につられてテレビを観る真弓、

  驚愕のあまり口に含んだ牛乳を激しく

  吹き出す。

  昼のニュースで『大木を、かなり上ま

  で登った小さな男の子が降りられなく

  なり、消防隊員がハシゴ車で救助中』

  というニュースが流れている。

  度々UPで映し出される子供はシロ。

美奈「先輩・・・あの子って・・・」

   言いかける美奈を制する真弓。

   険しい表情の真弓。

昨夜のシロの声「恩を返したいのにー!」

   真弓、脱力し、泣き笑い。

真弓「また、豪快にやってくれるわね・・・」


○猫神社・入口

  入口から続く上り階段からシロの声が

  聞こえてくる。

シロの声「(泣きながら)ごめんなさい。

 おねちゃんごめんなさい! ごめんなさ

 い!」


○同・階段

  階段途中で、階段を上がらないよう必

  死に抵抗するシロ。シロの手を引っ張

  り上げようとする真弓。

  シロ、大声で泣きながら、

シロ「ごめんなさい。ごめんなさい。いい子

 にするから! お願い許して!」

真弓「もう我慢できないの! 猫の神様とや

 らにお願いして猫に戻してもらうから!」

シロ「やだよ! 猫になったらおねえちゃん

 と一緒にいられなくなっちゃうよー」

真弓「シロはもともと猫なんだから、本来の

 姿に戻りなさい!」

シロ「イヤだ! 人間がいいよ! おねえち

 ゃんと一緒にいたいから、人間がいいよ!」

真弓「聞き分けのないこと言わないで、さっ

 さと歩いて!」

シロ「ごめんなさい! ごめんなさい! も

 う悪いことしないから、お願いだから猫に

 しないで!」

  真弓、泣きながら懸命に訴える姿に、

真弓「じゃあ今日は許してあげるけど、今度

 私をとてもとても困らせるようなことした

 ら、その時は猫に戻してもらうからね。

 いい? 分かった?」

  シロ、泣きじゃくった顔で頷き、真弓

  の胸に飛び込み泣き続ける。

  『仕方ないな』という表情で溜息を付

  き、シロをしっかりと抱きしめる真弓。


○「ハイツ小杉」102号室・居間

  窓際のシロ、香箱座りで日向ぼっこ。

  退屈そうに大きなアクビをひとつ。

  眠い目で外を眺めているとドンが視界

  に入ってくる。

ドン「よっ! 元気か?」

  シロ、一瞬喜ぶが、すぐ曇った顔にな

  り、溜息ひとつ。

ドン「どうしたんだよ。元気無いじゃないか」

シロ「(元気無く)・・・あのね」

      ×   ×   ×

ドン「そっか、そんなことがあったのか。そ

 れじゃあ家で大人しくしてなくちゃあな。

 よし! 俺が面白い話しを聞かせてやるよ」

シロ「(少し元気になり)え? ほんと! 

 僕ドンのお話し面白くて大好きだよ」

  ドン、褒められて機嫌よく張り切る。

ドン「よーし! 今日はとっておきの話しを

 聞かせてやるぞ! ①番! 金玉なくした

 猫の話し。②番! 空を飛んだ猫の話し。

 ③番! ネズミに食べられちゃった猫の話

 し。さーあ、どれにする?」

シロ「うーん、迷うな・・・③番のネズミに

 食べられちゃったネコの話しも気になるけ

 ど・・・。②番の空を飛んだ猫の話し!」

ドン「よし! 空を飛んだ猫の話しだな」

  ドン、シロのために熱弁を振う。

  シロ、ドンの話しに目を輝かせ、熱心

  に聞き入る。

   

○同・玄関(夜)

真弓「ただいまー」

  ドアを開け、疲れた真弓が帰宅。

シロ「おかえりーー!」

  奥からシロが猛ダッシュでやって

  くる。

  真弓、嫌な予感がして身構える。

  シロ、突進してきたスピードそのまま

  に、勢いよく真弓に抱きつく。

  真弓、『うぐっ』と、シロを受け止め、

  痛みを耐えながら、

真弓「 今日こそお利口さんにしてたかな?」


○同・居間(夜)

  真弓、シロにしつこく纏わりつかれ、

  振り払っては抱きつかれの繰り返し。

  真弓、鋭い眼光で居間と寝室の無事を

  確認し安堵する。

  真弓、ソファーに座り、体を伸ばし、

真弓「ハァー! 何もないっていいねー!」

   落ち込むシロ。

真弓「あっ、ゴメンね。別にシロを責めてい

 る訳じゃないよ。猫のあなたが人間になっ

 たのも私のせいでもあるしね」

   真弓、シロを抱き寄せ、

真弓「元気注入―!」

   と、力一杯抱きつく。

   笑顔で苦しむシロ。

シロ「苦しい! 苦しいよお姉ちゃん!」

真弓「どうだ! さっきの仕返しだぞ」

   笑い転げる二人。


○同・浴室前(夜)

  素っ裸のシロが浴室から逃げ出す。

  裸で後を追う真弓。


○同・浴室(夜)

  湯船の中の二人。

  真弓、必死に逃げようと暴れるシロを

  後ろから押さえ込みながら、

真弓「なんで猫ってこうも水が嫌いなの!」


○同・浴室前(夜)

真弓の声「痛い痛い!こら!爪を立てるな!」


○同・玄関前(朝)

真弓「行ってきまーす!」

  真弓が元気よくドアを開けて出てくる。

  シロ、笑顔で手を振り見送る。


○同・台所(朝)

   (挿入歌IN)

  冷蔵庫に張られたカレンダー7月2日

  に真弓の字で『満月』『シロ人間になれ

  るか』と、シロの字で『かみさまおね

  がい』と猫神の似顔絵付きの書き込み。


○同・居間(朝)

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  窓際で暇そうに外を眺めているシロ。

  ドンがやって来る。笑顔になるシロ。


○空き地

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  ドン、放置された廃車の上で気持ち良

  さそうに昼寝中。シロ、その隣で同じ

  ような姿勢で気持ち良さそうに昼寝中。


○「ハイツ小杉」102号室・台所(夜)

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  シロ、台に乗り晩御飯の洗い物を手伝

  っている。

  シロ、水が苦手で、なかなか水に触れ

  られない。その様子が可笑しい真弓。


○中井戸商店街・酒屋 店内

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  シロ、酒屋のお婆ちゃんに頭を撫でら

  れ、お菓子を貰う。

  続けてドンも頭やお腹を撫でられ煮干

  しを貰う。


○「ハイツ小杉」102号室・居間(夜)

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  掃除機で部屋を掃除中の真弓。

  シロ、掃除機の音が嫌で掃除機から逃

  げ回る。その様子が可笑しい真弓。


○中井戸商店街・和菓子屋 店先

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  シロ、和菓子屋の女店主に頭を撫でら

  れ団子を貰う。

  続けてドンも頭を撫でられるが餌はな

  し。不満なドン。


○「ハイツ小杉」102号室・寝室(夜)

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  襖に爪を研いだ跡が多数。

  襖についた無残な爪痕を指さし、シロ

  を叱り付ける真弓。反省顔のシロ。


○中井戸商店街・魚源 裏口

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  裏口で談笑するシロと新。

  ドンも新に体を撫でられ気持ち良さそ

  う。楽しそうな二人と一匹。


○「ハイツ小杉」102号室・居間(夜)

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  シロ、真弓に教えてもらいながら一緒

  に洗濯物を畳む。

  上手くいかずグチャグチャ。

  シロ、真弓が畳んだフワフワのバスタ

  オルを無意識に両手で交互に踏み踏み。

  シロの行動を不思議そうに見る真弓。


○民家の庭

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  草の茂みから鋭い眼光でスズメを狙う

  ドンとシロ。


○「ハイツ小杉」102号室・玄関(夜)   

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  シロ、靴を脱いで上がろうとする真弓

  に、死んだスズメを自慢げに差し出す。

  驚き、大声で悲鳴を上げる真弓。


○中井戸商店街・魚源 店内

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  いつもより賑わっている魚源。

  シロが魚屋の格好で接客中。身に着け

  ている服は大人サイズ。服に着られて

  いる愛くるしさがあり、まるで可愛い

  魚屋さん。

  シロの姿をスマホや携帯電話で撮影す

  る主婦の姿も多数。

  次々に売れていく商品に大喜びの源太

  と妻の幸子(55)。新はタジタジ。


○同・居間(夜)

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  シロ、うつ伏せに寝る真弓の背中から

  腰にかけてゆっくり歩く。

  気持ちよさそうに満足気な真弓。


○中井戸商店街・魚源 店内

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  前回より賑わっている魚源。

  ※インサートで、SNSに投稿された

  魚屋屋の格好をしたシロの写真。

  SNSの写真を見ながら「ここよ」と、

  店を訪れる若い女性たち。

  店ではシロが魚屋の格好で接客中。

  店はシロ目当ての若い女性で混雑。

  シロの可愛さにメロメロの女性客達。


○「ハイツ小杉」102号室・台所(夜)

  (挿入歌続き ※曲以外サイレント)

  晩御飯の洗い物を手伝うシロ。少し水

  にも慣れて楽しそうに真弓のお手伝い。

  冷蔵庫に張られたカレンダーの6月28

  日土曜日には赤く大きな花丸が印され

  ていて『シロとデート❤』と書かれて

  いる。そのカレンダー、7月2日は

  『満月』『シロ、人間になれるか』の

  書き込み。

   (挿入歌END) 


○井の神恩賜公園・園内通路

  自然豊かな公園にハイテンションのシ

  ロ。大喜びで駆け出すが真弓に注意さ

  れ不満顔。

  真弓、シロに追いつくと、

真弓「いい、シロ。はぐれたりするから、私

 から離れないで。それに、猫っぽいところ

 見せちゃダメよ。いい? 分かった?」

  と、シロがいない。

  辺りを見回すと、シロが少し離れたと

  ころで四つん這いになり、上げたお尻

  を振り振りして何かを狙っている。

  シロの鋭い眼光の先には鳩の集団。

     ×   ×   ×

  並んで歩く真弓とシロ。

真弓「あんたって子は、言ってる傍からまっ

 たく」

  シロ、足が止まり先程とは別の鳩の集

  団に目が行く。

真弓「もう、猫の血が騒ぐのも分かるけど、

 今は人間なんだから、ハンティングは無し

 よ、無し」


○同・自然文化公園(ミニ動物園)

  シロ、象に驚き、真弓の陰に隠れる。

  その様子が可笑しい真弓。

      ×   ×   ×

  モルモットふれあいコーナー。

  キラキラした輝く目でモルモットを見

  つめる無垢な幼児達。

  対照的に、獲物を狙う目つきのシロに

  苦笑する真弓。


○同・スポーツランド

  遊具で遊ぶシロ。人並み外れた身体能

  力で遊ぶシロの姿に周囲の人々が唖然

  とする。苦笑いの真弓。

      ×   ×   ×

  走行するミニ新幹線に乗り、大はしゃ

  ぎのシロと楽しそうな真弓。


○同・公園ボート乗り場 売店

  シロ、初めて食べるソフトクリームに

  悪戦苦闘。その様子をスマホで撮影す

  る真弓。

  真弓、隣りのテーブルの女学生二人組

  にお願いして、真弓のスマホでシロと

  のツーショット写真を撮ってもらう。

  満面の笑みで頬をピッタリくっつける

  真弓に対し、ちょっと照れてハニカミ

  笑顔のシロ。


○同・池

  サイクルボート上の真弓とシロ。

  シロ、凄くビビッて、必死に真弓にし

  がみ付いている。

真弓「(笑いを堪えて) そー言えば、猫は水

 が苦手だったわね。ゴメンね、無理やり乗

 せちゃって」

  不満げな顔のシロ。

真弓「この公園ね、私のお気に入りの場所な

 んだ。よく来るのよ。仕事で落ち込んだ時

 とかね」

  幸せそうなカップルや家族連れ。

真弓「でね、幸せそうな人達を見て元気をも

 らってたの。そしてね、私もいつか大切な

 人と一緒に来られたらいいなって」

  真弓、笑顔でシロに向き合い、

真弓「ありがとう。私の夢を叶えてくれて。

 シロは私にとって、とても大切な家族だ

 よ。だから、たとえ人間になれなくても、

 いつも一緒だからね。約束よ」

シロ「嫌だ! ボク絶対に人間になるんだ!」

   暖かい微笑みで頷く真弓。

シロ「それから、ドンをおうちで飼って」

真弓「? (頷けない)」

シロ「それから、お姉ちゃんが新ちゃんと結

 婚して」

真弓「??? (さらに頷けない)」

シロ「大好きなみんなと、ずーっと一緒に暮

 らすんだ!」

真弓「(笑って)それがシロの夢なんだ」

   大きく頷くシロ。

真弓「(考え込み)うーん、新ちゃんと結婚

 っていうのはどうかと思うけど・・・、

 ドンを飼うことならなんとかなりそうね」

シロ「え?ホント?ドンを飼ってくれるの?」

真弓「今のアパートね、引越そうと思ってい

 るの。シロが猫に戻っちゃった時のことも

 考えてね。引越したら飼ってもいいわよ」

シロ「やったー!」

  と、立ち上がった拍子にボートが大き

  く揺れる。

  慌ててバランスを整える真弓。


○中井戸商店街(夕方)

  帰宅中の真弓とシロ。

  商店街の店々の前を通るたびに店主達

  から声を掛けられるシロ。

真弓「(感心して) 驚いた・・・。随分と顔

 が広いのね。地元の人みたい」


○同・魚源前(夕方)

  シロ、新を見て駆け出す。

シロ「新ちゃーん」

新「シロさん」

  新に纏わりつくシロ。近くにいたドン

  も『俺も居るぞ』的に鳴く。

真弓「新ちゃん? あの人が?」

  真弓、話しに盛り上がる二人に割って

  入れない。

シロ「でね、今お姉ちゃんと帰るとこなの」

新「え? お姉ちゃん?」

  シロが指さす方向を見ると、少し

  離れた場所に真弓が立っている。

  真弓、軽く笑顔で会釈。

  新、真弓と目が合い、途端に緊張。

真弓「シロがいつもお世話になっています」

  と、近づき、源太・幸子・新に挨拶。

源太「いやいやいや、お世話になっているの

 はこっちの方さ。シロ坊は、うちのダメ息

 子よりよっぽど頼りになるぜ。なあ」

幸子「本当よ。うちの息子とシロちゃんを

 交換してほしいわ。ね、もらってくれな

 い?」

新「な! 何をバカな!」

  新、あまりの動揺にハエ取り紙に気付

  かず、顔にハエ取り紙が絡み付く。

  新、ハエ取り紙で前が見えず、ウニの

  陳列場所に手をついてしまう。

  見ている方が痛い一同。

  新、動揺が止まらず、今度は氷が入っ

  た発泡スチロールのケースに足を取ら

  れ、氷をぶちまけながら派手に転ぶ。

  見ているだけで痛い一同。

  フラフラと立ち上げる新。


○路上(夕方)

  仲良く手を繋いで歩く真弓とシロ。

  真弓、思い出し笑い。

シロ「?? どうしたの?」

真弓「え? ううん、新さんって面白い人ね」

シロ「面白い? いい人だよ。とっても。僕

 ネコだからわかるんだ。いい人と悪い人。

 新ちゃんは凄くいい人だよ。ね、そうだよ

 ね、ドン」

ドン「ニャー (と返事)」

真弓「え?」

  真弓、シロのすぐ横をドンが歩いてい

  ることに気付く。

真弓「この猫がドンね。また威風堂々とした

 風貌ね。流石にボス猫の風格があるわ」

   真弓、しゃがみ込み、

真弓「初めまして。いつもシロの面倒を見て

 くれてありがとう」

   と、礼を述べて頭を撫でる。

シロ「ドン、喜んで! お姉ちゃんがドンを

 飼ってもいいって。ドンの夢だった飼い猫

 になれるよ。僕たち一緒に暮らせるよ」

ドン「(驚き)ニャー『本当か』」

シロ「ホントだよ。ね、お姉ちゃん」

真弓「今のアパートを引越したらね」

シロ「ホントだって」

  ドンの目が感涙でウルウル。感激のあ

  まり真弓に何度も体を摺り寄せ、シロ

  に二鳴きして去っていく。

シロ「あっ、うん、じゃあね、またね!」

  と、ドンに手を振るシロ。

  ドンと会話する様子を見ていた真弓、

真弓「そー言えば、シロは猫と話しが出来る

 んだっけ? 話しているとこ見たいな」


○ペットショップ「HACHI」店内(夜)

  良血統な子犬と子猫達が並んで陳列さ

  れている。その前に真弓とシロ。

  真弓、値段を見て、

真弓「しかし・・・、冗談みたいな金額ね。

 この子なんか25万よ25万。シロなんかタ

 ダよタダ」

  真弓の話しに興味なしのシロ。興味が

  あるのは子猫が遊んでいる玩具。

シロ「ねえお姉ちゃん、あのオモチャ買って」

  と、子猫が遊んでいる玩具を指さす。

真弓「ダメよダーメ」

シロ「ねえねえ、お願い! 買って~!」

   真弓、両耳を塞ぎ、

真弓「聞こえませーん。耳オフ」

シロ「ねえ! お願い! 買ってよー!」

真弓「わかったわよ。じゃあ、この猫さん達

 にバンザイさせてくれたら買ってあげる」

シロ「えっ! ホント!! やったー!」

   と、喜び、

シロ「バンザイって何?」

真弓「バンザイってこうやるの。バンザーイ」

   と、実演してみせる。

真弓「これを3回続けてやってね」

シロ「よーし! ねえみんな、お願い! 僕

 がバンザーイってやったら僕と同じように

 前の足を上げてね」

   承諾したように鳴く子猫達。

シロ「じゃあいくよ。いい?」

   『ニャー』と返事をする子猫達。

シロ「バンザーイ!」

  と、高々と両手を上げるシロ。

  子猫達、シロの後に続いて両前足を上

  げて『ニャンニャーイ』と、バンザイ

  と言っているかのように鳴く。

  驚き、感動する真弓。

  シロと子猫たち、続けて万歳を2回。

  感動と興奮の真弓が拍手を送る。

真弓「シロ凄い凄い! 感動したわ! 感動

 で涙が出てきちゃった! ねえ、もう一回

 やってみて」

シロ「えー、またやるの?」

真弓「お願い!」

   と、スマホを構える真弓。


○「ハイツ小杉」102号室・居間(夜)

  ソファに座る真弓の膝上で、猫のよう

  に丸くなり寝ているシロ。手にはペッ

  トショップで買ってもらったオモチャ。

  真弓、ペットショップで撮影したシロ

  の動画をスマホで視聴中。

真弓「これ観たら世界中が驚くわね」

  と、言い終えて閃く。


○下北ケーブルテレビ・コールセンター

  電話応対中の真弓の元へ松波が来る。

  松波、応対が終わったタイミングで、

松波「石川、社長と専務がお呼びだぞ。直ぐ

 社長室へ行くように」

真弓「あっ、は、はい。社長が、ですか?」

松波「お前、何かやらかしたのか?」

真弓「えっ? えーと・・・」

   ポリポリと頭を掻いて考える。


○同・社長室前

  緊張した面持ちの真弓が、ドアの前で

  大きく深呼吸。意を決しドアをノック。

専務の声「どうぞ」


○同・社長室

真弓「失礼します。カスタマーサービス課の

 石川です」

  と、ドアを開け、頭を下げる。

  室内の応接ソファに社長 (67)と専務

  (57) が腰かけている。

社長「忙しいところ済まないね。さ、掛けな

 さい」

真弓「は、はい。失礼します」

  恐縮し、二人の向かいに座る。

専務「早速だが、石川君。これに見覚えがな

 いか?」

  と、タブレットを、真弓に画面が見え

  るようにテーブル上に置く。

  真弓、不安げに画面を確認する。

  画面は、ペットショップで真弓が撮影

  した動画。それがYouTubeで流

  れている。

真弓「あっ、は、はい。三日前に私が撮影

 してYouTubeにUPしたものです」

社長「凄いじゃないか、反響が」

真弓「え?」

   見ると、凄い桁の再生回数。

真弓「(桁を数えながら)い、1千万回?」

専務「違う。1億だ」

真弓「えーーーー! いいい1億!?」

社長「私も感動してね、何回観たか分からん

 よ。ほら、感動で鳥肌が立っている」

  社長の鳥肌には目もくれず、震える指

  で、慎重に再生回数を数え直す真弓。

社長「(無視されて少し悲しい)・・・」

専務「・・・で、折り入って君に話しがある

 んだが」


○「ハイツ小杉」102号室・居間(夜)

  ソファで寝ているシロ、真弓の気配で

  目を覚ます。

  凄い集中力で音を聞き分ける。

  外の廊下を歩く音。ドア前で立ち止ま

  り、鍵を開ける音に笑顔で起き上がる。


○同・台所(夜)

  笑顔で出迎えに来たシロに、真弓が猛

  突進し、

真弓「シロー!」

  と、熱烈に抱きつく。シロ、苦しさと

  いつもと逆のパターンに戸惑う。

シロ「く、苦しい、お姉ちゃん苦しいよ」

真弓「だってー、 嬉しいんだもん」

   シロを放して、

真弓「あまりに嬉しいから・・・」

   真弓、レジ袋から、

真弓「ジャーン!」

   と、カニを取り出す。

シロ「わぁー! やったー!」

   大喜びのシロ、四本足で走り回る。


○同・居間(夜)

  食卓に並んだ茹で上がったカニを前に、

真弓「この前、ペットショップで猫さん達に

 歌を歌ってもらったでしょ」

   カニをガン見しながら頷くシロ。

真弓「その時撮った動画を世界中の人が観て

 くれたの。そのお陰でね・・・」

  もったいぶる真弓に、お預け状態で不

  満のシロ。

真弓「なんと、制作部に移動が決まったの!

 しかも正社員でよ♪」

   真弓、シロに抱きつき、

真弓「ありがとう! シロのお陰だよ!」

シロ「だからご褒美なの?」

真弓「そうよ。こんなに嬉しいことないも

 の。それに、これで十分恩を返してくれた

 筈だから、このままずっと人間でいられる

 わよ」

シロ「え? ホント?」

真弓「間違いないわ。それに、沢山の人が

 動画を観てくれたから、お金が一杯貰える

 の。だから直ぐ引越ししようね」

シロ「あっ、じゃあドンも一緒に暮らせるね」

真弓「いいわよ。ドンのお陰でもあるしね」

シロ「やったー! ドン凄く喜ぶよ! そう

 だ、このカニ、ドンにあげていい?」

真弓「うーん、勿体ないけど・・・。

 いっか、私の分あげる」

シロ「楽しみだな。早くドンに話したいな」

真弓「さ、食べよう」

シロ「うん! お姉ちゃんにはボクの少しあ

 げるね」

真弓「ありがとう。シロって優しいね」


○同・前の路上(夜)

  電気の付いた真弓の部屋から、楽しく

  食事をする幸せな二人の声が聞こえる。


○同・居間(朝)

  窓際で猫座りのシロ、ワクワクしなが

  らドンが来るのを待つ。シロの前には、

  ドンにあげるカニが置かれている。

  身支度を終えた真弓が、

真弓「じゃあ行ってくるね。今日は午後お休

 みだから、一緒にお部屋探しに行こうね」

  と、声を掛けるが上の空のシロ。やれ

  やれと言った感じで出ていく真弓。

シロ「(そわそわ)早く来ないかな、ドン」

       ×   ×   ×

  待ちくたびれてシビレを切らしたシロ。

  部屋の時計は11時を指す。


○民家の庭

  手にカニの入ったレジ袋を持ったシロ

  がドンを捜しながら通る。

シロ「ドーン! ドーン!」


○中井戸商店街 肉屋 店先

  肉屋の奥さん(60)に尋ねるシロ。

肉屋の奥さん「政宗かい? そー言えば最近

 見かけないね」


○同・服屋 店先

   服屋の店主に尋ねるシロ。

服屋の店主「プー助かい? ここんところし

 ばらくは観ていないね」


○同・魚源 店内

   源太に尋ねるシロ。

源太「新の奴なら今配達に出掛けてんだ。え

 っ? ドン? いや、見てねえな」


○空き地

  シロ、廃車の中を捜すが見当たらない。

シロ「ドーン! どこにいるのー!」


○中井戸駅前公園

  ボロボロになったレジ袋がシロの一生

  懸命さを物語っている。

シロ「(半べそ)ドーン! どこにいるの!

 ドーン! ドーン!」

   そこへ、野良猫Aが通りかかる。

シロ「あっ、ねえ、ドン知らない? どこに

 も居ないの」

野良猫A「けっ、奴なら連れていかれたよ」

シロ「(驚き)え? 誰に?」

野良猫A「檻の付いた車さ」

シロ「おりの車?」

野良猫A「あいつらに連れて行かれたらもう

 お終いよ。きっと、あの野郎も今頃死んで

 んじゃねえの」

  シロ、ショックでレジ袋を落とす。

野良猫A「馬鹿な野郎だぜ。人間に飼っても

 らえるって浮かれまくっているから隙がで

 きたんだ。でなきゃ、あいつが捕まったり

 するもんか」

シロ「・・・ドン・・・助けなきゃ」

  シロ、袋も拾わず走り出す。

  野良猫A、レジ袋の中身に仰天し、

野良猫A「あっ、お、おい! 要らねえのか、

 貰っちまうぞ! 食っちまうぞ!」


○中井戸商店街・魚源 店先

  帰宅中の真弓が魚源に差し掛かると、

  店先がうるさい。見ると、シロが泣き

  ながら源太に懸命に何かを訴えている。

真弓「シロ! あなた一体どうしたの?」

源太「おっ、いいところに来てくれた! ド

 ンがどうしたこうしたって、何のことやら

 さっぱりだ」

  シロ、真弓に気付き、泣きながら駆け

  寄り、抱きつく。

シロ「(泣きながら)ドンが、ドンが」

真弓「ドンがどうしたの?」

シロ「ドンが連れていかれちゃったんだ」

真弓「え? 誰に?」

シロ「おりの車だって」

真弓「檻の車?」

シロ「その車に連れて行かれたら、死んじゃ

 うって、だから今頃死んでるって」

真弓「それって、保健所のことじゃ・・・」

源太「え? ドンの奴、保健所に連れていか

 れたってことか?」

シロ「ねえ! 早く! 早くドンを助けて!

 お願い!」

幸子「いま新が帰ってくるから。店の車で行

 くといいわ」

真弓「は、はい。ありがとうございます」


○路上

  猛スピードで走行中の魚源配達車。


○魚源配達車・車内

  不安な面持ちで運転中の新。

  後部座席に真弓とシロ。

シロ「ドンが死んじゃったらどうしよう」

  真弓、泣きながら怯えるシロを強く抱

  き締める。


○保健所・玄関前

  玄関前で急停車する魚源配達車。

  急いで車から降りる真弓とシロ。

新「駐車場に停めてから行きます!」

  と、車を駐車場へ移動させる。

真弓「受付で聞きましょ!」

  シロを促すが、シロは建物の一方向を

  怯える顔で、体も小刻みに震えながら

  見つめている。

真弓「?」


  【シロのイメージ。シロの見つめる先

  の建物は、ドス暗いオーラが出ている】


  ハッとするシロ。

シロ「ドン?・・・」

  と呟き、一歩、二歩と歩き出す。

真弓「? シロ? どうしたの?」

シロ「ドン・・・」

   走り出すシロ。

真弓「あっ、ちょ、ちょっと待って! どこ

 行くの?」

   慌てて後を追う。


○同・中庭

   無我夢中で中庭を走るシロ。

   その後を懸命に追いかける真弓。


○同・殺処分棟 前

  シロ、入り口で足が止まる。

  やっと追いつく真弓は疲れて息が荒い。

  中から犬や猫の悲しげな鳴き声。

  シロ、恐くてドアを開けられない。

真弓「(息を整え) こ、この中に居るの?」

シロ「・・・」


○同・殺処分棟内

  ドアを開けると、部屋の両サイドの檻

  の中に殺処分を待つ犬や猫達が収容さ

  れている。犬の檻は手前で、猫は奥。

  悲しげに鳴く犬猫。観念したかのよう

  に悲しい目で大人しくしている犬猫。

  狂ったように動き回る犬など様々。

  真弓達に気付いた犬猫は、助けを求め

  るかのように一層鳴き吠える。

  鬼気迫る迫力にたじろぐ真弓。

  シロの近くの犬Aが必死に吠える。

犬A「助けてくれよ! 俺達みんな殺されち

 ゃうよ! 死にたくないよ! 助けて!

 ここから出してくれ!死にたくないよ!」

   犬Aを押しのけ、犬Bが吠える。

犬B「俺が一体何したっていうんだ! 世話

 するのが面倒だからって、何で殺されなき

 ゃならないんだ!」

犬C「引っ越しするからって簡単に捨てない

 で!」

犬D「ペットじゃなきゃ生きる資格がないの

 ? いやよ! わたし死にたくないよ!」

犬E「人間は酷い! 酷い生き物だ! 恨ん

 でやる! 呪ってやる!」

  真弓には動物の鳴き声にしか聞こえな

  いが、シロには言葉で伝わる。

シロ「・・・どうして、どうしてなの・・・」

  真弓、シロの様子を見てハッとする。

真弓「しまっ、ダメ! 聞いちゃダメ!」

  と、シロの耳を塞ぐ。

シロ「ひどいよね・・・ひどいよね・・・」

真弓「行こう! 行きましょう!」

  と、シロを出口に促す。

  一歩一歩震える足で前に進もうとする

  シロを後ろから力強く抱きしめる真弓。

真弓「もうこれ以上ここにいてはダメ」

シロ「ダメだよ・・・ドンを、ドンを助けな

 きゃ・・・」

   シロ、恐怖で顔が真っ青。

職員Aの声「ちょっとあんたら何やってんの」

  入口から叫ぶ声に振り返る真弓。

  入口から職員Aが困った顔で近づく。


○同・処理室の外

  シロ、冷たく固くなったドンの死体を

  抱きしめて泣き叫ぶ。

シロ「起きて! 起きてよドン! お願いだ

 から起きてよ!」 

  シロに同情し、思わず顔を手で覆いた

  くなる衝動に耐える真弓と、沈痛な面

  持ちで見守る新。

シロ「もうすぐ飼ってもらえるんだよ! 暖

 かいお家で、フカフカなお布団で寝れるん

 だよ! 美味しいご飯だって毎日食べられ

 るんだよ! ドンの夢だったでしょ!」


   (フラッシュ)ドンの笑顔。


シロ「人間に飼われたいって言ってたじゃな

 い! お願いだから目を開けてよ!」


   (フラッシュ)ドンの笑顔。


シロ「そうだ、ドンの大好きなカニを持って

 きたんだよ」

  と、ポケットからカニの足を取出し、

シロ「ドンが凄く喜ぶと思って、ボク持って

 きたんだよ。美味しいから食べて・・・」

  カニを口元に運ぶが反応なし。それで

  も食べてもらおうと必死。

シロ「ねえ食べて、起きて食べて、食べてよ」

   シロ、振り返り、

シロ「どうして・・・」

   真弓を見上げ、涙ながらに訴える。

シロ「ねえどうしてなの!? ドンは人間が

 大好きだったんだよ! 大好きで大好きで

 ・・・それなのにどうして、どうしてこん

 なひどいことするの!!」

  シロ、ドンの名前を連呼し号泣する。

  真弓と新は掛ける言葉が見つからない。

  徐々にシロの様子がおかしくなる。

  シロ、意識を失い痙攣を始める。

  驚き、シロの体を抱きしめる真弓。

真弓「シロ!? どうしたの!? しっかり

 して! シロ! シロ! シロ!」

   

○中井戸総合病院(夜)

   中井戸総合病院全景。


○同・小児病棟 病室(夜)

  ベッドで意識無く横たわるシロ。

  その傍らで、目に涙を浮かべた真弓は

  シロの手を握り締め心配そうに見守る。

  新がやってくる。

新「(小声で) どうですか? 容態は?」


○同・談話室(夜)

   椅子に座って会話中の真弓と新。

真弓「興奮しすぎて、過呼吸みたいな症状ら

 しくて。大事には至らないみたいだけど、

 詳しい原因までは、まだ・・・」

新「そうですか・・・早く意識が戻るといい

 ですね」

   無言で頷く真弓。

新「これ、僕の電話番号です。何かあれば電

 話をください。直ぐ駆けつけます」

   と、電話番号の書かれたメモを渡す。

真弓「・・・ありがとうございます」

新「シロさんのこと、商店街の皆が心配して

 います。皆が力になりたいと言っています。

 だから、だから困ったことがあれば遠慮せ

 ずに何でも相談してください」

   頭を下げ、謝意を示す真弓の目に涙。


○真弓の夢

  保健所殺処分棟内の檻の前に真弓。

  両サイドの檻には、処分されて死んだ

  犬猫と生きているシロ(人間の姿)。

真弓「(驚き)シロ! あなたどうしてそこに

 居るの!?」

  シロ、今度は猫の姿に変わっている。

シロ「どうしてって? 僕も猫だからだよ」

真弓「ちがう・・・シロは猫じゃない!」

シロ「ねえ、どうして僕たちは殺されちゃう

 の? ねえ、どうして?」

真弓「そ、それは・・・」

シロ「ねえお姉ちゃん、お姉ちゃん」


○中井戸総合病院・小児病棟 病室

シロの声「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

  シロのベッドの傍らで寝ていた真弓、

  シロの声で目が覚める。

  真弓、上半身を起こした状態のシロに

  抱きつき喜ぶ。

真弓「良かったシロ! 意識が戻ったのね!

 いま看護師さんを呼ぶね」

   シロ、真弓を制し、

シロ「(真顔で)お姉ちゃん、どうしてドン

 は死んじゃったの?」

真弓「・・・」

シロ「ドンは何も悪いことしてないんだよ。

 人間が大好きだったんだよ。いつか人間に

 飼ってもらうことが夢だったんだよ」

真弓「・・・」

シロ「なのにどうして?」

真弓「・・・ごめんシロ。私、わたし今ま

 で保健所のこととか考えたことなかった

 の。だから、だから今すぐには答えられ

 ない・・・」

   シロ、答えが得られず落胆。

真弓「本当に、御免なさい・・・」


○「ハイツ小杉」102号室・玄関(夕方)

真弓「ただいまー! 我が家に到着――!」

  と、元気よくドアを開け帰宅。

  後に続くシロは、まったく元気がない。

  そんなシロを気遣う真弓。


○同・居間(夜)

  晩御飯中の真弓とシロ。

  テーブル上にはシロの好物が並べられ

  ているが、箸が進まないシロ。

  努めて明るく振舞う真弓。

真弓「 さあ食べて! 今日は奮発してシロが

 大好きな食べ物ばかり作ったんだよ。美味

 しそうでしょ?」

  元気がなく、食べようとしないシロに

  心配げな真弓。


○同・風呂場(夜)

  真弓に体を洗ってもらうシロ。

  いつもと違い元気がないシロに心配が

  募る真弓。


○同・寝室(夜)

  真弓の横で寝ているシロ。

  シロの寝顔を案じ顔で見つめる真弓。

     ×   ×   ×

  ハッと目が覚める真弓。

  シロが居ないことに気付く。

真弓「シロ!?」

  と、飛び起きる。


○同・居間(真夜中)

真弓「シロ!」

  真弓、ドアを開け室内を捜すが居ない。

  居間の窓が開いていてカーテンが風で

  揺れている。ハッとし、窓に駆け寄り、

真弓「シロ!」

  名を呼びながら辺りを見回す。

真弓「(泣きそうな顔で)どこに行ったの?」


○魚源・新の部屋(真夜中)

  新、スマホの着信音で起こされる。

  枕元の時計を見ると午前二時。

  新、手を伸ばしスマホを取り、

新「はい、山崎です (驚き) あっ、は、は

 い! わたしです」


○「ハイツ小杉」102号室・居間(真夜中)

  着替えを終えようとしている真弓。

  スマホで新と通話中。

真弓「こんな夜遅くすみません。じつは」


○魚源・新の部屋(真夜中)

新「(驚き)シロさんが居なくなった!?」

真弓の声「それで、もしかしたら、そちらに

 お邪魔していないかと」

新「あ、いえ、私も今起きたところなので、

 すぐ確認します!」


○「ハイツ小杉」102号室前(真夜中)

   鍵を掛けながらスマホで話中。

真弓「あの子、とても思いつめていたので、

 何か取り返しのつかないことが起きそうで

 不安なんです。お願いします! 私も捜し

 ながらそちらに向かいます!」


○夜空(真夜中)

   風が強く、雲の流れが速い。

   時折満月が顔を出す。


○道路(真夜中)

   必死にシロを捜す真弓。


○魚源前(真夜中) 

   魚源前に新と源太と幸子。

新「僕は駅の方に向かって捜すから、父さん

 は逆をお願い!」

源太「ああ任しとけ!」

新「母さんはここで連絡係。真弓さんが来た

 ら状況を知らせて! 警察の方も頼む!」

幸子「分かった。任せなさい!」

   新と源太、シロを捜しに向かう。


○空き地(真夜中)

  真弓、懐中電灯を照らしながら廃車の

  中を捜す。


○中井戸商店街・路上(真夜中)

   懸命にシロを捜す新。


○路上(真夜中)

   懸命にシロを捜す真弓。


  (フラッシュ)思いつめた表情のシロ。


真弓「シロ・・・どこに行ったの・・・」


○猫神社・本殿前(真夜中)

  本殿入口前に、神妙な顔の猫神が立っ

  ている。猫神が見つめる先、階段の下

  にシロがしょんぼり佇んでいる。

猫神「本当に、それで良いのじゃな・・・」

  無言で頷くシロ。

  猫神、難しい顔で溜息。


○魚源前(真夜中)

  息を切らせながら真弓がやって来る。

  真弓、店の前の幸子に、

真弓「すみません、この度は大変ご迷惑をお

 掛けしています」

幸子「いいのよ、気にしなくて」

真弓「状況は、状況はどうでしょうか?」

幸子「今、うちの旦那と息子が捜しているけ

 ど、まだ見つからないって」

真弓「どこを捜しましたか?」

幸子「えーと、商店街は捜し終わって、今は

 駅前と公園を捜しているところよ」

真弓「(少し考え込み)・・・わたしは神社

 を捜してきます!」

   と、走り出す。


○中井戸駅前(真夜中)

   新、スマホで電話中。

新「それで、真弓さんは神社に行くって? 

 わかった。じゃあ僕は小学校を捜してみる」


○猫神社・前の路上(真夜中)

  等間隔に並んだ猫の石像の横を、息を

  切らせながら駆け抜ける真弓。


○同・階段(真夜中)

  フラフラになりながら階段を上る真弓。


○同・境内(真夜中)

  真弓、やっと階段を上り、疲労困憊で

  倒れそうになるのを堪え、シロの名を

  呼びながら辺りを捜し始める。

      ×   ×   ×

  見つからない。

  疲れてその場に崩れる。

  途方に暮れそうになるところ「ハッ」

  とし、本殿を見つめる。

  真弓、立ち上がり本殿へ向かう。


○同・本殿(真夜中)

  真弓、本殿の入口前の鈴を鳴らし、

真弓「猫の神様! お願いします! シロが

 どこにいるのか教えてください!」

  と、願う。

真弓「お願いします!」

  さらに強く願う。

  応答なし。

  真弓、思い切って本殿の中に入ろうと

  入口の戸に手を掛けた時、

猫神の声「ここじゃったよ・・・」

  真弓、声に驚き振り返ると、階段の下

  に猫神が立っている。

猫神「ここじゃったよ。あの子が立っていた

 のは」

  と、杖で術を掛けると、しょんぼりと

  佇むシロの姿が映し出される。

猫神「ここに何時間も立っていたんじゃ・・」

  真弓、とても悲しそうなシロの顔を見

  て溢れそうになる涙を堪える。

猫神「あの子、わしにこう言いおった・・・

 今すぐ猫に戻して、とな。人間になれると

 いうのにじゃ」

真弓「(驚き)何で? どうして?」

猫神「愚問じゃな」

真弓「・・・」

猫神「すぐに戻してとせがまれたが、朝まで

 猶予を与えた。朝になった時、人間か猫か、

 強く願う方の姿であり続けるじゃろう。

 と伝えた」

真弓「そんなの、そんなの嫌! お願いしま

 す! シロの居場所を教えてください!」


○中井戸小学校・校庭(真夜中)

  校庭の隅を捜し回る新のスマホが鳴る。

新「山崎です」


○猫神社・本殿(真夜中)

   真弓、スマホで新と通話中。

真弓「分かったの! 居場所が分かったの!」


○中井戸小学校・校庭(真夜中)

新「えっ!? そんな所に!? 分かりまし

 た。すぐ車を出します」


○猫神社・本殿(真夜中)

   真弓、電話を終え、

真弓「ありがとうございます!」

   と、猫神へ礼を述べるが姿なし。

   真弓、本殿へ深々と頭を下げる。


○同・前路上(真夜中)

   真弓の前で急停車する魚源配送車。

   真弓、急ぎ助手席に乗り込む。


○魚源配送車・走行中の車内(真夜中)

  搭乗者は運転手の新と助手席の真弓。

真弓「ありがとうございます。助かります」

新「いいんです。気にしないでください。そ

 れよりも、よく居場所が分かりましたね。

 まさか、井の神公園とは・・・」

   真弓、悲しみを堪えて、

真弓「・・・私たちの思い出の場所なんです」

新「・・・」

真弓「はじめてデートした思い出の・・・」

新「・・・」


○道路(真夜中)

  猛スピードで駆け抜ける魚源配送車。


○井の神恩賜公園・第一駐車場(真夜中)

   車から急ぎ降りる真弓と新。

新「結構広いですよ」

真弓「池に沿って捜しましょう!」

新「は、はい」

真弓「私は右回りで、新さんは左回りでお願

 いします!」

   真弓、新の手を握り、

真弓「お願いします! なんとか朝まで、必

 ず朝までにシロを見つけてください!」

  新、手を握られ、少し顔を赤らめる。

新「は、はい!」


○夜空(真夜中)

  さらに風が強まり、流れる雲が速い。


○井の神恩賜公園(真夜中)

  夜半の嵐に揺れる木々。

  真弓、必死でシロの名を叫びながら探

  し回る。池を挟んで反対側では、新が

  シロの名を叫びながら必死で探し回る。

  園内の時計が午後4時を指している。

  焦る真弓の声が一段と高くなる。

  真弓、池の橋に差し掛かった時、岸か

  ら少し離れた池の上にサイクルボード

  一艘を見つける。

  真弓、目を凝らし、乗っている人影を

  確認すると、乗っているのはシロ。

真弓「(大声で叫ぶ) シローーー!!!」

  無反応のシロ。

  真弓、シロの名前を叫びながらボート

  ハウスへ駆け出す。


○同・ボートハウス(未明)

  真弓、ローボートを固定するロープを

  外し、乗り込みオールを手に取る。

真弓「シロ! 今行くから待ってて!」

  無反応のシロ。

  真弓、強風でバランスを崩しながらも

  必死でボートを漕ぎ出す。


○同・井の神池(未明)

   真弓、必死にボートを漕ぎながら、

真弓「シロ! お願い、お願いだから私の話

 しを聞いて! 私、大事なこと何も答えて

 あげられなくてゴメンなさい!」

   悲しい顔のシロ、真弓を見ない。

真弓「私、あれから考えたの、きゃあ!」

   バランスを崩す真弓。

   シロ、思わず心配顔で真弓を見る。

真弓「どうして人間はあんなことをするのか

 って・・・私の頭じゃ難しくて、まだよく

 解らないけど」

   徐々にシロに近づく真弓のボート。

真弓「でもね、人間が間違っていることには

 気付いたよ。だって、人間だって猫だって、

 生きていくためには他の生き物を殺すこと

 もあるけど、ドン達は違う。人間の身勝手

 で殺されたの。それはとても間違っている

 ことだって! だから謝るしかないの! 

 ゴメンなさい! 人間を許して! 何度で

 も謝るから、だから (涙が溢れ出る)お

 願いだから人間を嫌いにならないでー!」

   シロの顔に迷いが生じる。


○同・歩道(未明)

   対岸の新が二人に気付く。

新「大変だ」

   急いで駆け出す新。


○同・井の神池(未明)

  真弓のボートがシロのボートのすぐ近

  くまで接近する。

真弓「シロ! もっとシロとお話しがしたい

 の! もっと、もっとシロと思い出を作り

 たいの!」

シロ「・・・」

  真弓、泣き顔で精一杯の笑顔を作り、

真弓「もうすぐだよ、もうすぐ人間になれる

 んだよ。私達これからなんだよ。だから、

 お願いだから」

  シロのボートへ乗り込もうとした

  その時、強風に煽られ、バランスを崩

  した真弓が池に落ちる。

シロ「お姉ちゃん!」

   思わず叫ぶシロ。

   泳げない真弓は必死にもがく。

シロ「お姉ちゃん!」

  手を差し伸べるが全然届かない。

  水面下へ沈んでいく真弓。

シロ「お姉ちゃん!!」

  シロ、真弓を助けるため池に飛び込む。

  池の橋まで来ていた新も橋から池に飛

  び込む。


○同・池の中(未明)

  真弓、懸命にもがくが沈んでいく。

  シロも溺れて沈んでいく。

  真弓とシロ、一生懸命お互いの手を掴

  もうとする。

  もうちょっとのところで手が届かず、

  別々に沈んでいく。

シロ「お姉ちゃん、あり・が・・とう・・」

  気を失い、沈んでいくシロ。

  真弓は、シロに向かって懸命に手を伸

  ばし名を叫ぶ。

真弓「シローーーーーーーーー!」

  真弓の体が急に浮き上がる。

  新が体を抱え引き上げようとしている。


○同・水面(未明)

   水面に顔を出す真弓と新。

   真弓、荒い呼吸で話すのもやっと。

真弓「お、お願い! シ、シロを! シロが

まだ、シロがまだ水の中なの!」

   新、真弓をボートに摑ませ、

新「しっかり摑まってて!」

   と、水の中へ潜っていく。

   真弓、ボートにしがみつきながら、

真弓「お願い! シロを助けて!!」

  懸命に池の中を探す新。

     ×   ×   ×

  夜が明けた池の上には複数のボートが

  浮かぶ。ボート上の警察や消防が懸命

  にシロを捜索中。


○同・ボートハウス(早朝)

  毛布に包まりベンチに座る真弓、心配

  そうに捜索を見守る。

  真弓の回りにも、心配して駆けつけた

  商店街の人達の姿。

  毛布に包まった新が皆に事情を説明し

  ている。

  真弓は、周りの雑音が一切聞こえない

  ほどの集中力で捜索を見守っている。

  真弓のもとへ警察官Aがやって来る。

  新達も気になり近寄る。

  新、聞くのが怖い真弓を気遣い、

新「何か進展がありましたか?」

  警察官A、申し訳なさそうに、

警察官A「まだ何も・・・。我々も全力で捜

 索にあたっていますが、何しろ、池の底は

 ゴミだらけでして。見つかるのは自転車や

 ら粗大ゴミやら子猫の死骸ぐらいでして」

   真弓、青ざめ、立ち上がり、

真弓「いま、いま最後になんて?」

警察官A「見つかるのは、自転車やら粗大ゴ

 ミやら子猫の死骸ぐらいだと」

真弓「お願いです! 子猫の、子猫の死体を

 確認させてください!」

   と、詰め寄る。

   警察官A、困惑しながらも、

警察官A「い、いいですけど・・・」

      ×   ×   ×

  引き上げられたゴミが集められた一角。

  そのゴミの中にシロ(猫の姿)の死体。

  シロを見つけ、ショックのあまりその

  場に崩れながらも、シロの亡骸を優し

  く抱きかかえる真弓。

  シロの亡骸を見つめながら、涙が止め

  どなく流れ落ちる真弓。

真弓「シロ・・・」

  真弓、シロを強く抱きしめ咽び泣く。

真弓「いやーー! シロー!! シロー!!

 シロー!! シローーーーーー!」

  その様子に、呆気にとられる一同。


○「ハイツ小杉」102号室・玄関前

  小さな箱を大事そうに抱えた憔悴顔の

  真弓が、足取り重くやって来る。

  その後に、心配で付き添う新が続く。

  真弓、玄関前で立ち止まり鍵を開ける。

新「本当に大丈夫ですか? あ、あの、何か

 手伝うことでもあったら」

  真弓、無言で一礼し、ドアを閉め中へ。

新「大丈夫です。シロさんはきっと見つかり

 ます」

  中から返事無し。

  新、溜息をつき、その場を去る。


○同・玄関内

  真弓、小さな箱の蓋を取ると、中には

  タオルに包まったシロの亡骸。

  精一杯の笑顔でシロに語りかける真弓。

真弓「シロ、帰ったよ・・・。私達のおうち

 に帰ったよ・・・」

  冷たく、固くなったシロの亡骸。

      

  (フラッシュ)嬉しさ一杯の笑顔で真

  弓を出迎えるシロ。

      

  (フラッシュ)仲良く、元気よく帰宅

  するシロと真弓。

      

  真弓の止めどなく流れ落ちる涙が、シ

  ロの亡骸を濡らす。


○同・台所

  電気も付けず薄暗く静まり返った台所。


○同・居間

  真弓、カーテンが閉まった薄暗い部屋

  で、シロの入った箱を大切に抱えて座

  っている。

真弓「(か細い声で) ゴメンね・・・」

  真弓、涙が止まらない。

真弓「知ってた? どんなに迷惑掛けても、

 シロとの生活がとっても幸せだったんだよ。

 だって・・・シロは家族なんだもん・・・

 大切な・・・」

       

      (フラッシュ)

  二人で仲良く洗い物をしているシーン。

  大騒ぎのお風呂のシーン。

  真弓がシロに元気を注入するシーン。

      

真弓「恩なんか返さなくていい・・・猫でも

 いいから生きていてほしかったのに・・・

 わたしのせいだよね・・・わたしの」

  真弓、悲しみを堪えて、シロの亡骸に

  淡々と話しかける。

真弓「これからだったんだよ。楽しいことも、

 辛いことも、悲しいことも、嬉しいことも、

 いろんな思い出をいっぱい・・・一杯作っ

 ていきたかったんよ・・・・・・・・・。

 クリスマスは、一緒にケーキを食べて、

 毎年シロへのプレゼントで悩むんだよ・。

 お正月は、二人で初詣に行くの。

 お年玉もあげなくっちゃね・・・・・・。

 そう言えば、誕生日決めてなかったね。

 やっぱり初めて出会った日かな? 

 それとも、シロが人間になった日かな?

 シロがケーキのローソク消すとこ見たい

 な・・・・・。

 いつかはガールフレンドを紹介されたり

 するのかな? 

 そしたら、ヤキモチ焼いちゃうね・・・

 きっと・・・きっと・・・・」

      

   (フラッシュ)シロの笑顔の数々。

      

  真弓、棚の上の写真(井の神公園での

  ツーショット写真)を観て堪らずシロ

  を抱きしめ号泣する。


○霊界 

  薄っすらと金色掛かった白い靄が一面

  たなびく世界。不思議な小銀河のよう。

  白い靄、よく見ると人間の姿をしてい

  たり動物や魚や昆虫の姿をしている。

  そんな白い靄の世界に猫神の姿。

  猫神、何かを捜しながら飛び回る。

猫神「おっ、おったおった」

  猫神、お目当ての霊体まで近づき、

猫神「これこれ、シロや、ワシじゃ」

シロ「あっ、神様!」

  シロと呼ばれた靄が、シロの霊体の姿

  (子猫の)に変わる。

猫神「久しぶりじゃの。お前さんが死んだ時

 以来じゃから3年ぶりか。しかし・・・、

 ワシゃてっきり人間になって、ハッピーエ

 ンドになるかと思っとったんだがの」

  シロ、思い出して泣き出しそうになる。

猫神「(慌てて) あっ、すまんすまん! 悪

 かった! ワシが悪かった!」

      ×  ×  ×

  シロ、ドンらしき靄と別れ、猫神と一

  緒に飛んでいく。飛びながら、

シロ「え? 神様に会いに行くの? 神様の

 他にも神様がいるの?」

猫神「ワシは猫の神様。これからお会いする

 お方は万物の神様じゃ。神様に比べたらワ

 シなんか神様のペットみたいなもんじゃ」

シロ「へー、そんなに偉い神様なの?」

猫神「そうじゃ。だからくれぐれも失礼のな

 いようにするんじゃぞ。わかったな」

シロ「うん! わかったよ!」


○同・神殿

  質素でありながら神々しい神様の神殿

  で極楽鳥を追いかけ回すシロ。

猫神「ちっとも分かっとらんじゃないか!!」

  苦笑し、シロを止める猫神。

  神々しい輝きを放つ天空より神様の声。

神様の声「はははは、昔のタマみたいじゃな」

シロ「タマ?」

猫神「(照れて) ワシの名じゃ」

神様の声「ところで、シロ」

シロ「(元気よく) はい!」

神様の声「シロは人間を助けるために猫が苦

 手な水の中に躊躇することなく飛び込み、

 助けようとした。猫としては大変素晴らし

 い行いであった。そこでな、本来ならば少

 なくても百年は掛かる生まれ変わりを今行

 うこととした。生前の行いにより、何に生

 まれ変わるかが決まるのだが、シロには特

 別に人間か猫か選ばせてやろう」

シロ「ボクは・・・(間)・・・ボクはネコがいい」

猫神「(溜息をつき)まてまて、決めるのは

 これを観てからにせい」

  と、杖を回すと、シロの前に映像が映

  し出される。

  シロの顔が懐かしさで笑顔になる。

シロ「あっ、お姉ちゃん!」

  映像には、街頭で新や美奈達と殺処分

  ゼロを目指した保護活動や野良猫去勢

  手術のための『シロ募金』活動をして

  いる真弓の姿。必死に訴えかける真弓。

真弓「知っていますか? 年間約十二万匹の

 犬や猫が処分されていることを。知ってい

 ますか? ほとんどの犬や猫が苦しみなが

 ら処分されていることを。私は知りません

 でした」

  商店街の店々には、シロ募金の募金箱

  と募金活動の目的が書かれた案内チラ

  シが置かれている。

真弓「野良猫や捨てられた犬猫達が、尊厳も

 なく殺されていることを知りませんでした。

 知らなかったことをとても後悔しています」

  猫神社では里親募集イベントが開催中。

  神主の林田やボランティアが頑張る姿。

真弓「だから、私は、私たちは一匹でも多く

 の猫や犬を救いたいと活動を続けています。

 どうか皆さんも、皆さんができる範囲で、

 この活動にご支援ご協力をお願いします」

  シロ、その様子を見ていて気持ちが揺

  らぐ。

猫神「人間もまだまだ捨てたもんじゃないぞ」

  頑張っている真弓と新の姿を複雑な思

  いで見つめるシロ。

神様の声「もう一度訊ねるぞ。シロが生まれ

変わりたいのは人間か? それとも猫か?」

シロ「・・・・・・・・・・・僕は・・・」


○中井戸産婦人科病院・全景

   8階建てピンク色の外観。

   出産の苦痛に耐える真弓の声。


○同・分娩室

   出産の苦痛に耐える真弓。


○同・分娩室の廊下

  源太と幸子と真弓の両親が落ち着かな

  い様子で待機中。

  貧乏揺すりの源太に堪り兼ねた幸子が、

幸子「もー、我慢できないんだったら行きな

 さいよ、トイレ」

源太「ば、ばっきゃやろー! 行ってる間に

 生まれたらどうすんだ! 産声聞けねえじ

 ゃねえか! 初孫だぞ初孫!」


○同・分娩室

   出産の苦痛に耐える真弓。

看護婦A「ご主人さんも手を握っているだけ

じゃなくて、奥さんに声を掛けてください」

  なすすべなく手を握り見守るだけだっ

  た新、看護婦Aに促され、

新「が、頑張れ、真弓さん」

  真弓、ぎこちない応援に苦笑する。


○同・分娩室の廊下

  落ち着かない様子で待機中の真弓の両

  親と幸子。源太の姿がない。

  生まれた子の産声が聞こえてくる。

  大喜びの3人。

  幸子、喜びも束の間、この場に居ない

  源太を気の毒に思う。


○同・分娩室

  安堵し、喜ぶ真弓と新。

  元気な泣き声をあげる赤ちゃん。

  どちらかと言うと子猫のような泣き声

  にちょっと違和感を感じる真弓・新・

  医師A・看護婦A。

医師A「よく頑張りましたね。元気な男の子

 が生まれましたよ」

看護婦A「とても可愛い赤ちゃんですね」

  必要な処置を済ませた赤ちゃんを

  真弓に渡す。

  子猫のような泣き声の赤ちゃんが、真

  弓に抱かれてノドをゴロゴロ鳴らす。

  驚く真弓と新。

看護婦A「お名前は決まっていますか?」

  真弓と新、笑顔で顔を見合わせてから、

真弓・新「シロ!」

              【END】


  【エンディング】生まれた赤ちゃんが、

  6歳になるまでを写真で紹介。

  最後の写真は、バースデーケーキを手

  に持った6歳の子供を中心にした仲の

  良い家族の集合写真(ドンと名付けら

  れた飼い猫も一緒)。

  その写真の隣には、真弓とシロのツー

  ショット写真。6歳になった子供は、

  髪の色と目の色以外はシロにそっくり。

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ぼくを飼って @mi-ya-akita

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