第5話

 その白い和紙の封筒の様な物の端をめくって剥がして、中を見たい衝動にかられたが、結局は止めてそのままにして部屋を出た。 ドアを閉めて廊下に出るとホッとした。  安堵のため息をつきながら急いでエレベーターに乗り、降りると、足早にフロントへ近付いた。                 昨夜の夜勤勤務のフロントの男達が立っていた。私を見た二人のテンションが上がった。たが彼等は興奮を抑えながら言った。   「おはようございます。」、        「森田様、おはようございます。」     私に部屋があると言った方の男は私の名前(偽名)を呼びながら挨拶をした。私も挨拶を返した。               そして、私はやっとチェックアウトできた訳だが、その間にこうした会話があった!! 「昨夜はよくお休みになられたでしょうか?」                 森田様と言った方の、髪が少しウエーブがかった朝黒い男が、興味津々な顔付きで聞いてきた。                 「エッ?」               もう片方の、色白でストレートヘアの方も私の顔を覗き込む。            (今書きながら、この男達の特徴が頭に浮かんで来た。)               私は二人を交互に見た。         ウエーブヘアが探る様に聞いた。     「変わった事はございませんでしたか?」 私はなんと返事をして良いか迷った。   「…あぁ、はい。」            本当はあったのに、何故か言いそびれてしまった。私の顔を真剣な表情で覗き込むこの男達の眼差しに、圧倒されてしまったのだ。 もしあると言えば、もっと突っ込んで聞いて来るかとか思い、余り説明をしたくなかったのかもしれない。            まだ若かった私は物怖じしてしまったのと、あんな経験を話したくなかったのだと思う。何せ本当に恐くて嫌な部屋だったし、そんな思いをしたのたから。          二人は私がそう答えると驚いた顔をした。 そして互いの顔をチラッと見た。     だが直ぐに元の営業用のホテルマンの顔に戻った。ニコニコしながら私から鍵を受け取った。そうしてから深々と頭を下げた。   「ありがとうございました。」      私は行こうとしたが、思い切って口を開いた。                  「あの…。」              私が何か言いかけると二人はハッとして私の顔を見た。               「あの部屋って…、」           二人が急いで頭を又深々と下げた。ウエーブヘアが先にやると、直ぐにもう片方もそれに合わせて深々と頭を下げて、二人して又礼を言った。「ありがとうございました。」、と。                  そうしてそのまま頭を上げない。下げたままだ。私が去るのを待っているのだ。あの部屋に付いて質問されたくないのだ。     頭を絶対に上げない彼等に、仕方無く私は振り返り、数歩歩き出した。        すると直ぐにこう聞こえた。ストレートヘアがこう言っていた。           「何でもなかったのかな?」       「分かんねー。」            「外人だと、平気なのかな?!」     ウエーブヘアは返事をしない。      外国人やそうした系列の人間にあれは感じない、害がない。そう思ったのかもしれない。だがそれは関係ない!!私はあんな恐い思いをしたのだから!!           私は何か不愉快に感じながらも職場のアメリカ軍関係のホテルヘ行き、着替えると持ち場の飲食店に入った。           皆川さんにその話を思い切って話した。ホテルを渡り歩いて来たこの人は、色々とホテルに付いて詳しい。良く色々な話を聞かせてくれていた。だから、話してみた。     「〇〇さん、又ディスコに行ったの?で、ホテルに泊まったんだー。」        「うん、そう。ねー、皆川さん、あれどう思う?!」                「アハハハ。〇〇さんねー、開かずの間に泊まらされちゃったんだよ!」       「エッ?!じゃあやっぱりあれそうだったんだ!!」                皆川さんは面白そうにニヤニヤしている。 「じゃあ、あのボソボソ声は?」    「自殺だよ。心中したんだよ。窓から飛び降りたんだね。」             「うわぁ?!」             「よくあるんだよ?ホテルはね、自殺が。そして飛び降り自殺も。」         「そうなの?!」            「だからもうできない様に、網が張ってあるんでしょう。全室全階が、もうそうな筈だよ。」                 「じゃあ、あの絵の額縁の裏に貼ってあった紙は?」                「そうか、〇〇さんは見たことないかぁ!御札だよ。」               「御札?」               「だからさ、そうした出る部屋には御札を貼るの。だけどお客には分からない様に、見えない所に貼るの。」           「でも出たじゃん?!現にそんなボソボソ声が聞こえたし、あんなに冷たくて嫌な雰囲気で、寒いしさ!!」           「だからさ、御札がなけりゃあもっと酷い事になってたんだよ、その部屋。だから結局貸しても、みんながそうした苦情を言って来るから、使えなくなっちゃったの!!」   「そんな所に泊めたんだー?!」     「だから〇〇さんねー!その御札を剥がしていたら、大変な事になっていたよ?もう今頃ここにはいないよ?!今頃はもう、あの世に行っていたからね。」          「うわあ、嘘?!恐〜い!!」      「そうだよ、恐いんだよ〜?!」     皆川さんにそう言われて私は本当にあの御札を剥がさなくて良かったと思った。    それから10何年が経ったのじゃないかな?私が30代の時だ。もうその出来事は忘れていたのだが、当時テレビで毎週心霊番組を やっていた。              若い男性歌手のグループの一人が司会をしていて、子供達が10人位出ていた番組だ。 その中では視聴者から送られたエピソードを再現ドラマにしたり、視聴者からのハガキの質問を読んで、それに霊能力者が答えたりする、1時間物の番組だった。       それを殆ど毎週見ていたが、ある時だ。番組の中では心霊スポットを幾つも紹介していた。その中の幾つ目かの箇所で私はハッとした。話を聞きながら画面を凝視した.。 「アッ、じゃあここ〜?!」         それは東京の某ホテルと言っていたが、あのホテルだと思った。           その東京のホテルの、8階だかの上の階の部屋で、中年の男と若い女が飛び降り自殺をしたそうだ。男は結婚していて、不倫関係でのもつれから、二人は心中したそうだ。それからはそこは出るからと、開かずの間として、今は使用していないそうだ。       あそこだろう、これは?私はそう直感した。(完.)

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恐い部屋 Cecile @3691007

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