彼女と煙草とテセウスと。
@GWD
第一話
「あ、J(ジェイ)じゃん」
これから本格的な寒波がやってこようかという2月の上旬、街中を歩く俺の後ろから聞き覚えのある声がした。振り返るとそこにいたのは30代半ばほど、すらりとした体型が白いコートの上からでも見て取れる女性。特別な美人とはいかないまでも、ナチュラルな薄めのメイクと肩までかかるぐらいの髪はバランスが取れており、田舎には多少不釣り合いな程度にはおしゃれだ。おしゃれに疎いながらもどこか見覚えのある顔立ちを一瞥すると、再度先方から念押しするように声をかけられた。
「ほら、やっぱりJだよ」
「もしかして……サトちゃん?」
「そう!久しぶり!めっちゃ懐いねー、何してんのさ?」
俺の口から出たサトちゃんというのは目の前の女性、三橋沙登美(みつはし・さとみ)の愛称だ。かつて学生時代にこの街でバイトしていた際に同僚として知り合い、そして不思議とウマが合い気が付いたら男女の仲になっていた。一方、俺こと立川亮太(たちかわ・りょうた)に対するJ(ジェイ)というのは他のバイト仲間が言い出した他愛もないあだ名だ。確か命名したのは年下の新田(にった)とか言うお調子者。新田曰く「タチカワさん、じゃなんか堅苦しいスね。貫禄あるっつーか自衛隊の隊長みたいな佇まいなんで、自衛隊のJ(ジェイ)か隊長って呼ぶ方がしっくり来ないスか?」とか言われ、隊長だけは勘弁してくれということで結局はJになったワケだ。
俺は新田が名付けたJとかいう人を小馬鹿にしたような響きに対して最初はいい気分では無く抵抗感をあらわにしていたが、不思議なもので気づけば周囲はだんだんと新田に感化されて「J」「Jさん」と呼び始め、いつしか「なんか群像劇のキャラぽいな」となぜか俺自身も満更でもなくなっていた。
「しっかし久しぶりだねー。J、今は忙しいん?」
「いや、特には。簡単な用事も済ませたし、あとは帰るだけかな」
「寒いから、とりあえずコーヒーでも飲む?」
「ああ」
かつて付き合っていた女と久々に出会うなんて、デキの悪い恋愛映画ならきっと運命だのなんだのとドラマチックに描きたてるのだろう。ただ、今はその安っぽい展開に身を任せるのも悪くないなと思い俺は同意した。おあつらえ向きに、ここは街中ということもあり目の前にはファーストフードがある。「じゃ、ここでいいか」と目で合図するとサトちゃんは軽くはにかんで首を縦に振る。あの頃のようでまるで昔を思い出すな、と口には出さなかったが心なしか少し軽い足取りで俺はチェーン店のロゴが入った自動ドアへ歩き出した。
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