最終話

 お互いにコーヒーはすでに飲み切っており、お互いの今を話したところで頃合いだなと思い、俺たちは店の前で別れた。


「じゃあ達者で。今はまだ彼氏……て言えばいいのか旦那様って言えばいいのかわからんけど、お幸せに」

「ありがと。Jもオジサンなんだから早くいい人見つけなよ!」

「ご忠告どうも。じゃあな」


 サトちゃんの背中を見送りながら、俺は考えた。当時、別れ際にサトちゃんがタバコのにおいについて言及したのも恐らくはフェードアウトするよりは、と明確な揉め事が無い代わりに挙げたスケープゴートのようなものなのだろう。要するに、気持ちに整理をつけるための理由や決定打がどうしても俺たちには必要だったのだ。


 俺がタバコをやめたのはただの独りよがりでしかないことはわかっている。ただ、ならば禁煙を誓った相手は誰なのだ?過去のサトちゃんに向けてのものだとしても、今のサトちゃんは環境が変わり自ら喫煙を受け入れるようになっていた。だが、過去も今もサトちゃんはサトちゃんだ。記憶は共有していても感覚や考え方が変わっていても、本質的に「サトちゃんである」ということに変わりはない。


「まるで、テセウスの船だな」


 "サトちゃん"へ勝手に誓った禁煙の約束を反故にするのも今更だしな、と思いながらも自嘲するように吐いたタバコの煙のような白い息は、2月の空に消えていった。晴れていた空も曇りだしている。今夜はきっと雪だろう。それはきっと、俺の吐いた息と溶け合った溜息交じりの雪だ。そんな事を思いながらコインパーキングに停めてあった車に乗り込み、長年消せずにいたサトちゃんの携帯番号をメモリから削除して俺は車にエンジンをかけた。



-完-

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彼女と煙草とテセウスと。 @GWD

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