EP5 氷棺の魔導書(4)

 月日は流れた。


ハトリの才能をもってしても、たった数十年では完成に至る事は困難だった。

68歳になったハトリは、残された時間は少ないと、気力を振り絞り、再び森へ訪れた。


 「ヒトの子よ。懲りずにまた来たか。今度は出来そうか?」

フローマリはハトリに向かって軽口をたたく。その顔はどこか穏やかだ。


「フローマリよ、今日こそは私の魔法の完成形を見せてやる」

ハトリはそう言って不敵に笑う。


ハトリは、この魔法が完成に近づいたという手応えを持っていた。


 通常、大多数の魔法使いが氷魔法は水魔法の延長として考えている。

水魔法の高等技術、形状変化の一つだ。個体、液体の変化で、霧や氷を作る。

それは間違いではない。

 しかし、ハトリやフローマリの氷魔法は、水魔法と熱魔法の複合魔法だ。

熱魔法は【熱の上昇】だけでなく【熱の下降】の力を持ち、【熱を奪う】のも熱魔法の1つだ。

水魔法から熱を奪い、ー273℃を構成し、且つ氷の造形・指向性を統率し、氷の棺を創るのだ。

 しかし、永久凍土として何十年、何百年も溶けない氷を形成するのが何よりも難しい。これは冷気を発生、もしくは与え続ける必要がある。これに苦心し続けた。


だがハトリが新たに試作した魔法はこれまでとはいくつか異なっていた。

主成分の水を形成する成分の結晶構造そのものを変化させ、その融点そのものを12℃まで上げた。その一方で、水が凍るきっかけとなる【結晶核】が発生しやくすなるよう変化させ、凝固点を3℃にまで上げた。

これにより、【凍りやすく溶けにくい】氷が作れる。

氷魔法を研究する仲間であるシャープが開発した技術だ。


 さらに別の仲間のトウシバが開発した磁気冷却結界石により、少なくとも100年は溶けない氷の棺を作り出せる。

それでもハトリが目指した【永遠に溶けない氷】の実現は難しかった。

「くそっ、、、これでもまだダメか。。。。」

あと一歩のところで完成に及ばない。ハトリは肩を落とす。


しかし、その研鑽に驚き、最後の一手に手を貸したのはフローマリだった。


 完成まであと一歩となった氷棺の魔法。その棺に向けてフローマリは、

風魔法による大気の減圧を利用し減圧冷却を施し、さらに真空魔法による結界を薄い膜のように張っていく。


「フローマリ、、、これは?」

「真空保存魔法だ」


 フローマリは、エルフとして生まれたが、風魔法より氷魔法に才能があった。

それは彼女のアイデンティティでもありながら、コンプレックスでもあった。ほとんどのエルフが生まれながらに体内に風のマナを宿し、風の精霊に祝福され、迷うことなく風魔法の使用者となる。

フローマリは、風魔法は当然使えるが、無属性マナを変換させている。彼女自身は【他者とは違う】という特別感と【みんなと違う】という劣等感を同時に持ち、自身のその能力を心から愛していなかった。だから氷魔法を研究し、風魔法は疎かにしていた部分があった。

 しかし、この数十年彼女は風魔法も同時に研究してきた。

そして、氷棺の魔法の完成に必要な最期のピースとなる風魔法に辿り着いた時、初めて自身の力と才能と向き合い、それを心から肯定することが出来た。


ヒトの子が開発した氷魔法の高等技術に、エルフの風魔法が味方することで、

【氷棺の魔法】は完成した。


永遠にその姿をそこに留める


それはエゴかもしれない。

母を守れなかった後悔と、愛情に囚われ数十年を費やし、その人生をほぼ使い切った。しかしそれでもハトリは満足していた。


「ウィドツィエの森のエルフ・フローマリよ。感謝します。僕はようやく願いを叶える事が出来た。もう残された時間は無いが、またいつか別の姿に生まれ変わったなら、今度は自由に生きるとしよう。貴方がもし長く生きて、いつか私に似たヒトの子を見かけたら、それは僕だ。今度こそ、一緒に冒険に出よう」


 ハトリとフローマリはいつになるか分からない冒険の約束をした。


 そして、数日後寿命により息を引き取ったハトリの遺体もまた、母の隣で氷の棺に納められた。


【永遠の氷棺】


そう名付けられた親子の氷の墓標の前に、フローマリはこの研究をまとめた本を置いた。


ウィドツィエの森の氷棺とその魔導書は、その存在を口伝だけが伝えた。




ー氷棺の魔導書のお話ー 終わり











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異世界童貞 サイドストーリー KJHOUSE @KJHOUSE

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