第3話特別な夜

学園生活初日の夜、俺とカムイは、いつもとは違う場所で宿を取ることにした。というのも、普段とは違う状況下にあったからだ。俺とカムイは手を繋いでいた、というより今も繋いでいる。いつもは俺の事を「兄貴」と呼ぶカムイだが、今は機嫌が良いのか、俺の事を「兄さん」と呼んでいる。悪くないが、慣れないからか少し照れ臭い。歩き慣れた道もいつの間にか過ぎてしまい、見た事ない綺麗なお姉様方、いかにも金持ちそうなおじさま方が沢山いるところまできてしまっていた。さすがに当たりを見回して、何もわからないほど俺とカムイは無知では無い。しかし、ここで引き返すと、何かを意識しているみたいで恥ずかしいから、互いに引き返そうとは言えなかった。俺とカムイは、ほぼ同時に手をモゾモゾして繋ぐのをやめてしまった。その時、カムイの顔は、火を吹きそうなほど真っ赤になっていて、俺も自分の顔が赤くなっているのがすぐにわかった。「ほら、あそこの宿にしよう。話しておきたい事もあるんだ、早く行こう、疲れたし。」間が持たなくなったから、無理やり目に入った宿に決めてしまった。金なら心配ないが宿の立地的にいろいろ心配だ。だが、あの空気は恥ずかしくて耐えられなかった。「うん。行くぞ、宿に入ろう兄貴。」カムイがそう言った。あれ?兄さんって言ってたのに兄貴に戻っている。少し残念な気持ちもあるが、それはそれでかわいい。男みたいで、性格もあれだと思っていたが、かわいい一面もあるのがカムイの魅力なのかもしれない。いつまでも一緒にいたい、またそう思ってしまった。「俺も、簡単だな。」そう呟いて、先に宿に入ったカムイを追いかけた。中に入ると、ゴージャスなロビー、大人な雰囲気がプンプンするところで、嫌な予感が的中してしまった。俺は速やかに手続きを済ませて、カムイを連れて部屋に向かった。「しかし、今まで世話になった宿とは比べ物にならないぐらい金がかかってるな。どう考えたって闇に通じている感じがする。」俺が独り言のつもりで言ったが、「兄貴もそう思う?なんか嫌な感じがするんだよね。」どうやらカムイも同じ事を考えていたらしい。「まあ別に、兄さんと入れるならどこでも良いけど・・・」とカムイが小声でそう言ったが俺ははっきり聞こえてしまった。か、かわいい。俺はそう思った。「俺も同じだよ。」カムイを真似て、俺も小声でそう言ったが聞こえていたらしく、「兄貴のバカ。」と言い、また顔を真っ赤にしてしまった。こんな調子で大丈夫だろうか。ようやく部屋に着いたところで、「よし、早速風呂でも頂くとするか。先入りまーす。」と俺は宣言して、急いで風呂場に行こうとした。するとカムイが何やらボソッと言ったが聞き取れなかったのでスルーした。「はあー、今日は疲れたー。さて、どこからどう話せば良いか。」俺は風呂の時間を頭の整理に費やした。まず、レネットと名乗る女、帽子みたいなのをかぶっていて髪の色は見えなかったが、碧眼でかわいいの部類に入るだろう。顔も整っていたし、いや、顔を魔法でいじってるかもしれない。誰に聞いたのかは覚えていないが、魔法は無限、使う者の能力次第でどんなことでもできる、人を壊す事もそして、人を治す事も・・・という言葉は覚えている。なんにせよ、レネットからは何かを感じた。極め付けは、「記憶が無いんだー、親の事も、自分の事も。」という言葉だ。明らかに俺たちの事を知っているような口振りだった。「ちょっとー、兄貴いつまで入ってんの?」考え事をしていたからかずいぶん時間が経っていたらしい。「はいはい、そろそろ出るよ。」そう言ってもう少し考えてから出ようと思っていたその時、「もう良いよ、入るから。」カムイが風呂に入って来た。さすがに恥ずかしくなって出ようとしたら、「良いじゃん、一緒に入ろうよ。女の子同士なんでから。」そんな冗談をカムイが言って来たが、「俺は立派な男だ、顔は女っぽいかもしれないけどね。」そう言って出ようとしたが、カムイが手を掴み、「良いから、一緒に入りたい。兄貴、今日何かあったんでしょ?レネットだったっけ。宿で話すって言ってたから今話して、今ここで。兄貴、一人で背負い込むでしょ。これからは、そうはさせないから。」カムイが真剣な表情でそう言って来た。「わかった、ちゃんと話すよ。だけど、恥ずかしいから向かい合って話はしない。背中合わせで話す、狭いし。それで良い?」俺は照れながら、少しカッコつけも入れてそう聞くと、「うん、良いよ。」カムイは俺と背中合わせに湯船に浸かりながら、笑顔でそう言ってくれた。

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