第6話 いつか会える
「わたし、そろそろおいとましなくちゃいけないの。わけは聞かないで」
フィリマは、しおらしく言った。ここは平和公園、原爆の子の像の前だ。たくさんの千羽鶴が、像のてっぺんから虹のシャワーを流している。フィリマは、中区の賞品受け渡し所でおれを待っていた。原爆の子の像は、折り鶴のフレームを両手にかかげて、いまにも滑空しそうだ。
ゲームは言うまでもなく、おれの優勝だった。賞品を受け取り、自宅に帰ってきたおれは、思いっきりオヤジのお好み焼きを食べた。
御手洗からここに帰宅するまで、タクシー代が半端なかったが、それは言わないことにした。そして、平和公園でフィリマがなにか言いかけるのを、関係者が押しとどめる。おれも、なにも聞かないことにした。
おれも言いたいことはある。けどの、言ってもしょうがないと思うんじゃ。大切なのは、いっしょにフィリマといっしょに旅が出来た事で、ゲームの開始にはじまって、宮島での鹿、尾道の老婦人、御手洗の生花といった、一日の出来事じゃ。途中、わけのわからんこともあったし、思い出すことはたくさんあったが、おれは最後に考えた。フィリマのことは、このままにしておこう。あとに尾を引いてもなんにもならん。
平和公園の賞品授与式が終わると、おれはフィリマに、
「賞品をもらえたのは、あんたのおかげだ。山分け、しようや」って言うんだが、
「ご迷惑ですわ。魔法少女なんて」
会話がかみ合っていなかった。フィリマは、顔が真っ赤になっている。見れば原爆の子の像と、フィリマの顔はどことなく似ている。フィリマがいなくても、いつまでもこの像が思い出してくれる。
「なあフィリマ。あんたといっしょに旅が出来て、楽しかったよ。最後のスマホゲームの、『菅原道真の神社の、井戸の水を使って字を書いたらどうなるでしょう』というクイズ問題。字が上手になるなんて、あんたしか知らん話じゃったんじゃね」
「さあ、どうでしょうか」
微笑みを浮かべるフィリマ。
「さあ、どうか賞品を受け取ってきてください。ではわたしはこれで」
ていねいに、お辞儀をしてきびすを返し、平和公園を出て行く。
おれは、モニュメントの精と名乗る女の子に会った。そしていま、別れを告げて去っていく。別れてどうなってしまうのか、おれは知らん。人と会い、そして別れる。それで充分じゃ。ふしぎなことは、野の花のように、そっとしておくのが一番じゃろう。へたに踏み込んだら、思い出が傷ついてしまう。たとえそれが、やさしさに通じる思い出でも。
おれはそれから、このゲームのイベントには、関わっていない。スマホゲームもアンインストールした。
それからずっと、おれはフィリマのことが懐かしくはなかった。心の中に封印したんじゃ。フィリマのことを思い出さないわけはない。ゲームをまた、インストールしてプレイしたくなることもある。だけどそれは、フィリマのことを思うんじゃない。お好み焼きを焼きすぎて肩こり腰痛がひどいとき、フィリマと撮った写真や動画をながめるとき、そういうときに、自分の出来ること・出来ないことを考える。
「あいよっ。そば玉肉イカ天入り、いっちょ!」
おれの中のフィリマは、日常のなかにある。フィリマはいつでも、ありありとおれの中に見ることが出来るんじゃ。
スマホ写真の中のフィリマは、いつまでも若いままだ。ゲームをインストールしてプレイすれば、また会えるかもしれん。そのとき、どんな姿で現れるんじゃろう。
いつか、その日が来るとええけどの。(了)
スマホゲーム≪広島を巡ろう≫ 田島絵里子 @hatoule
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