第10話 アルマと呼べ!

「ギルドメンバー? と言うことはもしかしてスパーダもか?」

「ああ、もちろんギルドマスターになった僕も含まれるだろうな……」


 貧乏なギルドとは聞いていたが、まさか今まさに詐欺師にギルドごと乗っ取られようとしている所だとは思わなかった。

 しかしこのままでは不味い。


 それにギルマスに就任した途端、そのギルドが消滅とか前世で最強ギルドを運営していた僕のプライドが許さない。


「フリーゼのことは自業自得だからどうでも良いとして、ギルドだけは守りたいな」

「どうでも良いとはなんだ、どうでも良いとは。そもそも私が借金をしたのもお前の復活を待つためなんだぞ」


 フリーゼはことの重大さにやっと気が付いたのか少し涙目で訴えてくる。


「とにかくだ。まだその借金の期限は来てないんだろ?」

「ああ、多分」

「多分?」

「借用書に書いてあったはずだが、覚えてない」


 僕は頭を抱えて蹲りそうになった。

 もし期限が既に過ぎていたら借用書に書かれた契約が執行されてしまう。


 いくら契約した時にはまだギルドに所属していないと言い訳しても、よりによってギルドマスターという一番の責任者になってしまった僕は逃れられないだろう。

 この国では奴隷売買は禁止されているから奴隷として売り飛ばされる心配は無いが、どこかのギルドに売り飛ばされるのは確実だ。


 そしてそこで僕とフリーゼは借金返済まで働かされ続ける。


 多分かなりふっかけて売られるだろうから、今の借金より更に膨れ上がった金額を稼ぐまでは自由にはなれない実質的には奴隷と変わらない状況に押し込まれてしまうだろう。

 せっかく生まれ変わったというのに、この新しい人生がそんな労働で終わるなんてたまったものではない。


「どうしようスパーダ」

「わ、私はギルド職員じゃないですからね。お手伝いしてただけだから」


 顔を青ざめて声を震わすミセリアとフリーゼに僕は頭を押さえながら答える。


「とにかく借用書を確認して見てからだよ。そして期限内ならまだ何とでもなる」

「なるか?」

「なります? たぶん借金の額はかなり大きくなってると思いますけど」


 僕は力強く頷いて理由を説明することにした。

 とりあえず今は二人を安心させるのが先決だ。


「僕にはかなりの額の財産があるからね」

「財産……そんなお金持ちには見えませんけど?」


 ミセリアは僕の身なりを見て胡散臭げにそう言った。

 たしかに今の僕は田舎の村から出てきた、ボロい装備に身を包んだだけの冒険者にしか見えない。

 だが前世は違う。

 百年以上前の僕はこの世界でも指折りの資産家だったのだ。

 そしてその資産の一部を僕は色々な場所に隠してある。

 百年も経つのでいくつかは回収不能や誰かに発見されて持ち去られているかもしれないが、それでも残っているものもあるはずで。

 そのうち一つでも残っていればフリーゼが作った借金くらいは返せる。


「そりゃお金持ってますって格好をしてたら狙われるだろ?」


 前世のことは他人には話したくない。

 なので適当なことを言って誤魔化したが、ミセリアは納得がいかない表情を崩さない。


「本当だぞミセリア。スパーダは大金持ちなんだ」

「そうなんだ。というか気になってたんだけどフリーゼってどうしてアルマさんのことをスパーダって呼ぶの?」

「スパーダはスパーダだからな……って、どうしたスパーダ」


 俺は何か余計なことを言いそうなフリーゼの腕を引っ張ると、そのままミセリアから少し離れたところまで連れて行く。

 そしてその頭を下げさせると耳元に小さな声でささやいた。


「フリーゼ。僕はなるべく自分が前世でスパーダだったってことは隠したいんだ。だからアルマって呼んで欲しい」

「どうしてだ?」

「僕がスパーダの生まれ変わりなんて知られたら余計な騒ぎが起こるだろ? それに転生の魔法を教えてくれって貴族とか王族が押し寄せてくるのが目に見えてる」

「教えてやれば良いのでは無いか?」


 純粋な瞳で「何の問題があるんだ?」といった風に言うフリーゼ。

 だが僕は小さく頭を振るとその言葉を否定する。


「教えられない」

「ケチだな」

「そういう話じゃ無い。教えたくても僕の頭の中に転生魔法の記憶が無いんだよ……そこだけ削り取られたみたいにね」


 前世の記憶を僕は確かに思い出していた。

 だけどそれは全てでは無い。

 ぼんやりと覚えていることもあればはっきりと思い出せることもある。

 それは普通の人生を送っている人だって同じだろう。

 子供の頃の記憶や、大して重要で無い人のことなど誰もが忘れてしまうはずだ。


 だがそれでもうっすらと何かあったことは残る。

 しかし前世で僕が行ったはずの『転生魔法』に関してだけは、そこだけぽっかりと記憶に穴が空いたように『無くなっている』のだ。

 それはとても奇妙な感覚で、説明は難しい。

 それでも確実に言えることはどれだけ聞かれようとも今の僕には転生魔法の方法を教えることは出来ないと言うことだ。


「そうなのか。スパ……アルマがそう言うならそうなんだろうな」


 フリーゼはあっさりと納得したのかそう口にして頷くと僕の背まで下げていた頭を上げる。


「とにかくそういう訳で僕のことは『アルマ』って呼ぶように」

「わかった。アルマ、アルマ、アルマ、アルマ……うん、完璧だ」


 一抹の不安を覚えながらフリーゼの顔を見上げていた俺の耳に「アルマさん! フリーゼ!! 来て下さい」というミセリアの声が届く。

 そして二人の顔が自分に向いたことを確認したミセリアは「ナニワがギルドハウスの前にいます!」と俺たちに告げたのだった。



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最弱ギルドの最強ギルドマスター 長尾隆生 @takakun

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