100分後に死ぬ大統領

「A国、核ミサイルを1000発、発射するも隕石撃墜に至らず。以前、状況に変わりありません」

「報告ありがとう」

 大統領室で秘書官からの報告を聞き、私は「やはりな」と思った。やれやれ、こんな土壇場で発射するくらいなら、なぜ最初から我々と共同路線を取らなかったのだろうか?きっと、我々が隕石撃墜を達成するはずと高を括って居たのだろう。

「地球上に存在する核ミサイルの残存数は?」私は秘書官に尋ねる。

「あと4892発です」

  落下まで2時間切っている今ですら、全体の1/3が出し惜しみされている。この場に及んで我々に協力しない国は、いったい何を考えているのだろうか?


「B国とC国の首脳に繋げ」私は秘書官に命令する。秘書官は背の高い30代半ばの女性で名前をミアといった。肩下まで伸びる金髪をポニーテールに結んでおり、スレンダーな体型もあって黒のスーツが良く似合った。彼女は返事をした後、一度部屋を退出した。B国はデータ通りならば2887発の核ミサイルを保有しており、同時に現状世界一核兵器を所持している国家だ。C国は1067発保有しておりこの2か国が協力すれば、現存する約8割の核兵器を巨大隕石に打ち出す事が出来る。


 5分後、C国の首脳とホットラインが繋がった。

「手短に話す。まだ間に合う、C国の保有する全ての核を隕石に打ち込め」

「断る。元々15000発撃ち込んでもアレは破壊出来ない計算だったし、我々にはすでに隕石落下後の備えもある。交渉の余地は無い」

「後悔するぞ?」

「いつまでも自分達だけが先進国だと思わないことだ。では、無事を祈るよミスタープレジデント」

 一方的に通話は切られた。屈辱感が頭の天辺から足の先にじわりと広がる。が、怒っている時間は無い。次のB国との連絡を待つ。


 C国との会合から5分後、ミアから報告が上がった。

「B国、一切連絡が取れません。現地の諜報員によると、B国の高級幹部らは皆シェルターに避難した可能性が高いかと」

「わかった、引き続きB国には連絡を取り続ける様に指示を出してくれ」


 ミアは頷くと、足早にドアから退出した。私は立ち上がり窓辺から景色を眺め、思考する。これは想像でしかないが、B国とC国のトップ陣営はこの大災害から自分達は生き残るのだと錯覚しているのだろう。隕石衝突後、世界の覇権を握るために武力を温存しているのだ。もしこの馬鹿げた想像が本当ならば、いくらなんでも現実が見えていなすぎる。直径150㎞の隕石だぞ?白亜紀を終わらせた化け物の更に10倍のサイズだ。まるで神そのものが地上に降り注ぐようなものだ。直撃すれば間違いなく文明は崩壊する。だからこそ、我々は一致団結して今持ちうる最大の火力で隕石に立ち向かうべきだった。例え地球上の15000発で隕石の破壊は出来なくとも、軌道くらいなら変えられた十分に可能性はあった。


 が、出来なかったことを悔やむのは今やるべき事では無い。次やるべきは国民の避難だ。一人でも多くの生存者を出すために今やれることを全力でするべきだ。ミアを呼び戻し、国民の避難状況を確認させた。北部は概ね避難が済んでいたが、南部には避難が終わっていないエリアが多数見受けられた。我々は、対策を練り指示を出す。


 避難要請の最終チェックを開始してから15分後、プライベート用のスマートフォンに長女から電話がかかってきた。一瞬、手が止まった。着信に出たいという欲求が、私に強く襲いかかってくる。


 私はその衝動をひとつのイメージとしてここに提示する事が出来る。舞台は炎天下の乾いたサバンナだ。半年続く深刻な水不足で一頭のインパラが目も見えないくらい弱っている。それを見つけたのは同じく飢えで命の灯火が消えかけているヒョウだ。彼が思う事はたった一つ。


「喰らいたい」


が、私は寸前で堪えた。まだ全国民への避難の対応が終わっていない。まだやるべきことが残っている。私は机の上で震えるスマートフォンを無視した。


 正直な所、私はもうここから何もかも捨てて逃げ去りたかった。しかし大統領という地位が、国民の安全を守るという義務が、そして計画を失敗したという責任が私から逃亡を許さなかった。考えてみると自分はこの国で一番権力を持っているはずなのに一番縛られている奇妙な状態であった。それは泥の鎧を着ているような不気味さだった。泥は私の手足の自由を徐々に奪い、最後には固く乾いていく。一見それは強固なガードに思えるが、同時に身体は指一本も動かなくなる。あぁ、なんという不自由さなのだろうか!?


 やれやれ、何を考えているんだ私は。まだやる事が山ほど残っている。仕事に戻らねば。


「大統領、約束の時間になりました。さあ、シェルターに逃げましょう」

 隕石落下まで残り30分を切った時、ボディガードのリーダーが告げる。彼の名はリアムで身長は190㎝、筋肉隆々の巨漢で元々は陸軍の特殊部隊に勤務していた。ここからシェルターまでの移動時間は10分。彼らのことを考えると流石にこれ以上はここに留まれない。私は撤退の指示を出した。シェルター直通のエレベーターまでは徒歩で移動した。その間、4人の屈強な男達と美しい秘書官に囲まれながら、私は長女のスマートフォンにリダイヤルした。しかし、電波が届いていないため通話が繋がることは無かった。彼女は自分の家族と共にもうシェルターに避難したのだろう。ホッとしたと同時にあの時電話に出なかったことを後悔した。もう娘とは二度と話せないかもしれない。

 

 電話を胸元のポケットに戻すと、私はミアに質問した。

「ハンナはどうしている?」

「ファーストレディはあなたの娘夫婦のシェルターに避難されました。報告が遅くなって申し訳ありません」

 彼女の報告は至って事務的で、感情の起伏や抑揚なんてものは感じられなかった。流石、プロだ。そっけなさ過ぎて悲しくなってきた。「わかった」と、私は不快感を悟られぬ様、短く彼女に告げた。


 10分後、ミアと一緒に付いてきたボディガード4人を加え、6人で地下シェルター行きのエレベーターに乗り込む。3m四方の広さで床以外は真っ白だった。シェルターは地下100mに位置しており、籠の速度は分速100mなので、所要時間は1分だ。到着まで目的地に到着するまで私はふとボディガードらの顔を順に眺める。20分後には死ぬかもしれないのに彼らは職業的無表情を保っていた。死ぬのが怖くないのだろうか?それとも私みたいに叫びだしたい衝動を我慢しているのだろうか?

「リアム、君は隕石落下が怖くないのか?」私は沈黙を我慢できず、ボディガードのリーダーに尋ねた。

「んー、正直怖いです。しかし、だからといって仕事を放棄する事は出来ません。あなたが最後まで国民を案じた様に」

「なるほど。しかし、私は何も出来なかった。アンゴルモアは我が物顔で地球に腰掛ける。きっと無知の虎は森でウェルダンのステーキにされるだろう。食いしん坊のシロナガスクジラはグツグツと煮込まれたシチューに早変わり。そして哀れな我々はこうして地下深くに埋葬されてしまった。まだ生きているのにも関わらず......だ」

「ミスタープレジデント。あなたは何も悪くありません。最善を尽くしました。我々はあなたに感謝しています」

「ありがとうリアム、その言葉で救われたよ」

 気が付いたら、私の目から一筋の涙が零れていた。人前で泣いたのなんていつぶりだろうか?その雫には人類を救えなかった悔しさと自分の仕事が誰かに認められたことに対する嬉しさが奇妙に入り混じっていた。


 地下100mに到着し、エレベーターの扉が開く。そこには10人程度が辛うじて生活出来るだけのスペースと約3か月分の食料品の備蓄があった。シェルター内部は蛍光灯で照らされ、コンクリート打ちの無機質な壁はどことなく地下鉄駅を連想させた。部屋の中心には長机が置かれ、合計10個に背もたれと肘掛けのついた椅子が並べられていた。私は椅子の1つに腰掛ける。ミアはその右隣に座る。ボディガード達は座らずに私の周りを囲むように立っていた。


「大統領、あと私に出来る事はありますか?」と、ミアは心配そうに尋ねる。

「我々は全力を尽くした。あとは神に祈ろう」と、私は毅然とした態度で返す。


 私は座りながら祈りのポーズをする。目を瞑って祈るべき事を考える。でも、私の脳内に最初に浮かんできた言葉は祈りではなく後悔だった。


「最後に家族と喋りたかった...あぁ、神様......なぜ......」

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100日後に死ぬ人々 日高 隆治(ひだりゅー) @r-hidaka

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