2
何個かあてずっぽうで悩みを予想していた。そのいずれも「外れ」の一言で撃ち落とされ、万策尽きていた時だった。
「文弥ってさ、なんだか大人っぽいよね」
何の前触れもなく、言ったその言葉。妙に引っ掛かりを覚えて、僕は口を閉ざす。
肯定も否定もできずに、ひきつった笑みを浮かべた。喉の奥から漏れ出てしまいそうな言葉は、意味を持たず霧散するだけ。
確かに僕はどちらかといえば理知的だし、無暗やたらと感情が暴れることもない。そういう意味では大人びていると言っても差し支えないだろう。
神谷は僕の心中を察することなく、言葉を続ける。
「なんていうのかな。冷めてるし、世の中を見下してる感じがする」
神谷の言葉を反芻して、顔をしかめざるを得なかった。
「僕はそんなに、性格の悪い奴じゃないだろ。お前こそ、人のことを見下しやがって」
思いつくだけの非難を浴びせて、とりあえず口撃を収める。いつも通りの立ち振る舞いだ。
善人に振り切れず、悪人にもなりきることのできない僕は、分かりやすく言葉にする。
こうすれば会話が弾むことを、十八年間の経験で分かっているからだ。
だが、彼女の反応は予想とは違っていた。
「ほら、そういうところだよ」
僅かな恍惚と多くの冷淡さを兼備した、薄笑いを浮かべている。
「こう言ったら、相手が満足するだろうっていうようなことを予想して答えを返してるでしょ。それが意図的なのかはわからないけど」
「……、そんなことないだろ」
本当にそうだろうか。
分からない。
透明な水に血液を流し込むように、赤黒い何かが僕の胸の内側に繁茂していく。彼女の言葉を否定することは容易だった。だが、否定したところで蟠りが溶けることは無い。
脊髄反射で飛び出した言葉を頼りに僕は神谷を見つめる。
「さっきだって、そうだった。私の予想を否定すれば文弥の否定と私の肯定の応酬になってさ、会話は見かけ上、盛り上がるじゃない?」
図星だった。
「私たちの間はさ、そういうの、止めにしない?ただ言葉を交換するだけの会話は飽き飽きなの」
彼女の言葉が、これまで浴びせられた中で最も鋭利な言葉が、僕の首元に突き立てられている。
僕の言葉は虚ろだったのだろうか。神谷は先の言葉を虚ろだと受け取ったのだろう。
だが、本当にそれは空虚だったのか。
神谷が感じただけではないのか。
今の僕に、どちらが正しいかを判別する術はなかった。
何を経れば、分かるようになるのだろう。
いつになったら分かるのだろう。
メビウスの帯のように、どこにも繋がらない問が、頭の中に残留する。
知らず、僕は俯いていた。氷が溶けきって、美味しさの薄まったフラペチーノが居心地悪そうに佇んでいる。
ストローに手を伸ばそうとする。
乾いた喉を潤したかった。
その手が震えているのに気付いて、手を伸ばすのを止めた。
代わりに、僕は彼女の方を見る。
彼女の顔がよく見えた。
彼女は——、神谷は笑っていた。
それを見て、僕はただ、ぎこちない笑みを浮かべただけだった。
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