最高の青春を描いた短編だ。
作者が得意なのはサスペンスだ。報われない愛、インモラルな愛、それから終る愛。
そんな彼が清冽な青春小説を描く。まっすぐな恋愛を、抑えきれない好意を、好きという気持ちが昂るあまりすれ違ってしまう十代の恋を。芸風が広い作家・漫画家が最高だと思っているので、作者のことをもっと好きになった。
いや、サスペンスが得意だからこそ、本当に自分のことを好きなのかという宙ぶらりんにされた気持ちが書けるのだろうか。
それはさておき、もう彼氏が自分を愛していないんじゃないかという不安と対比させるような、五感で味わえそうなツーリング描写の爽やかさもいい。バイクに興味のなかった自分も思わず免許を取って聖地巡礼したくなった。
山道も、川沿いの道も、風のにおいも、まるで目の当たりにしているかのようだ。
コロナ禍で忘れかけていた旅をする喜びを思いだした。
折りに触れて読み返したくなる、愛すべき作品だ。
大井川鐵道の奥大井湖上駅で有名なのが、ハート形の南京錠である「恋錠」。これを買って二人で駅の南京錠をかける場所にロックすると二人の愛は永遠に結ばれるとか。遠距離恋愛中の千佳と陽太はそんな湖上駅で待ち合わせをすることに。しかし、遠距離恋愛の難しさから、ここ最近の二人は少しすれ違い気味。久しぶりの再会なのにLINEも既読スルーされるという冷戦状態で……。
東京でいかにもキラキラした生活を送る陽太と、地元から出られない自分を較べて不安に思う千佳。おかげでどんよりした雰囲気が漂い、二人の関係が心配になってついつい読み進めてしまう。
そして、その淀んだ想いと対比されるように湖上駅までの道のりの情景描写が非常に美しい。大きな湖の上にある自然豊かな奥大井湖上駅をバイク乗りの千佳の視点からしっかり魅力的に書いている。遠距離恋愛に悩む男女二人の思いを描いた恋愛小説であると同時にバイクで自然の中を走る楽しさを描いたツーリング小説でもある作品だ。
(「ご当地小説特集」/文=柿崎 憲)