6

 黒川と神谷と合流した。黒川は大きな袋を携えており、買い物を満喫したんだなと感じる。

「黒川、良いの買えた?」

「おうよ。これで、大学生活で恥ずかしい思いはしないかな」

「後で、着てるところ、写真撮って送ってくれ」

「あーい」

 二人でいつも通りの会話を交わす。

「男子チームのやりたい事は終わったんだけど、女子は何かやりたい事とかある?」

 男子の面倒を見てもらうだけというのは、さすがに気が引けるという事だろう。

「雑貨屋さんで買い物したいかな」

「元々、その予定でしたからね」

 なるほど。ついていく必要はなさそうだが……。お礼も兼ねて、ついていった方が良いのだろう。

 その場の流れで、四人で雑貨店に向かうことになった。


 雑貨店に到着する。

 僕が普段入るような店ではない。物珍しさで、いろんなものを見る。

 お洒落なネックレス。落ち着いた髪留め。イヤリングもある。ピアスまで。ピアス穴を空ければ、僕でもつけられるのだろう。

 校則で禁じられていたものに、今は手を出せる。

 手を伸ばしていいのだ。

「これ、似合うかな」

 銀のピアスを軽く振る。黒川は驚いたみたいだ。

「文弥、そういうの、やりたかったの?ちょっと意外」

 彼の言葉に僕は答える。

「まったく興味が無い訳じゃないよ。だって、僕たち、もう少しで大人になるんだから」

 あと二年弱で二十歳だ。

 最近、民法改正により成人は十八歳からとなった。だから、大人の定義は十八歳以上に引き下げられたけど、飲酒、喫煙は結局二十歳からのままだ。

 だから、大人になる明確な線引きは二十歳なのだろう。

 色々な権利を手に入れて。

 様々な責任や義務を押し付けられて。

 そうして、僕らは大人になっていくのだろう。

 ここで、僕の心中に黒の絵の具が滴下される。透明だったはずの僕の心はもう、透明には戻らない。

 今はまだ、薄く淀んでいるだけだ。

 ピアスをしたら。大人っぽいのか——?

 なんだか、整合性が有りそうで、無い理屈だ。

 僕の中には、未だ多くのバイアスや偏見が残っている。その一角が露わになっただけなのか。

 でも、子供のうちからピアスは空けないだろ——。

 いくつもの疑問があぶくのように湧きあがる。

 大人ってなんなんだ。

 大人らしさってなんなんだ。どうしたら身に付くんだ。

 それに対する答えは無い。求めたとしても与えられるものではないのだろう。

「文弥は大人になるからピアスをつけるの?なんか、違うだろ。単純にお洒落だからだろ」

 黒川の答えだ。

 ピアスをなぜ付けるのか。

 それに対する彼の答えを得た。

 至極当然の回答を得た。僕の考え方には違和感があった。だが、彼の回答には得心がいく。

 では、僕の解は間違っているのか。大人らしさを求めてピアスをつけるのは間違っているのか。

 わからない。

 わからないことだらけだ。

 ただ一つ、納得したことがあるとすれば、ピアスはお洒落の為だという、酷く当然の事実だけだった。



 雑貨を眺めて三十分程度経った。正直、僕も黒川も見飽きていた。確かに小洒落た小物は多くある。けれど、ワンポイントに拘る前に、僕は服の方を拘った方が全体の評価が高くなる気がする。

 黒川は買っても良さそうだが、お金に余裕が出来たら、買うとのこと。大方、服を買うのにお金を使いすぎたのだろう。

 だが、僕は一つだけ、あるものを買っていた。紙袋越しに伝わるその重みが、僕の手のひらに主張している。

 買い物を終えた僕と黒川は店舗脇の椅子に腰かけていた。

 遠くをぼんやりと眺める。人々が楽しげに歩いている。

 誰も僕らが虚空を見つめていることを意に介さない。誰もが自分たちのことで一杯一杯だ。

 誰も手を差し伸べたりはしない。

 関わらない。

 当たり前だ。

 それが他人同士の距離感なのだから。

 僕は隣の黒川を眺める。器用に片手でスマートフォンをいじっている。

 なんの気無しに、声を掛けた。

「なあ、僕って、大人っぽいと思う?」

 その言葉を聞いて、黒川はスマホから顔を上げる。

「どうした?唐突だな」

 そう言いながらも、彼はポケットにスマホを仕舞ってくれた。

「年齢的にはもう大人じゃん。僕らって」

「そういえば、民法改正したんだっけか」

 あんまり実感湧かねえな——。と黒川が呟いた。

「そうだね。で、質問に答えてよ。僕って大人っぽい?」

 我ながら面倒臭いな。と思う。けれど、黒川には是非とも聞いておきたかった。

 彼は幾分か——。時計の秒針が半回転する程度の間、言葉を発さなかった。

 彼はどこを見つめているのだろう。

 多分、どこも見ていない。思考に没入するために、虚を見ている。視界の光景はただ映っているだけだ。

 そして、言葉を口にする。

「そんなこと、考えたことが無い。そりゃ、世間一般に言えばお前は大人っぽいだろうよ。けどさ、俺から見たら、お前は同じ年齢なんだ。それに、圧倒的な知識差とか、経験差も無い。だから、大人っぽくも、子供っぽくもない」

「もう大人なのに?」

「大人らしさみたいなのに拘泥したい気持ちは少し分かる。けどさ、そういうのって、きっと幻想なんだよ」

 幻想。

 確かに彼はそう言った。

 どういうことだよ。

 睨みつけた。話の続きを聞かせろと、暗に訊く。

「文弥のそういう面倒くさい所、嫌いじゃない」

 そう言ってニカっと笑った。彼のよく見る表情の一つだ。いまいち、感情の明暗が分からない表情の一つでもある。

「僕の面倒くささは、後で言及してくれ。今は大人っぽさの話が聞きたい」

 黒川は頷く。

「大人な人って、文弥はどう考えている?」

 彼の問いかけに、僕は直感的に答える。

「あしながおじさんみたいな、寡黙で優しい人」

 本当にこんな人が大人っぽいのだろうか。自分の言葉が疑わしく思えてくる。だが、大人らしさの一つの形ではある。

「だとしたら、倉科さんとかは、大人に見えるだろ」

 倉科萌。確かに天体に関する知識は多いし、物静かだ。だが、彼女は大人とは違う気がする。

 曖昧な表情を浮かべて誤魔化した。彼はそれを見逃さない。

「結局、お前は大人を理想に仕立てているだけなんだよ。きっと。自分に足りないものを持っているのが、大人だと言い張ってさ。理想になれない自分を守るための幻想なんじゃないの?」

 彼の声音に棘は無かった。

 彼は、黒川はいつもそうだ。的確で、理性的で、真理に近い何かを知っている。それを上手く言語化もできている。

 だけどさ、それって結局、よく似た何かでしかなくて、全く同一の物では無いんだよ——。

 十割と九割九分九厘には近いようで大きな隔たりが在るように。よく似た共通項を併せ持ちながらも、完全一致することの無いモノ同士だ。

 それらは等号でつながれることが無い、単なる類似物。

 彼の意見は勿論分かっている。

 考え方が悪いのだと。

 大人らしさなんてものは無いのだと。

 彼はそう言っているのだ。

 合理的で、理性的だ。

 

 だから、結局のところ、僕らは平行線だ。

 いつまで経ってもパラレルの中に、僕だけが取り残されている。

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