ヴァリロンツリーの迷い魔女

黒乃シノ

第1話

 魔女はれっきとした魔物。

 人類に危害をくわえる要注意モンスター。長い時間生きてきた魔女は知識が豊富と。それを生かした魔法攻撃が特化していたため人類には魔女は悪だと伝えられていた。


 あるところに黒髪のロングヘア、奇妙な帽子をかぶった女性。容姿が優れている彼女は恋を知りませんでした。そんな女性が小さな村にいました。


 「アステル、おはよう」


 爽やかな挨拶を交わす銀色の髪の青年。スラッとした体に腰かけている剣の姿からは剣士の言葉が似あっていた。


 「おはよう」


 他愛もない挨拶を交わす二人。


 「今日は何する予定なんですか?」

 

 「村の復興ですかね。この前の襲撃で大分壊されましたから。そういうカリスさんは魔物退治ですか?」


 「この頃、魔物が活発化していますからね。村を守るためにも俺がやらなくては」


 「気をつけてくださいね。命は一つしかありませんから」


 アステルの言葉は心配によるものだった。この村でも多くのものが命を落とした。彼女にとってカリスは特別な存在でもあった。

 魔物の襲撃は突然起きる。今までに数多くのものが森へ入りできる限り魔物を減らした。唯一村を守る手立てはこれしかなかった。

 そのため危険が伴った。何人の者が犠牲になったか、人の指にはおさまりきるはずもなかった。


 「じゃあ、そろそろ行きます」


 立ち上がったカリスは討伐部隊と共に出発した。


 「いってらっしゃい」


 無事に帰ってきてとアステルは誕生日にカリスからもらった布で作られたリングを大事に触った。

 

 「アステルさん、本当にありがとうね」


 話しかけてきたのは村長でした。若い男は魔物退治へ、若い女性や子供たちは作物、飼育を。

 アステルの見た目は二十代後半の女性に見える。じゃあ、どうして力仕事の柵直しをしているのか。


 「大丈夫ですよ。私はこの村が好きなので」


 実はアステルはこの村の住人ではなかった。

 一年前、王都に住んでいたが依頼としてこの村にやってきたのだ。依頼は簡単な内容だった。住人の怪我を治してほしいとのことだった。

 アステルは王都でも実力のある魔法使い。依頼は数日で達成したが、留まり続けているのはある少年に出会ったからだろう。


 柵の修理が終わった後、アステルはゆっくりと本を読んでいた。窓辺で椅子に腰かけている姿はなんとも可憐かれんだった。

 風がヒューと吹いたと同時、本に挟んでいたしおりが床に落ちた。椅子に腰かけていたせいか体が重たく感じた。手を伸ばし取ろうとした瞬間腕に付けていたリングがほどけた。

 アステルは少しだけ嫌な予感がした。

 

「ちょっと、こっちに来てくれ」


 それは突然だった。村全体にとどろく声。アステルは本を机に置いた後、念のため動きやすい服装に着替えた。

 村中が一斉に向かった先は入り口の門だった。声の叫びを聞いて嫌な予感がしたのはアステルだけではなかった。


 「誰かこいつを助けてくれ!」


 腹部に噛み傷の跡がつけられていた。出血は止まることを知らず衣服は真っ赤に染まっていた。

 アステルはこの人に見覚えがあった。確か……カリスと一緒に討伐部隊にいた人だった。


 「誰か……頼む」


 彼の言葉を聞いて一人の女性に多くの視線が向いていた。アステルである。


 「どいてください」


 重傷者の周りに集まっていた人たちはアステルの声を聞いて道を開けてくれた。


 「グラニス・ハイヒール」


 黒色のもやをまとった光は彼の傷をみるみるうちに治した。

 数分もすれば彼は目を覚ますだろう。だが、住人は驚きの目をしていた。グラニス・ハイヒールは人間が使うことができなかった。

 誰でも知っている常識、これは使だった。


 

 さっきの出来事から数分が経った今、アステルは真実を隠すことなくはっきりと

言った。


 「私は魔女です」


 アステルの言葉を聞いて驚いたものはいたが彼女を非難するものはいなかった。

 逆にアステルに感謝をするものがたくさんいた。彼女がこれまでに助けてきたものは魔女という名には負けなかった。

 初めて受け入れられた事実。今の彼女は幸福だろう。だが、アステルは胸騒ぎがしてならなかった。


  "カリスがいない"


 あたりを見渡したアステル.いつも冷静な彼女だったが真剣な様子で彼と一緒に森へ入った討伐部隊の少年に。


 「カリスはどこにいるの?」


 さっきまで眠っていた彼が口を開いた。


 「カリスはまだ森の中にいます」


 「それはホント!?」


 「ヴァリロンツリーの近くで今も戦っています」

 

 アステルは村を飛び出した。どうしてこんなにも同様しているのか。

 この気持ちが何なのか知りたい。魔女になる前はこの気持ちの正体が知れたのだろうか。もう過去の記憶は覚えていない。

 でも今私は彼を助けたい。それだけしか頭になかった。

 私が初めてこの村に来た時、森で迷っていた私を見つけてくれた人がいた。ヴァリロンツリーの下で座り込んでいた私に手を差し伸べてくれた彼と初めて出会った場所。私はなぜか鮮明に覚えていた。


 「カリス!!」


 ヴァリロンツリーの根本の下でカリスは倒れていた。近くでうろついていた魔物を。


 「ポイズンショック」


 アステルは攻撃魔法を使って全滅させた。

 倒れた魔物たちを見向きもせず、彼のもとに駆け寄って座った。倒れていた彼を胸元に寄せて抱きしめた。

 深く傷を負っていたカリス。アステルは嫌でもわかってしまった。カリスは命はもう…………。


 「アステル」


 今にも死んでしまいそうな声。

 

 「どうして泣いているんだ」


 気づけば涙が一滴ずつぽたぽたと垂れていた。涙なんて何年振りに出しただろう。

 彼との思い出が私の脳裏を何度もよぎった。一年という短い時間で彼からたくさんのものをもらった。

 だから、もし正体を明かしたら拒絶せれるんじゃないかカリスに嫌われるんじゃないか怖くて仕方なかった。


 「私、ホントは魔女なの」


 カリスは拒絶することもアステルを嫌いになることもなかった。彼は知っていたかのようにアステルの方を向いた。


 「知っていたよ。アステルをはじめに見つけた時、魔物の様子がおかしかった。怯えているかのように体が震えていた。奥へ進むと魔女のような姿で魔法を自由自在に操って魔物を倒している君がいた」


 「カリスは知ってて私を助けたの?」


 「そうだよ」


 魔女を好んで助ける人はいない。恐怖で怖気づいているのが妥当だ。


 「道に迷ってヴァリロンツリーの下でうずくまって君は可愛らしい女の子だったから」


 アステルは頬がほてっていた。カリスの言葉は彼女が感じていたもやもやの気持ちを理解させた。


 「カリス……好きだよ」


 もやもやの正体はいかにも女の子らしい恋心だった。どうして今になって気づいたのか。

 涙が止まらなくなったアステル。彼女の頬に落ちいてきた滴ぬぐったカリスもまたアステルと同じ心境だった。


 「俺もアステルが好きだ」


 アステルとカリスは口を交わした。この瞬間がいつまでも続いたら。彼らはそんな感情だった。この空間だけが静止しているようなゆっくりと時間が流れた。



 数年後、一人の魔女は名前の刻まれた石の前に座り込んでいた。可憐な容姿からは程遠くなった老いた姿。両手を合わせた魔女はゆっくりと目を閉じた。

 

 カリス――私に好きだと言ってくれてありがとう。私ももう少しでそちらに行けそうです。私がいない間に浮気なんてしたら許さないからね。次に会うときはまたヴァリロンツリーの下で。あなたの恋人 魔女アステルより

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