第24話 老練な魔術師
「ここでくるか、ジエルケ」
砂煙は晴れてきたがクリスにはかすり傷一つないようだ。凄まじい攻撃ではあったが、あの程度で倒されるなら魔王などとは呼ばれないだろう。クリスの視線は宙を漂うジエルケに向けられる。
「これで不意をついたつもりか」
「ふふ、まさか。あなたがこの程度で殺られるならこちらも苦労はしません」
「ほう、それは私を殺しにきたととって良いのだな」
「どうでしょうね」
今までクリスから逃げていたジエルケが自分から現れ攻撃を仕掛けてきた。そこにあるのは単なる心境の変化ではあるまい。何かしらの勝算があるからこその行動だろう。
「この私に勝てるつもいでいる、とも思えん」
「誘導ですか。私程度でもその辺は多少心得がありますので」
優雅に胸に手をあてて応えるジエルケ。クリスが情報を得ようとしているのはわかっているのだろう。それに対する返答はない。だがその程度でクリスを揺さぶる事はできない。
「では死ね」
その言葉が終わると同時に攻撃を放ったのはジエルケだ。サッと指を振ると空中に光の刃が無数に現れ一斉にクリスへと襲いかかった。クリスはそこから一歩も動くことなく攻撃を受ける。しかし光の刃はクリスの直前で全てが霧散する。
「下らん」
そう言った瞬間、クリスは宙を浮くジエルケの背後におり、構えられた手は手刀となりジエルケの背中を貫く。
「ぐはっ!」
ジエルケは咄嗟の判断で僅かに攻撃を反らしたようだがダメージは小さくない。そのまま地面に落ちてゆく。クリスは間髪入れず上空から無数の光弾を放った。雨のように放たれた光弾は落ちるジエルケの体を次々と撃ち抜いてゆく。
開始早々にして相当なダメージがあるはずだが、ジエルケは着地と同時にそこから跳び退き、クリスの攻撃を回避する。
「なんじゃあの馬鹿は。まるで勝負にならん」
口を開いたのはそれを眺めていた魔術師だ。ジエルケの登場でノアとの勝負は中断された状態となっている。
「知っている奴なのか」
「あれはジエルケ、名前以外は知らない」
不意に魔術師に訊ねられノアはどこまで話して良いか判断できず名前のみを教えた。
「こんな場所で名を知っているだけ上等じゃろ。しかしあれの力を測れぬとは思えぬが」
魔術師もジエルケの行動に不可解さを感じている。短い時間で判断したジエルケの実力なら、クリスの力がわからぬはずかないと言った口ぶりだ。
力があるからこそわかるものがある。だからこそ魔術師はクリスとの勝負を避けてきた。故に魔術師は首をひねる。その無謀の先に何があるのかと。普通に考えれば自身の死しかあり得ない。
「どう転んでもあれは死ぬ。間違いないであろう」
それらの考えはノアも同じだ。クリスが圧倒的に強いのは知っている。同郷のノアはその伝説も知っている。数百年経っても色褪せる事のない歴史。世界を滅ぼしかけた魔王の名は伊達ではない。あらゆる策略もそれごと叩き潰せる存在。複数の国家が勝てぬのに単一の存在がどうやって勝利をもぎ取れるのか。
同時に思うのはどう見ても勝てそうにないにも関わらず、何故ジエルケはクリスに勝負を挑むのかだ。
「くっ、下がれ小僧」
攻撃の余波がこちらにも飛んできた。ジエルケは何とか堪えているような状態だ。ノアの思考は一時中断される。
「勝負以外で小僧を傷つけ、後であの化け物に文句を言われてはかなわぬ。結界を張る故小僧はワシの前に出るな」
ノアは後ろに下がる魔術師に合わせて邪魔にならない位置へ移動する。魔術師が結界を発動するとその周りがキンッと硬い音をたてて薄い膜に覆われた。
こんな事もできるのかと関心しつつノアは魔術師の背中を見た。その意識はクリスとジエルケに向けられているのだろう。今攻撃すれば簡単に勝てそうだが、それは当初の趣旨に反する。もちろんそのような卑怯な手を使うつもりもない。どのような理由であれ、これはノアを守っている行動なのだから。
――修羅ではあるが卑怯者ではない。
それがノアの抱いた魔術師への感想だ。勝負の前には下らない修行にはつき合わないと言っていたが、いざ始まってみるとノアは数々の苦境に立たされつつもそれを何とか乗り越えてきた。魔術師がそう意図したとまでは考えないがノアはそれにより力を引き上げられたのも事実。
クリスは敵から学べと言っていたが、魔術師からは学ばせてもらったような気持ちもある。
魔術師はフィールドを支配していたが、ノアはそれをギリギリではあるが打ち破った自覚もある。しかし相手の力の深淵までは覗けていないだろう。まだ先があったはずだ。そしてその勝率はかなり低い。ノアの中に芽生えたのは、それでもその先が見てみたかったという思いだ。
「クックック、さすがにお強い。しかし私を殺してどうされる。意味があるのですか」
「自ら挑んできておいて間抜けな事を抜かすな」
ジエルケは既に片腕が吹き飛んでおり全身ボロボロの状態だ。それでも何故か余裕を見せるかのように笑う。
何かある。そう感じたのはノアだけではないはずだ。その何かはこの状況を覆せるものなのか。それともただのハッタリか。いや、ここまで命をかけておいてそれはあり得ない。
「どうせ目的は言わないのだろう。次で殺す」
「ほう、それは恐ろしい。では……」
ジエルケは残った腕の人差し指を立てた。
「では、私の目的を教えましょう」
そしてその人差し指をノアへと向けた。するとそこから眩い程の光の刃が現れ、超高速でノアの方向に飛んだ。
「小僧、避けろ!」
そう叫びながら魔術師は魔法でノアを弾き飛ばす。意表をつかれたノアではあるがダメージを受けるものではないようだ。ノアを助ける為、咄嗟に放ったものなのだろう。
一瞬呆然としたノアだったが、ジエルケの魔法はこちらに届かなかったようだ。何故なら、ノアとジエルケの間にはクリスがおり、その魔法を弾き飛ばしていたからだ。その背中を見るノア。クリスの姿は瞬時に掻き消えジエルケの真上にいた。
「終わりだ」
クリスはジエルケの頭を掴みほとばしる程の魔力を発しながら地面に激突させる。その勢いで地面は陥没し、爆風にも似た風が巻き起こる。砂煙で見えないが、最後の一撃となっただろう。
「小僧そこにおれ、まだ危険じゃ。何かあるぞ」
ノアを手で制す魔術師。修羅ではあるがそんなに悪い人ではないと思い始めていたノア。だがその一言に強い違和感を感じる。
そこまでこちらに気を使う必要があるのか、と。先程まで勝負をしていた相手に、自分を守るついでとも思える結界はともかく、今のは過剰ではないのか。
しかし魔術師の言う『何か』はノアも感じていた事だ。そこが判断を鈍らせ結果的にノアは何もできずにいた。
「始まるぞ」
魔術師はこちらを向かずにそう言った。だがわかる、その声色に含まれた愉悦とも思える響きが。
そして思い出す。
『あれは老いぼれだが老練な魔術師でもある。子どもを騙すなど容易いはずだ。充分に気をつけろ。奴の言葉は一切信じるな。それも武器だと言うことを学べ』
最初にそう言ったクリスの言葉を。
薄れた砂煙から光りだすのはジエルケ。その肉体からは頭がなくなっており絶命しているのがわかる。だが光っているのには理由があるはずだ。
「これは……逃げろノア!」
叫ぶクリス。しかしそれよりも早く口を開いたのは魔術師のほうだった。
「ジェルケン・ボルポス、死の術式アレグラータ、肉体を対価とし、ここに発動せり」
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