第4話「前夜祭」
「━━━━君。ユウ君。起きて」
「……………ケイ?」
目を開けるとケイが僕の顔を覗き込んでいた。
「おはよう。ユウ君」
「……おはよう。ケイ。……ここは?」
僕が目を覚ました場所は見慣れた部屋だった。
でも自宅じゃない。
松宮家に泊った時に使わしてもらっている部屋だ。
泊るのは大分久しぶりだけど部屋の様子はあんまり変わっていなかった。
「僕はどうしてここに?」
「憶えてないの?」
「……ええっと」
昨日は確か、修吾と会って、修吾が帰ってからも呑み続けて。
そこで記憶が途切れている。
「フラフラになりながらうちに来たの。玄関で倒れたから私がここまで運んだ」
「ケイが?」
「うん」
「一人で?」
「うん」
この小柄な少女のどこに大人の男を玄関からこの部屋まで運ぶ力があるのかと思ったけど、思い返すと昔からケイは見た目より力持ちだ。
「そうだったのか。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
突然酔って訪れるなんて、ケイを始め松宮家の方達に迷惑をかけた。
おじさん達に挨拶をしてすぐに帰ろう。
と思って立ち上がったら僕の腹が鳴る音が聞こえた。
「ふふ」
ケイに笑われた。
「朝ごはんの用意するね」
「いや、流石にそこまでは」
「遠慮しないで。用意が出来るまで顔でも洗って来て」
ケイを止めようと立ち上がろうとしたら再び腹が鳴った。
ケイは声に出さなかったが再び笑った。
「五分で出来るから」
「わかった」
朝食だけ頂いていこう。
ケイは僕の朝食の用意のために部屋を出ていこうとして一瞬止まった。
「ユウ君。約束まであと一日だよ」
そんなケイの言葉で最後の一日が始まった。
*
「いただきます」
居間のこたつに入ってケイの用意してくれた朝食を取る。
「ケイ。おじさんとおばさんは」
「朝早くから出掛けていった」
「いないのか。迷惑かけちゃったから謝りたかったのに」
そう言うと部屋の襖が開いた。
「迷惑なんかじゃないよ」
「おばあちゃん」
「ユウ君は家族なんじゃから。ゆっくりしていくとええ」
おばあちゃんはそう言うとこたつに入った。
「ごはん食べたら帰るよ」
「何か用事でもあるのかい?」
「いや、特にないけど」
「ならええじゃないか。うちでゆっくりしていきなさい」
「そうだよ。ユウ君。歩いている時まだ少しフラフラしてたし」
ケイとおばあちゃんにそう言われて、その後は本当にゆっくりしていた。
ゆっくりしすぎた。
なんだかんだで結局一日ケイと一緒にいた。
そのまま松宮家で夕飯を御馳走になるまでいて結局三食世話になった。
風呂までいただいてすっかりくつろいでしまった。
今日も泊っていきなさいとおじさん達に言われてすっかり帰るタイミングを失って居間でテレビを見ていた。
「ユウ君。どうぞ」
ケイがテーブルにケーキを置いた。
僕の分だけでなくケイが食べる分もあった。
「誕生日は明日だろう」
普段ケーキはケイの誕生日とクリスマスしか食べない僕はケイにそう言った。
「いいの。前夜祭だよ」
ケイは気にせずケーキを食べる。
ケーキを食べ終わるころにはテレビもニュースだらけになって見る番組がとくになくなった。
「何かやるかい?」
古いゲーム機を指さした。
「じゃあ、これにする」
ケイはカセットをセットしてコントローラーを持って座り込む。
昔のように膝に座ることはしないが横にそっと寄り添った。
始めたのは対戦型の格闘ゲーム。
キャラクターを変えながら何度も一対一の戦いを繰り広げる。
昔は僕の方が上手かったけど今ではケイの方が若干上手い。
勝率は四割くらいだ。
「ケイ。一つ聞いてもいいかな」
画面を見てコントローラーを操ったまま僕はケイに尋ねる。
「いくつでもどうぞ」
ケイも画面から目を放さずにそう答えた。
「約束のこと。どういう内容か憶えている?」
「十年経って、私がユウ君の事を好きだったら、ユウ君が私と結婚してくれる。それが約束」
ケイは即答した。
ちょうど対戦がケイの勝利で終わった。
ケイはコントローラーを置いて僕の方を向いた。
僕もケイと向き合う。
「約束の内容が違うものだと思ってた?」
「うん。随分と情けない姿を見せてきたわけだしね」
落ち込むことがあるとケイに慰められていた。
「今思うと、彼女に振られる度に君に慰めてもらうなんて情けないね」
「いい。私。嬉しかった。私の事を頼ってくれたことも」
一呼吸置いてケイが俺の目を見る。
「ユウ君が別の女にとられる心配もなくなったから」
ちょっと目が怖かった。
「家族として心配してくれているだけじゃないのかな?」
「そんなことないよ」
ケイは軽く微笑む。
「心配はしているけど、それはユウ君が私の大事な人だから」
「ケイ」
「私の世界の中心は、ユウ君だよ」
世界の中心。
さすがにそれは大袈裟じゃないかと言おうとしたけど、ケイの表情を見てそれが大げさでもなく本当にケイがそう思っているということが伝わってきた。
「ユウ君が好き。愛しているの。明日。約束を果たして欲しい」
声は段々と小さくなっていったけど、ケイははっきりとそう告げた。
だから僕もきちんと答えなければならない。
「僕にとっては、世界の中心はケイ。君だ」
僕の言葉に驚いたようでケイは目を見開いた。
「それは、どういう意味で?」
恐る恐るケイはそう尋ねた。
「大事な妹という意味で」
それを聞いたケイの表情が曇る。
「妹だとそう思っていたんだ。でも今は違う」
僕の世界の中心はケイだ。
少し前までは家族として。
そして今は、一人の女性として。
「今更だけど、ケイはとても魅力的な人だと気付いたんだ」
物静かで優しくて。
ちょっと変わったところはあるけど。
「君は僕の理想だよ」
修吾に言われてそうだと気付いた。
「結婚相手としても」
だから僕の正直な気持ちを伝えた。
ケイを見ると、顔が真っ赤になっていた。
「ケイ?」
「夢みたい」
ケイは真っ赤な顔で呆けたような声を上げた。
「夢じゃないよ」
ケイの頭を撫でた。
「だから明日になったらプロポーズするよ」
そう言った瞬間。時計のベルが静かになった。
時間は十二時を過ぎた。
ケイの誕生日になった。
「明日になったよ」
ケイはそう呟いた。そして期待に満ちた表情をしている。
「ケイ。誕生日おめでとう」
「うん。ありがとう」
僕は一呼吸をおいた。
「僕と結婚してください」
「はい。喜んで」
満面の笑みでケイは答えた。
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