消えぬ想い

***2月27日 AM1:16***


「おい、りこ!」

帰ろうとする私を呼び止めたのは、店長だった。

「何ですか?私帰りたいんですけど」

私はちょっと嫌な顔をして言う。

でも、店長はそれが冗談だとわかっている。

「何だよ。嫌な顔すんなよ。お前今日誕生日だろ?飯でも連れて行ってやろうと思ったんだよ」

そう。

今日は私の誕生日。

なのに、予定は何もない……。

「店長と二人じゃ嫌です」

私は店の出口に向かって歩き出す。

「そう言うなよ。俺たちの仲だろぉ?」

確かに店長とは仲良くしてもらっている。

たまにご飯おごってもらったりもする。

でも、誕生日に店長と二人は正直勘弁してほしい。

「好きなもんおごってやるよ。何がいい?」

完全に行く気だ……。

どうやって断ろう……。


プップー


その時、店の外でクラクションが鳴った。

出口のすぐ近くにいたので、何かと外を見てみる。

「あ……」

そこには見慣れた車が停まっていた。

「淳……?」

私は車に近づく。

「お疲れ様。仕事終わりでしょ?」

助手席に窓を開け、淳が言った。

「うん。終わりだけど……どうしたの?」

淳が私を店まで迎えに来るなんて珍しい。

用事があっても、だいたい電話がきてから迎えに来るのに……。

「いや……久しぶりにりことドライブでも行こうかなと思って……」

ドライブ?

この時間から……?

たぶん嘘だな。

「なんだ。先約ありか?」

忘れてた。

店長いたんだっけ。

「はい。ご飯はまた今度お願いします」

「わかったよ。気をつけてな」

店長は無理だとわかると、そそくさと店の中に帰っていった。

まぁ……結果オーライということで。




「どこ行くの?」

りこは車に乗り込みながら尋ねてきた。

「海にでも行こうかと思うんだけど……どうかな?」

りこは黙って考え込み始めた。

「ダメかな……?」

僕はりこの顔を覗き込む。

「いいよ。海いこう!」

りこはにっこり笑いながら言った。

「でも、運転はよろしくね」

少し意地悪な笑みを浮かべながら、りこが言った。

「もちろん。りこは自分の運転じゃ行かないもんね」

僕がそういうと、横からグーパンが飛んできた。

「いたっ!!」

「淳は一言多い!!」

りこはほっぺたを膨らませながら言った。

その顔がまたかわいいんだけど……。




「そういえば……」

しばらく走ったとき、私はふと友達から聞いた話を思い出した。

「なに?」

淳がチラチラこっちを見ながら聞く。

「この間友達から聞いたんだけどさ、この国道、出るらしいよ」

私はこの手の話は苦手なんだけど、なんとなく口に出して話したほうが怖くないような気がして話し始めた。

一人で考えてるのって実はかなり怖かったりしない……?

「めずらしいね。りこがそんな話自分からするなんて」

淳がこう言うのは当然。

いつも淳が怖い話をすると、私かなり怒ってたもん……。

「うん。なんとなくね。……なんか彼氏に捨てられて海に身投げした女の霊が出るらしいよ。未だに捨てた男のこと探してて、カップルを見つけると、妬んで呪い殺すらしいよ……」

……自分で話してて怖くなってきた……。

「へぇ……そんな話あるんだ……。僕たちも気をつけないとね。」

淳はニヤリと笑う。

「そうだねぇ」

ものすごく意地悪な笑いで返す私。

「ははは」

淳が笑う。

……もうこの話は忘れよう。

やっぱり話したのは失敗だった……怖い……。

「りこ?大丈夫?」

私が急に真顔になったから淳が心配する。

「うぅ……あんまり大丈夫じゃない……」

どうか呪われませんように……。


ブブブ・・ブブブ・・・


ビクッ!!!


「ははははははは!!」

自分の携帯にびっくりした私に、淳が大笑いする。

……人事だと思って……!

「バカ!」

「ごめんごめん」

私が叩くと淳はまだ笑いながら謝る。

「で、誰からだったの?見なくていいの?」

淳はまだクスクス笑ってる……なんか悔しい。

メールは友達の華澄からだった。


『一人誕生日楽しんでる?(笑)』


……華澄のやつ……私のことバカにしてるし。


カチカチカチカチ


よし。送信っと。

「誰からだったの?もしかして華澄?」

淳もわかっているようだった。

「そう。一人誕生日楽しんでるかって」

「ははははは」

淳がまた笑い出した……。

「華澄らしいね」

淳今日笑いすぎだから……。

「なんて返したの?」

「知らん。って返した」

私が答えると淳はまた笑い出した。

「それもまたりこらしいね」

淳は私の頭をポンポンと叩いた。

すごくたまに淳がやるこれが実はちょっと好きだったりする。


ブブブ……ブブブ……


あっ……華澄からだ。

しかも電話だし。

「もしもし?」

「知らんて何よぉ」

私が出ると華澄はいきなり話し始めた。

「知らんもんは知らん」

私はすこしすねた感じで言った。

「もしかして誰かと一緒なの?」

鋭いな、こいつ。

「うん。淳とドライブ中」

「マジで!?私も誘ってよぉ」

華澄は本当に残念がっているようだ。

「今日は急に行くことになったんだから仕方ないでしょ」

「そりゃそうかもし……」

急に電話が途切れた。電波は3本立ってるんだけどな……。

「もしもし?」

そのときだった。



……置いていかないで……



!!!何!!?

「うわっ!!」

キキーッ!!

隣では淳が急に驚いたような声をあげ車を停めた。

「どしたの?」

私が聞くと淳は少し押し黙ったあと答えた。

「今、りこの隣の窓に血の涙を流した女の顔が……」

「えっ!!?」

私は思わず窓から離れる。

「すぐ消えたけどはっきり写った……」

淳の顔が強張っている。

「もしもし!?」

電話は復活しているらしく、受話器の向こうから華澄の心配そうな声が聞こえている。

……なんだったんだろう……。




※※※3:19※※※


「到着ぅ」

海が見えたところでりこが嬉しそうに言う。

海に来るとりこはとてもはしゃぐ。

それがまた可愛かったりするんだけど。

「ホント久しぶり」

りこはとても嬉しそうに笑う。

「そうだね。最後に来たのはまだ少し暑かったときだもんね」

いつもは1ヶ月に1回くらいの割合でりこと海に来る。

でも、ここのところりこの仕事が忙しくてなかなか来れなかったのだ。

「やっぱり海はいいねぇ。海最高!!」

かなりはしゃいでいる。

仕事終わりでこの元気はすごい……。

「りこ外出るでしょ?」

僕が聞くとりこは満面の笑みでうなずく。

さて……車どこに停めようかな。

近いほうがいいし、この時間じゃ警察もいないはずだから、路駐しちゃおう。

「はい。降りて良いよ」

僕が車を停めていうと、りこは待ってましたと言わんばかりに外に飛び出していった。

僕も、りこへの誕生日プレゼントを持って車から降りた。




「早くぅ」

私は歩いてくる淳を急かした。

「はいはい」

淳はそういいながらも走ってきてくれる。

「風冷たいね。寒くない?」

淳はジャケットのポケットに手を入れながら言った。

淳は寒そうだ。

「大丈夫。気持ちいいよ」

私は笑いながら言う。

その顔を見て淳も笑う。

……こういうのを幸せっていうのかな?

「あっ。貝殻探そう!」

私は足元の砂を掻き分けるようにして探した。

海にきたら必ず貝殻を持って帰ることにしてるんだ。

思い出の欠片として部屋に大事にしまってある。

「りこ。これ綺麗じゃない?」

淳が見つけたのは小さな貝殻だ。

でも、月明かりが反射してとても綺麗だ。

「綺麗だね。これ持って帰ろう」

「……りこ」

コートのポケットに貝殻をしまっていると、淳が立ち上がりながら私の名前を呼んだ。

「ん?」

私が淳のほうを向くと、目の前に小さな小包を出された。

「はい。誕生日プレゼント。」

淳はとても優しい笑顔をする。

「私に?」

受け取りながら聞くと、淳は黙って頷いた。

「あけていい?」

「いいよ」

淳は静かに頷きながら言った。

「これ……」

中に入っていたのは前から欲しがっていたピアスだった。

「覚えててくれたの?」

「もちろん」

私は早速着けることにした。

「どう!?」

「うん。かわいいよ」

そういいながら淳は私の頭を満足げに撫でてくれた。

そして、淳は私を抱きしめた。

「じゅ、淳!?」

私は急なことでびっくりした。

「りこ?僕と付き合ってくれない?ずっとりこのこと好きだったんだ」

……淳……。

「うん」

私は淳の背中に腕を回した。

「ありがと……。なんか僕今すごく幸せ」

淳の腕に力がこもる。私もすごく幸せ……。まるで夢見てるみたい……。




「そろそろ帰ろうか」

砂浜に二人寄り添って座ってからどれくらいたっただろう?

僕はふとりこの明日の仕事のことを思い出し帰る事にした。

「もう帰るの?」

りこはなんだか物足りないといった感じだ。

「りこ明日も仕事でしょ?僕も一緒にいたいけど、もう帰らないとね」

僕はりこの手を引き、立たせてあげる。

「うん……わかった」

何かりこのしぐさがとても可愛くなった気がする。

僕が見てるからかな?

僕たちは手をつないで車まで行った。

………ホントにりこと付き合うことになったんだ……なんかまだ夢みたいだ。

車に乗ると僕はエンジンをかけ、車を発進させた。




私たちは帰り道、ずっと手をつないでいた。

あまり会話も交わさず二人でいる時間を楽しんでいる感じだった。

その時だった。

目の前に突然人影が現れた。

「うわっ!!!」

淳はハンドルを切った。

人影は避けられたものの車はガードレールを突き破り崖下へと落ちて言った。

「きゃぁぁぁぁぁ!」

「うゎぁぁぁぁぁぁ!」

私は、全身に感じる激痛で目が覚めた。

「いた……」

周りを見ると、フロントとガラスにはヒビが入り、両脇の窓ガラスは割れていた。

「じゅ……ん……?」

私は、搾り出すような声で淳を呼ぶ。

しかし、淳はピクリとも動かない。

「淳……起きてよ……」

淳の体を揺らす。

でも、淳の体は力なくうなだれるだけだった。

「……!」

その時、視界に人影が映った。

誰かいる!?

「助けて……」

私はできるだけ大きな声で言った。

しかし、ふと思った。

こんな夜中にこんな場所を歩いてる人がいるの……?

さっきの人影も……本当に人……?

考えを巡らせていると、声が聞こえてきた。




……一緒に……




その声は後部座席から聞こえた。

悲しいような、嬉しいような声。

でも……後部座席には人なんかいないはず……。




やっと……一緒になれるのね……



その声は少しずつ近づいていくる。

車の中を冷たい空気が充満していく。

私はゆっくりと振り返る。

「……!」

そこには頭から血を流した女がいた。

女は私など眼中にない感じだ。

淳だけを見つめ、近づいてくる。

そして、淳の首に腕を回す。



今度こそ……一緒に逝きましょう……



淳を抱くようにして女は淳の耳元で囁く。

ダメ!!!

淳が連れて行かれちゃう!

「やめて!!!」

私は女を止めようと手を伸ばす。

だが掴めるはずもなく、伸ばした手は空を切る。

無理だと分かっているが、何度も手を伸ばす。

すると、それが気に食わないのか、女はものすごい目つきで私を睨む。



……また邪魔するの?



女は淳を離れ、私の方を向く。

恨みのこもった目で私を見る。

そして、躊躇なく私の首に両手をかける。

冷たく氷のような手。

女の手に力がこもる……。

「くる……し……」

とても女の力とは思えない。

みるみる息が出来なくなっていき、意識が遠のいていく……。

ダメ……淳……。



彼は渡さない……




ボキッ




正さん……一緒に逝きましょうね……

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Selection Of Soul 鴉河 異(えがわ こと) @egawakoto

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