第27話 神話


「とりあえずこの狭苦しい場所からでるか」


 魔術師パルミドス・エンゲラージュは倒した。ここには他にめぼしいものは何もなく、ジエルケの新しい体が置いてあったと思われる寝台や物を置くテーブルがある程度だ。


「そう言えばクリスはどうやってここへきたの?」

「そこに穴があるだろ」


 それはクリスがぶち破った壁の穴。パルミドスは自分の術に反応すらせずどうやってきたのか驚いていたが。


「まさか……穴を掘ってきたとか」

「掘ってはいない。強引にぶち抜きはしたが」


 クリスに聞くとこの小部屋はパルミドスがいたのとは別の岩山の中心付近にあるらしい。通常は転移でしかこれないのだが、クリスは岩山を光弾で一気にぶち抜きそこを通ったようだ。

 パルミドスは転移前提で考えていたのでそこに気づけなかったのだろう。


「でもよく位置がわかったね」

「ノアの位置は最初からわかるようにしてある」

「え、最初から?」

「その指輪だ」


 それはドラケルスの指輪ではなく、もう一つノアの指に嵌められたもの。伯爵家の計画の為にノアの魔力を抑える為の、そして父親であるエルードから贈られたもの。


「この指輪……」

「ああ、最初にその指輪にあった術式は消してやっただろ。あの時その指輪には強い思念が入っていた」


 ノアから話は聞いていたのでその思念はすぐに父親であるエルードのものだと気づいた。それは父が子を守りたいと言う思い。それが強い思念となって指輪に残されていた。

 クリスは魔力を抑える術式は消してもその思念を消す事はしなかった。代わりにしたのはその思念の保護、そして記憶だ。

 思念はそれ自体が何かを成すものではない。だがクリスは残すべきと判断した。そしてその思念をクリス自身が記憶する。そのような思念など修羅の獄にはあり得ないものでもある。なのでもし、ノアを探す必要がある時にはその思念を手がかりにすれば良い。その為に記憶しておいたのだ。


「父上の思念が……」

「そうだ。修羅の獄ではそのような思念などあり得ないからこそ探しやすい」

「僕は未だに父上から守られているんだね」

「そうだな」


 それを聞いて思い出すのはジエルケの術中に嵌まっている時に聞こえたベンの声。あれが幻聴なのかどうかはわからない。わからないが今のノアがここにいられるのは、そういった人たちに守られていたからこそだ。

 ノアは感慨深げに指輪を眺める。それはノアを守った人たちがいた事の証だ。


「大切にするがよい」

「うん、大事なものだからね」


 二人は穴に入って歩きだす。中は暗かったがクリスが魔法で灯りを作り出す。穴は一度だけ突き当っておりそこを曲がると一直線に伸びていた。おそらくはクリスが大雑把にノアの近くまで穴を通し最後に微調整をしたのだろう。外まではかなりの距離がありそうだ。


「歩いている間に先程の話を教えておく」


 それはクリスの呟いた妖鬼ヒエンと大蛇ボルポスの話だ。灯りに照らされた横顔は美しく、宝石のような唇からは言葉が紡がれ始めた。


「この話は私が強さを求めて世界を旅した時に知ったものだ。各地を巡っては様々な魔法に関する文献を調べていた。それに付随するものは神話の記述も多くある」

「神話?」

「そう、今から話す事は数千年前の神話だ。なので曖昧であったり不明瞭な部分もある。大陸東部の辺境とも言える地域の伝説になる。文化もノアの知るものとは違うだろう」


 そう前置きをしてからクリスは語りだす。


 辺境のとある森に一匹の猿がいた。その猿は他と比べると格別に強く、力のありそうな人や獣を見つけては勝負を挑んでいた。

 猿の目的は相手を殺す事ではなく力比べに勝つこと。なので相手が戦意を失うと興味がなくなりその場から立ち去る事が多かったと言う。

 そんな事を繰り返していた猿はどんどん力をつけると、辺りに力比べの相手がいなくなってしまった。猿は力比べの相手を求めて森からでていき、やがて妖術を身につけるまでに至った。アチコチに出没しては強者を倒していく猿。人々はそれをヒエンと呼び始めた。


「辺境の文字はヒとエンで意味が別れている。ヒは飛ぶ、エンは猿と言う意味で飛猿となる。飛ぶようにどこにでも現れた猿、と言う感じだろう」


 辺境でそのような存在はあやかし、妖魔、妖鬼などとされている。ハッキリした区分けはないのだろうが元が獣の場合は妖鬼と言われる場合が多かった。そんな経緯で辺境の地に妖鬼飛猿という存在が現れたのだ。

 飛猿はどんどん強くなるがやる事は相変わらず力比べ。しかし強くなりすぎてしまったので相手を殺す場合も多くでてきた。飛猿からすると相手が勝手に死んでしまうので特に気にも留めていなかったのだが、近くで暮らす人々はそうはいかない。これではいつ自分たちが被害にあうのかわからない。

 彼らが知恵を絞ってあれこれ考えた結果、近隣に棲む他のあやかしの存在を飛猿に教える事にした。そちら同士で潰しあえばよいと考えたのだ。

 結果は上手くいき飛猿は次々と近辺のあやかしを倒していく。やがてそれに感謝する者が出始め、遠くの地からわざわざこちらに頼みにくる者さえ現れた。そしてその際、人々は飛猿に対する多くの貢物を用意した。そこには金銀財宝から食料まで様々なものがあったのだが、飛猿が興味を示したのは食料だけだった。

 飛猿は人の作る食事を気に入り、それを度々要求するようになった。特に人にしか作れない油を使う料理が大好物だったそうだ。

 しかしあやかしを倒し続けていればやがてはそれもいなくなる。人々は飛猿に貢物をする回数が減っていった。

 それに腹を立てた飛猿は人々から食料を奪うようになった。当然人々は抵抗するが飛猿に勝てるはずもなく多くが殺されていった。

 一時は貢物さえされていた飛猿は近辺にその悪名が轟くようになる。意図的に人を殺しだした妖鬼飛猿は彼らの敵となったのだ。


「そ、そんな下らない理由で……」

「まあ、そのような存在は人の概念など当てはまらない。食い意地が張りすぎだとは私も思うが」


 人々が飛猿に恐れおののき隠れるように暮らしていた頃、辺境に一人の僧侶が現れた。

 僧侶はエンショウテンと名乗り、法衣を着用し錫杖を持ち、自分は旅を続ける修行者だと話した。

 人々はその僧侶に飛猿をなんとかできないかと相談を持ちかける。すると僧侶は意外な話を始めた。

 今、この地に西から悪魔の化身である大蛇がこようとしていると話し、その名をボルポスだと告げた。巨大な蛇であるボルポスは人を騙すのが得意らしく、その話術で人をたくさん集めては一気に貪り食うのだそうだ。

 飛猿だけでも手に負えないのにそんなのがきたら終わりだと人々は喚き、騒ぎ始める。

 エンショウテンはそのボルポスに飛猿と戦わせる事を提案するが、そのやり方は過去に失敗しており、残ったどちらかが新たな驚異にしかならないと多くの人が知っている。その意見は無駄と判断された。

 するとエンショウテンはこう言った。


「私は天界から地上に降りて旅をする修行者です。修行の身なので今は人並みの力しかありませんが、大僧正様にお願いして本来の力を使う許可を得ます。そして負けた方を地の奥深くに落とし、勝った方を私が叩きのめしましょう」


 それを聞いた人々は急いでその用意を始めた。以前と同じように飛猿にボルポスの事を伝え多くの貢物を用意した。

 西からやってきた大蛇ボルポスは森の木々をなぎ倒しながらこの地に迫る。やがて対峙した両者は戦いを始める。その迫力は凄まじく、遠方ではとてつもない雷か大地震でも起きたのではないかと噂されるほどだった。一進一退の攻防は三日三晩続き双方が満身創痍になりながらも決着がついた。

 僅差で勝ったのは飛猿、負けたのはボルポスとなった。

 エンショウテンは負けたボルポスを地の底に落としたが飛猿はしばらくの間放置した。貢物を全て食べ終わるまで待っていたのだ。そしてそれを食い尽くした頃を見計らいエンショウテンは飛猿の元を訪れた。


「お前が食べたのはボルポスを倒した事による人々の感謝。しかし感謝は無理強いするものではない。今後そのような事があれば、私がお前を叩きのめし、地の底へと突き落とす」


 今まで力で全てを手に入れてきた飛猿はその要求に激昂した。そしてエンショウテンを殺してしまおうと飛びかかったのだ。

 しかしエンショウテンは錫杖を器用に使いその攻撃を軽く払い、飛猿を何度も突いてくる。突かれる度に飛猿は体がバラバラになるかと思うほどの痛みを受ける。それでもめげずに攻撃するが全てが躱されてしまいただの一度も当たらない。

 エンショウテンは飛猿など比べ物にならないくらい強かったのだ。

 やがて力尽き、立てなくなった飛猿はエンショウテンに告げられた。


「お前は完全な悪性ではないがこのままにはしておけない。やはりボルポスと同じ地の底に落とすしかない」


 地の底がなんだかわからない飛猿はエンショウテンから簡単に説明を受ける。それを聞いてもよくわからなかった飛猿だが、説明の中には一つだけ衝撃的な事があった。

 それはこれから落とされる地の底には、食べ物が一切存在しないという事。

 あまりの衝撃に飛猿はエンショウテンに泣いて謝る。何度も何度も地面に頭をこすりつけ許しを願い、その為ならなんでもすると口にした。


「ならば仕方ない。お前はこれから私とともに天界へ上がり修行僧となれ。私に従い修行をするのなら、地の底に落とす事はしないでおこう」


 こうして妖鬼飛猿はエンショウテンにつき、修行者となった。地上で暴れまわっていた猿は天界へ上がる事になったのだ。


「なんかちょっと間抜けな感じがするけど」

「私もそう思うがそれ故に悪性の低さを見られたのだろう。ボルポスは問答無用で落とされたようだな。記述はなかったが悪性の強さは考慮された印象だ」


 その後、飛猿は修行を積み、様々な事を学んで徐々にまともな状態になってきた。それを数十年、数百年と続けていく。

 やがて天界では飛猿を僧正にしてはどうかと考えられ始める。その話を聞く為に飛猿は大僧正に呼ばれた。

 滅多に会うことのできない大僧正。修行者たちには雲の上の存在だ。


 ここで飛猿は魔がさしてしまう。


 大僧正とはどれほどの強さなのか。兄弟子となったエンショウテンはとてつもなく強かった。おそらくはそれを凌駕する存在に興味が湧いたのだ。昔の血が疼いたのだろう。

 そして、あろうことか飛猿は夜中に大僧正の寝室に忍び込んで勝負を挑んでしまった。

 起き上がる大僧正は飛猿を見ると一言だけ告げる。


 ――救いがたき。


 それと同時に飛猿は天界から一気に地の底まで落とされてしまった。兄弟子であるエンショウテンは馬鹿な弟弟子の有り様にひどく悲しみ、大僧正へ許しを乞うたがそれを覆す事はできなかった。それどころかエンショウテンも罰も受け、飛猿が許されるまで地上での修行を命じられた。

 飛猿は大僧正から名を変えられ秘猿となった。


 そこで神話は終わりとなる。


「なんか……最後まで間抜けだったような」

「私もそう思うが神話とはそういうものだ。教訓もあるのだろうが、何故そんなおかしな事をするのかと思う記述がたくさんある。飛猿が修行中の考えや葛藤などは描かれていないので余計にそう思うのだろう」


 飛猿の間抜けっぷりはさておき、クリスがこれを話した理由はノアもわかっているだろう。それは今現在の状況と一致する部分が多くあるからだ。

 地の底とは修羅の獄であり猿は妖鬼飛猿、ジエルケは大蛇ボルポスとなる。

 そしてボルポスが放った言葉、落ちぶれた妖鬼とは天界から落とされた飛猿を言っている。

 つまりジエルケも猿も時期は違えど修羅としてここに落とされた。ジエルケは神話の頃からあまり変わったとは思えないが、猿はどうなのか。

 法衣を着用し錫杖を持つ姿は修行者のものであり、猿は再びそうする事を選んだように思える。泣くほど嫌がっていた食べ物のない世界で修行のやり直しを選択したのだろう。


「じゃあ猿はそんなに悪い奴ではないね。少なくとも敵ではないよ」

「そうだな。だがそれはノアに限った話かもしれん」

「え?」


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