遊歩道の小屋

ツヨシ

第1話

高山といっしょにハイキングに行った。

胸糞悪い現実空間から逃げ出すために。

この山はいい。

遊歩道は整備され、景色も最高だ。

とるにたらない話をしながら二人で歩く。

遊歩道も半ばに差し掛かったころ、遊歩道から少し離れたところに質素な小屋が見えてきた。

最近建てられたという休憩小屋だ。

ある事故がきっかけとなったらしい。

詳しくは知らないが、どうやらこの遊歩道で誰かが死んだようだ。

それで無理せず休んでくださいね、ということで小屋が建てられたのだ。

しかし子供や高齢の者でも行って帰れるこの遊歩道で死ぬなんて。

どこか体でも悪かったのだろうか。

俺にはわからないが。

気づけば高山が遊歩道を外れて小屋の方へ歩いてゆく。

「どうした」

「いや、ちょっと寄ってみようかと思って」

俺は少しも疲れていないし、高山も同じはずだが、中を覗くくらいならいいかなと思った。

二人して小屋に入った。中は十畳ほどの広さがあった。

何もない。

ただ板張りの床があるだけだ。

高山が床に座ったので俺もそうした。

そのまま黙ってそうしていると、高山が床に寝転がった。

そしてしばらくすると、寝息が聞こえてきたのだ。

高山があの程度歩いただけで疲れるわけがない。

すると夕べあまり寝付けなかったとか。

そんなことを考えていると、高山が何やらぶつぶつと言い始めた。

寝言かと思って聞いてみたが、何を言っているのかはわからない。

すると高山が突然がばと起き上がり、慌てた様子で荷物を手にすると、小走りで小屋を出て行った。

一瞬あっけにとられたが、急いで高山の後を追った。

小屋を出ると、高山は相変わらず小走りで遊歩道を進んでいる。

走って追いついた。

「おい、どうした?」

「聞いたか」

「聞いた? なにを」

「女の声」

「女の声?」

「そう、女の声だ。こっちに来てと、何度も言っていた」

俺は女の声なんか聞いてない。

状況から見て高山が夢でも見たんだろうと思った。

高山が小走りを止めて普通に歩き出したので、俺もそれに合わせた。


遊歩道の終着点はまさに絶景だった。

青々と広がる山々の先には海が見える。

そして小さく見える島々。

この世の天国だと思った。

それらを眺めながら昼食を取り、軽く談笑した後に下山した。

下山の途中で当然のことながら、さっきの小屋の前を通る。

小屋を見た高山はわかりやすく嫌な顔をした。

男二人しかいない小屋の中で女の声を聞いたと高山が本気で思っているのなら、そりゃあ嫌な顔の一つもするだろう。

二人して小屋を通り過ぎる。

すると高山が突然振り返り、小屋に向かって歩き出した。

「おい、どうした」

返事はない。

高山はそのまま小屋に入った。

俺が小屋に入ると高山は床に座っていた。

「おい、いったいどうしたんだ」

やはり返事はない。

高山は目を開けてはいるが、どこを見ているのかはわからなかった。

少なくとも俺を見ているわけではない。

そして気づけば、高山はなにかをぶつぶつとつぶやいている。

俺が高山の肩に手をかけようとした時、高山の背後から何かが出てきた。

顔だ。

青白い女の顔だけが、高山の肩の上あたりに現れたのだ。

そしてその顔は不気味に笑いながら高山を見て、俺を見た。


       終

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遊歩道の小屋 ツヨシ @kunkunkonkon

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