第5話「審判の日」

 ケイの十八歳の誕生日。


 僕が審判の日と恐れていたその日。


 僕はケイにプロポーズをして、それを承諾された。


 そこまでは良かったが。


「ケイ」


「どうしたの?」


「もう眠るよ」


「おやすみなさい」


「じゃなくて」


 僕は布団に入ったまま横を見る。


 そこには僕と同じ布団の中に入っているケイの顔が見えた。


「部屋に戻りなさい」


「や」


 可愛く断わられた。


「おやすみなさい」


 そう言うとケイは布団にもぐるように頭を隠した。


「こら。逃げないで」


「いいでしょ」


「良くない」


「もう夫婦だし」


「まだ違うからね」


 役所に婚姻届を出すまではまだ夫婦ではない。


 というかまだお互いの両親に許しを得たわけでもない。


「ケイ」


「……………」


 ケイはあからさまな寝たふりをしていた。


「まあ、いいか」


 ケイを追い出せないと判断してそのまま僕も布団に入り眠りについた。


          *


「ユウ君。朝だよ」


 目を開けるとケイの顔があった。


「おはよう。ユウ君」


「ああ。おはよう」


 昨日の出来事を思い出しながら僕は起きあがった。


「どうぞ」


 顔を洗ってくると朝ごはんが用意されていた。


「いただきます」


 朝ごはんを食べて、のんびりしていた。


 寝る前のやりとりが段々と鮮明に思い出されていく。


 ニコニコとしているケイの表情が、あれは夢ではなかったと教えてくれる。


「どうしよう」


 急に怖くなってきた。


「ユウ君。どうしたの」


 ケイが心配そうに僕の顔を覗き込む。


「おじさんとかおばさんにどう説明しよう」


 なんて言えばいいだろう。


「そのまま説明すればいい」


 ケイは簡単に言ってくれるが実際には色々と問題がある。


「うちの母さんにも……うちの母さんは別にいいか」


 うちの母はあっさり認めてくれそうな気がする。


 うちはいい。問題はケイの両親だ。


「お父さんとお母さん。呼んでくる」


「えっ」


 ケイは迅速に動き出す。


「少し待っていて」


「ケイ。待って」


 心の準備が全然できていない。


 呼び止めるとケイが止まった。


「結婚してくれるのは嘘なの?」


 今にも泣きそうな顔でケイは不安そうに聞いてきた。


「違うよ」


 さすがにそんな嘘はつかない。


「今日は君の誕生日だぞ」


「だから」


 そんな日に結婚の報告をして断られでもしたらせっかくの誕生日が台無しになる。


 そう説明をした。


「大丈夫」


 ケイは自信満々で答えた。


「絶対に大丈夫だから。今呼んでくるね」


 その自信の根拠か知りたかったけど聞く前にケイは行ってしまった。


「ユウ君。準備できたよ」


「早いよ」


 あっという間に準備が出来る。


 心拍数も大分上がってきた。


 息を整えて部屋に入る。


 そこにはおじさんとおばさんとおばあちゃんがいた。


『娘さんを僕にください』


 という出来事をこれからやろうとしている。


 できたら日を改めて挨拶に来たかったのだけれど。


 まあしょうがない。


 どっちにしろ避けては通れない道だ。


「今日はどうしたんだい。悠馬君」


「改まって話ってなにかしら」


 おじさんとおばさんはそう言った。


 ケイは期待に満ちた目で僕を見ている。


 ここで言わなければ男ではない。


 その前に喉がカラカラになっていたことに気付いてお茶を飲んだ。


「子供でも出来たのかい」


「ぶっ」


 急におばあちゃんがそう言ったせいで僕はお茶を吹き出しそうになった。


 落ち着け。


 改めて息を整える。


「おじさん。おばさん。……いえ、お義父さん。お義母さん」


 二人を交互に見る。


「娘さんを、僕にください」


 そう言っておじさんに頭を下げた。


「おや、二人はまだ結婚していなかったのかい」


 おばあちゃん。


 今大事な場面なんだけど。


 頭を下げたまま心の中でそう突っ込んだ。


「蛍からユウ君との結婚話を何度も聞いているからもう結婚していたと思っとったよ」


 おばあちゃんは許してくれたようだがおじさんとおばさんの反応が気になる。


「悠馬君」


「はい」


 おじさんに名前を呼ばれて頭を上げた。


「娘をよろしく頼む」


「はい」


 おじさん改めお義父さんの許しをもらった。


「昔から息子同然だったからね。本当の息子になってくれて嬉しいわ」


 おばさん改めお義母さんもおばあちゃんと同じようなふんわりした感じだった。


 こうしてあっさりとケイの両親から結婚の許しを得た。


 余談ではあるが、母へは電話で連絡した。


「母さん。結婚しようと思うんだ」


「そうか。良かったな。蛍ちゃんによろしく」


「えっ」


「じゃあな」


 相手が誰かも言っていないにもかかわらず母はそう言うと電話は十秒足らずで終わった。


 その後で行われた誕生日会の時。


 友達同士で祝っていた場に僕は連れてこられた。


 友達だけの場に僕が付いていっていいのかと聞くと、軽音楽部のメンバーが中心に来るからとのことだったので一緒に出掛けた。


 卒業していった初期のメンバーとは卒業式以来だった。


「私、ユウく……悠馬さんと結婚します」


 ケイの爆弾発言が飛び出した。


「結婚?」


「婚姻届は出したの?」


「気が早い。……早くないか。蛍も十八だもんね」


 高校卒業と同時に十八歳で結婚した人物がいたせいでそこまで驚かれなかった。


 その場には在校生もいたので僕の今後の教師生活がどうなるのか少し不安になったけどみんなから盛大に祝福された。


 審判の日。


 僕が十年間恐れていたその日。


 その日が終わりを告げようとしている。


 三日連続で泊ることになった松宮家の一室で僕は眠りに着こうとしていた。


 ケイは当然のように布団に入ってくる。


 昨晩より自然に入ってきて僕も自然と受け入れていた。


「なんか疲れていない?」


「最近大変だったから」


 色々な事を考えすぎて頭が少し痛い。


「でも良かった」


 ケイが僕を見て微笑む。


「ユウ君がプロポーズしてくれて」


「君が理想だって言っただろう」


「でも結婚する気はなかったでしょう?」


 ケイの目が少し怖くなった。


「どうしてそう思ったの?」


「誕生日の時に顔が引きつっていた。一瞬だけど毎年必ず」


 完全にばれていた。


「だから嬉しかったよ。プロポーズしてくれて」


 ケイは満面の笑みを浮かべた。


「不束者ですが、これからもよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 ケイのこの笑顔を絶やさない。


 そう心に誓った。


「幸せにしてあげるからね」


「それは僕のセリフだよ」


 もう十分に幸せだよと思いながら僕はケイの頭を撫でた。

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