第三話

「え、喫煙席ってどういう」

「ああ、あたしたまに吸ってるからさ」

「でも、前は吸ってなかったよな?」


 冷静なように振る舞ってはいたが、"前"という言葉に俺は複雑な想いが籠っていたように自分でも感じていた。比重はどれだけ占めていたのかは俺に知る由もないが、本人の口から別れの理由として出た以上は少なくとも小さい理由ではないだろう。事実上の最後の会話だったという事は、それが最終的なダメ押しにもなっていたはずだ。


「ちなみに何吸ってんの?」

「何個か吸ってみたけどね。結局メビウスかな」


 更に複雑な想いを抱いたのは、俺が当時吸っていたタバコはマイセン(マイルドセブン)であり、メビウスは広義の意味でその後継ブランドだったからだ。


「ま、色々あると価値観とか変わるもんだね。」


 それ以上、俺はタバコについても空白の期間に起きたであろう出来事にも触れず終始無難な会話に徹した。それを言及するのは空白の期間について今さら彼氏面して首を突っ込むような野暮な振る舞いであると同時に、最終的には「俺に禁煙を突きつけておいて、自分は吸うようになったのか?」という問い詰めと何ら変わらないからだ。それを配慮できる程度には少しだけ大人になったのと同時に、サトちゃんの内へ飛び込むには時間が経ちすぎていたことも同時に痛感した。


 当たり障りのない思い出話を重ねてはいたが、この時間と長年抱えていたある想いに幕を引く必要を感じ俺は最後に質問をした。


「一つ聞いていいか?」

「どうしたの、改まって」

「結婚は……してるのか?」


 一瞬、サトちゃんは少し驚いた顔をしたが静かに口を開いた。


「付き合ってる人は、いる。職場の人でね、何年か前から。タバコもその人の影響かな。たぶん春先には式は挙げるお金ないから、入籍だけになると思う」

「そうか。おめでとう」


 胸中はなんともいえないような複雑な心持ちではあったが、祝福の気持ちは嘘偽りないものだった。俺が過去に捉われたままでいる間にサトちゃんは違う道へ進んでいた、ただそれだけのことだ。


「Jは?」


 俺は苦笑し、薬指に一度も指輪を嵌めたことのない左手の甲を俺はサトちゃんに見せた。それが精いっぱいの答えだった。

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