帰郷

きと

帰郷

「あれ!? もしかして、悟志さとし?」

 そう声をかけられた男は、目線を声がした方に向ける。

 そこには、自分と同じくらいの二十代後半の女性が立っていた。

「えっと、俺は悟志で間違いないけど……。あなたは?」

「ほら、小学生の時、一緒に遊んだあかりだよ。覚えてないかな?」

「ああっ! 思い出した!」

 あかり。確かに、その名前は覚えている。

 悟志が小学生まで住んでいたこの街で、よく遊んだ女の子の名前だ。

 言われて思い出した。何せ小学生の時、以来の再会だ。むしろ、覚えていたあかりの記憶力が優れていると言えるだろう。

「にしても、よく分かったな。もう年を取ったから、普通分からないだろ」

「いやいや、なんだか雰囲気ふんいきが残っていたからさ。それよりも、どうしてここに?」

「いや、ちょっとね……」

 そうにごした悟志を、あかりは疑問に思ったが特に追求することはなかった。

 せっかくの再開だ。無理に聞き出して、空気が悪くなるのは避けたい。

「ねぇねぇ、この後時間あるなら、一緒に遊ばない? 私も暇だからさ」

「それなら、昔、一緒に遊んだ場所を巡りたいんだが……」

「オッケー。それじゃあ、最初は小学校までいこっか」

 それから、二人は思い出の場所を回った。

 かつて通った小学校。

 靴飛ばしをして遊んだ公園。

 小銭を握りしめて通った駄菓子。

 昔はなんだか大きく見えた遊び場も、大人になると小さく見える。

 そのことに寂しさを感じたが、悟志とあかりは、久しぶりに遊ぶことが楽しかった。

 最後に、二人はお祭りが開かれていた神社に来ていた。

 もちろん、今はお祭りなど開かれていない。

 静かな神社で、二人は境内けいだいをゆっくりと歩いていた。

「いやー、いろいろ行ったねー」

「そうだな。楽しかったよ」

「私も」

 二人の会話は、短いものだったが、それでも心地よさを感じていた。

 その時、ポツポツと雨が降り始める。

「うわ、降ってきたね。天気予報だと降らないことになってたのになー。雨宿りしよっか」

 あかりは、周りをきょろきょろと見渡す。

 幸いなことに、神社の境内に雨宿りができそうな建物を見つけた二人は、そこに駆け込んだ。

 時間にすると五分もかかっていないはずだが、それでも雨は強くなっていた。

「うーん、このまま出ていくのは無理そうだね」

「通り雨だと思うから、すぐには止むだろうけどな」

 その会話を最後に、二人の間に静寂せいじゃくが訪れる。

 あかりは、ちらりと悟志の方を見る。

 ――なんだか、浮かない顔しているな。

 そう思ったあかりは、声をかけてみることにした。

 ただ単に、雨でテンションが下がっているだけだと思ったから。

「悟志、どうしたの? なんだか暗い顔してるけど」

「……いや、なんでもないよ」

「そんなこと言って、何か隠しているんじゃ?」

 そう言って、にやにやとした笑みを浮かべるあかり。

 からかうなよ。そんな感じで、返してくれるものだと思ったが、違った。

「……そうやって、あかりも俺を馬鹿にしているのか?」

「……え?」

 先ほどまでの、声色とは明らかに違う、怒気を含んだ声。

 いったいどうしたというのだろう?

 呆然ぼうぜんとするあかりに、悟志はまくしたてるように、言葉を放つ。

「はじめに会った時、どうしてここに来たのか聞いてきたよな? 教えてやるよ。俺は、会社でのけ者にされて、離職中なんだ。その傷をいやすために来たんだよ。ここなら、俺を覚えておる人なんていないから、思い出に浸って癒されることができると思ったからな。でも、それがどうだ! あかりと再会したじゃないか! どこに行っても俺をどこか馬鹿にする奴がいる! なんなんだよ! もう、誰かに馬鹿にされるのなんてうんざりなのに!」

 はぁはぁと、息を切らす悟志さとしは、あかりの顔を見る。

 その顔は、困惑こんわくでいっぱいだった。

 やってしまった。

 そう思ったが、もう取り返しのつかないことをしてしまっている。

「……ごめん、俺、もう行くよ」

 悟志はあかりに背向けて、雨の中に飛び出した。

 だが、その足はすぐに止まる。

 あかりが、悟志の背に抱き着いたから。

「……何してんだよ。もう俺なんて、嫌いになっただろ」

「たった一度、喧嘩けんかしたくらいで、嫌いになるほど私は冷たくないよ。私さ。嬉しかったよ。本当のことを言ってくれて」

 自分にそんな優しさをくれる人がいるのか。

 雨で濡れていた悟志の顔が、別のものでも濡れる。

「……もしこれから、どうするか決めかねてるならさ。この街で暮らさない? そうしたら傍にいてられるから」

「……ありがとう」

 雨の中、二人の距離は、子供だった頃よりも近づいていた。

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帰郷 きと @kito72

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