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 僕は倉科に似合う服を見繕ってもらうことになった。

「文弥くん、今回の予算は?」

「マックス二万円くらい。多少は超過しても良い」

「どんなお洒落が良いですか?」

「希望は特にないかな。強いてあげるなら、普段使いできるような洋服が良いくらい」

 その言葉に、倉科は苦笑を漏らす。

「普段できないお洒落着を大学生が持っていても、宝の持ち腐れですよ」

 一体、どんなお洒落を想像しているんですか——。

 と、嘆息を漏らす。

 スーツみたいな、フォーマルなお洒落を想像してしまっていた。倉科の喋り方が、深層のご令嬢みたいなんだもん。と、わけのわからない言い訳をする。

「文弥くんは、身長もそれなりに高いですし、ロングコートみたいなものが似合うかと」

 倉科のお洒落解説を聞きつつ、店内の品物を集めていく。その動作には淀みや迷いは存在しない。

「暗い色合いだと、カッコよさが引き立つのですが、もう少し、明るくしましょうか」

「なんで?」

 僕の返答を待たず、黒いロングコートをベージュのロングコートに入れ替える。

 暗い色の方が好みではあるが。

「明るい色合いだと、春先にも使いやすいですし、文弥くんには、カッコよさが少し足りません」

 手厳しい。多分、後者の方が本音の理由だ。

 建前なんて、言わないで欲しかった。見え透いた建前など、憐憫の象徴だ。

「そうですか……」

 はいはいと、不貞腐れながら、僕は服を受け取り、再度、試着室へと踏み込む。

 着替えをし、大きな鏡に自分の全身を写す。

 そこには、高校を卒業し終えたばかりの、大人とも、子供ともとれる、中庸の存在がいた。

 背伸びして着た大学生らしい服装は、僕は大人なんだと、主張している。

 そのど真ん中に位置する僕の表情は、あどけなさを残していて、不安を滲ませている。

 役不足な気もする。服に着られている気がする。

 しばらくの間、放心して僕は僕と相対していた。

「服、着方が分からないものでもありましたか?」

 カーテン越しの倉科の声で、我に返る。

「いや、大丈夫」

 慌ててカーテンを開けながら、振り向く。倉科の銀縁の向こう側の目が、僕をねめつける。

「五十五点ですかね」

 やはり、倉科は手厳しい……。



 結局、あの服装のうち、特に気に入ったロングコートとズボンだけを購入する。神谷と黒川に連絡を取ると、まだ時間がかかるとのこと。

 仕方なく、二人で店の外のベンチに腰掛けた。

「なんで、五十五点?倉科が選んだんだから、もうちょい高くてもよくない?」

「私とて、自分に似合う服は把握していますが、他人に似合う服は把握していません。ファッションというのは、骨格や、体型などからも、『似合う服』が変わるのです。文弥くんの体型を、私は正確には把握していません」

 理路整然と言う。そう言われたら、そうなのかもしれない。

「じゃあ、今回選んだのはどういう基準なの?」

「選考基準は二つ。一つ目は万人に似合うもの。シンプルかつ、大外れが無いものです。二つ目は流行りのものです。ファッション誌でこういうのが流行りだと見聞きしました」

 倉科もファッション誌とか読むんだ……。少し意外だ。

 部活の中では、天文オタクとしてのキャラの印象が強かったから、少し驚く。

「星のことで、頭の中が埋め尽くされてるもんだと思ってた」

「小馬鹿にしてますね」

 むっとした表情を浮かべながら、続ける。

「私も少しくらいファッションには詳しいですよ」

 その割には、派手なお洒落をしていない。服装を見ると、いたって地味な服だ。

 僕の視線に気付き、口を開く。

「詳しいだけです。実践はしていません」

「なんで、実践しないの?」

 その言葉に、倉科は笑う。そこにはいくつもの諦観と、鬱屈が込められている。そんな気がする。

「女の子って、グループを作りたがるじゃないですか。そこにいるときに、最低限知識がないと楽しめないんですよ。天文好きの女子って、数が多くないから」

 彼女にとって、『お洒落』とは、他人に話を合わせる処世術の一つなのだろう。彼女にとってのお洒落など、虚飾だったのかもしれない。

 ただ、彼女の笑みが全てを雄弁に語っている。

 そんな気がした。


 話の途中で、神谷と黒川に合流するつもりだった。けれど、予想以上に話が盛り上がっていた。

 そんな中、倉科がある言葉を口にする。

「昨日、美鈴と文弥くんが色々な話をしたって話、聞きましたよ」

 それは予想外のことだった。

「どんなことを聞いた?」

「文弥くんに、『大人っぽいね』って言ったら、動揺していたってこととかですね」

 動揺していた……?

 神谷にはそう見えていたという事だろうか。

「動揺っていうのかな。どちらかというと、嗤笑の側面が強かったと思っているけど」

 その言葉に、倉科はハテナマークを浮かべている。

 解説のためにも付け加えていく。

「こいつは何も分かっていないって。神谷に対して、思ってた」

 昨日の思考回路は、もう既に思い出せないが、僕が感じていたのは、確かに嘲りに似たものだった。

「昨日、文弥くんと美鈴は喧嘩をしたのですか?」

 喧嘩、なのだろうか。どちらかというと、僕が一方的に意気消沈していただけのような気がする。

「いや、違う。多分」

 神谷と僕は喧嘩などしていない。

 話題を変えるために、質問をする。

「実際、どうなの?倉科から見て、僕は大人っぽい?」

 その問いかけに、倉科は逡巡する。

「私から見れば、文弥くんは子供っぽいです。時々むきになりますし、くだらない意地を張りますし」

 その言葉に、僕は何を感じているのだろう。

 表情もこわばっているようには感じられない。

 多分、これが僕の求めていた答えなのだろう。

「そっか。じゃあ、良かった」

 知らず、言葉にしていた。

 思いもよらず、口から紡がれる言葉。それがホンモノなのだろう。きっとそうなのだ。と言い聞かせながら。

 僕は一人頷いた。

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