第二話

「いらっしゃいませ。ご注文はどうされますか」


 店員のマニュアル通りの問いを受け、俺はサトちゃんにコーヒーでいいか?と聞くと「M」とだけ短く答えたので「コーヒー、Mを2つ、店内で飲みます」と店員へ伝えると隣でサトちゃんが財布の小銭を探し出した。


「いいよ、コーヒー代ぐらい」

「そういうわけにいかないよ。悪いもん」

「このぐらい気にすんなって。席を取っておいてくれればそれでチャラ」

「……なんか悪いね。じゃあ適当に先に座ってる」


 サトちゃんを促し、支払いを済ませコーヒーが注がれる順番をレジ脇の椅子で待ちながら短い時間ながらも様々な想いが頭を逡巡する。バイト時代の楽しかった思い出、サトちゃんと過ごした日々、そして別れてから今日までの長い空白の時。サトちゃんにとってはどうだったかわからないが、少なくとも自分にとって共に過ごした時間はかけがえのない大切なものだった。別れたのも、俺が就職して同じ県内とはいえ互いに離れて過ごさざるを得なくなってすれ違いが多くなりほぼフェードアウトに近いものだったため、浮気がばれたり暴力をふるったりだのそうした決定的な事件が起きたわけでは決してなかった。ただすれ違いが重なった結果、別れを切り出したのはサトちゃんだった。要するにフラれたのだ、俺は。もし離れずに良好なままの関係でいられたなら、目の前にいる家族連れのように俺たちはなっていたのだろうか?そうした過去への憧憬、実際には無かった歴史のifを頭の中で思い描きながら俺は不思議なテンションになっていた。


「23番、コーヒーMを2つでお待ちのお客様」


 店員の声ではっと我に返る。すでにレジ脇にはトレイに湯気の立った紙コップが2つ用意されていたため、先ほどの家族連れの年端もいかぬ少年が「僕のポテトとハンバーガーまだぁ?」と父親相手に少しふくれっ面になっているのを尻目に、俺はトレイを受け取りサトちゃんの姿を探す。店の奥で二人掛けの席に座っていたサトちゃんはスマホで誰かとメールかLINEをやりとりしているようだったが、俺が向かってくる姿を見かけるとスマホを仕舞い軽く手をひらひらしてこっちこっち、と合図して見せた。


「少し待たせたか?」

「ううん、別に。でも最近はもうなかなか見つからないもんだねー」

「見つからないって、何が」

「喫煙席。もうどこもかしこも禁煙席ばっかりじゃない?この店も全席禁煙じゃん」

「えっ」


 俺は少し戸惑った。別れた理由の大部分はフェードアウトだったのは間違いない。だが俺は十数年前の別れ際にサトちゃんの口から確かに直接言われたのだ、「黙ってたけど、あなたのタバコのにおいが苦手だったの」と。ヘビースモーカーではなかったにしろ、少なからず快く思われてはいなかったのだろう。それ以来、俺は勝手にタバコさえやめればサトちゃんといつか寄りを戻せるのではと勝手に思い、願掛けのように勝手に禁煙していつのまにか完全な非喫煙者となっていた。


 だが今のサトちゃんの物言いは、間違いなく喫煙者のそれだった。

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