第23話 格上


「小僧、やるからには正々堂々と勝負しようではないか」

「ああ、やってやる」


 初手の攻撃はノアからだ。相手に数発のライトブレードを放ちながら一気に距離を詰める。おそらくあの魔術師にとって距離は重要ではない。対するノアは身体能力、剣、少ない魔法を軸にして戦う。離れていては中々勝機は見えないだろう。その差が格の違いとなる。


「ふん、悪くない攻撃だがワシには通用せん」


 魔術師は一切の動作もなく瞬時に位置を変える。空間移動系の魔法だろう。ライトブレードは牽制により距離を詰める為に使ったが、その到達位置から変えられてしまうと意味がなくなる。数度同じ攻撃を繰り返してみるが結果は同じ。近づく事はかなり困難だ。


「どこを見ている」


 声のする方向から魔法の気配が近づく。それは高熱を帯びたもの、火魔法だ。ノアはそれを視認する余裕もなく、勘だけで体を動かし、ギリギリでその攻撃を回避する。

 ノアは即座に体を反転させるが、魔術師の両手からは同じ魔法が次々と放たれていた。そのいずれも高速且つこちらの動きによって軌道を変えてくる精度の高い魔法。

 手数も手札も相手が何枚も上。それは確かな技術と知識に裏打ちされたものだ。わかってはいたがやりにくいという程度の話ではなかった。このままでは防戦一方にならざるを得ない。

 ならばどうする。自分の手札は限られたものしかない。


 ――それを工夫して使うしか……


 ノアは咄嗟の判断で剣を魔力の塊で覆う。それは光弾を応用したものだ。相手に打撃を与える光弾を剣に纏い防御の為に使う。飛んでくる火魔法は剣で薙ぎ払う事により回避する。


「ほう、では数が増えたらどうじゃ。いつまで持つかな」


 魔術師の攻撃は数を増してノアに襲いかかる。こんな事を続けられたらこちらが消耗するだけ。おそらく相手は全く実力を出していない。攻撃の糸口さえ見つけられていない。


「くっ!」


 回避が難しくなってくる。ノアの体はあちこちに小さな火傷を負い、それが動きと思考を鈍らせる。今はできる事をやるしかない。


「大局が見えておらんな。小手先の反撃だけでどうにかなると思うか」


 悔しいがその通りだ。同じ事はクリスに何度も言われていた。全てが見えたと思ったその次には更にその外側を知らなければならない。自身の成長により、そして相手の力量により『全て』の定義は刻々と変化していく。一度や二度の成功など相手の経験に勝るものではない。

 剣で魔法を薙ぎ払う程度では、まさに小手先の反撃。そう思われても仕方ない。


 ――全て……大局。


 相手の技量が勝っておりこちらの攻撃が通用しない。それは今まで通りのやり方ではダメだという事。


「ぐあっ!」


 魔術師の魔法がノアを捉える。鍛えられているお陰で致命傷には至らないが、それでも大きなダメージだ。


 ――勝ち目がない……


 しかしそのダメージは精神をも蝕む。

 かなりの力をつけたと思っていた。それが全く通用しない。どうしたら勝てるのかわからない。そうなれば訪れるのは敗北のみ。

 痛みを堪えて逃げ回るノア。通用しない攻撃はいつの間にか諦めとなり積極性も失っている。瞬時に移動してしまう敵などどうすれば良いのかわからない。


「そんな事でトラストに勝てるのか」


 今まで黙っていたクリスからそう声がかかった。

 今更トラストに負けるとは思っていない。相手はもっと高次元にいる。クリスはいったい何を言っているのか。


 ――いや、クリスが言うなら意味がある。

どんな意味だ。


 騎士団を殺し、ベンを殺し、バスティアンを殺したトラスト。最後にはノアも捕まり抵抗すらできなかった。トラストはそれだけ強かったからだ。だからノアは逃げた。アイテムボックスという最後の手段に逃げたのだ。


 ――僕は……まだトラストに勝っていない。


 では今ならトラストに勝てるのか。その自信はある。そう考えていた。何故そう思う。

 それは力をつけたから。今まで持っていなかった技を身につけたから。トラストを倒すために執念を燃やしてきたからではないのか。


 ――今は、あの時と同じなんだ。


 勝てないから逃げたあの時と同じ。このままでは敗北。それはあの時逃げたのと何も変わりない。

 ではどうする。勝てなかったトラストに勝てる自信はついた。それはクリスに散々鍛えられたからだ。結局はそこしかない。起死回生の裏技などあるはずがない。

 この短い時間でそれを成し遂げなければならない。トラストに、そして魔術師に勝つために。


 瞬時に移動する相手にどうやって攻撃を通すのか。ノアは幽体を鍛えたお陰で既に肉体の限界を超えた動きが可能だ。それを経験として知っている。


 ――相手が瞬時に動くなら、僕はそれ以上に動けば……


 ノアは回避の速度を早める。幽体へと意識を傾け肉体の到達地点を強く意識する。

 攻撃は全ての範囲に及んでいるわけではない。逃げ場はいくらでもあるのだ。ただそこに到達するか否かが問題だ。目指すは完全な回避。


「ほう、良くなってきた。ではこれでどうじゃ」


 魔術師は更に攻撃を増やす。ノアはそれを回避する。それを何度も繰り返す。すると見えてくるものがある。

 それは戦いのフィールド全体。逃げ場だけを考えるならかなり場所があるのはわかっている。その中で自分の使える場所を意識すると、それが複数あることに気づく。それを瞬時に割り出して最も効率の良い地点を選ぶ。

 徐々にだが余裕を持って回避できるようになってきた。


「反撃はせんのか」


 まだだ。やったところで当たらない。ノアは回避に集中する。更に早く、更に確実に。攻撃を放つ相手の一挙手一投足に注目しながら何度も何度もそれを繰り返す。

 こちらの攻撃は当たらないが相手の攻撃も当たらない。そこだけを見れば同等とも言える。ノアはそこから一歩踏み出すチャンスを窺う。


 ――今だ!


 回避の隙間からライトブレードを放つ。だが魔術師には当たらない。当然だ。それは向こうもこちらの一挙手一投足を見ているからだろう。いや、相手はもっと広い範囲を見ている。

 ノアは更に幽体へ意識を持っていく。速度を早め、視界を広め、先を予測する。攻撃力を弱めてでも当てる事に集中させる。


「くっ!」


 ノアの攻撃が魔術師を掠めた。ダメージは全くないだろう。だがそれでも良い。少しづつその比率を変えていく。ゼロが一に、一が二に、そして二が三に。

 一つで良い。魔術師に勝るものが一つで良いからほしい。それは速度。肉体の速度、思考の速度、判断の速度。ノアはそこに集中して更なる強化を意識する。

 通常は同じ攻撃など通用しなくなるものだが、ノアの攻撃は変化している。

 いきなり新しい技を考えてもそんなものが通用するはずもない。だからノアは今あるものを変化させて新たなものとする事を選んだ。

 掠めていた攻撃は当たるようになり、ダメージのない攻撃は威力を強めていく。それは相手の動きを掴み始めたという事。魔術師もそれに応じて動きが激しさを増す。

 やがてそれは一つの到達点に届く。


「ぐあああぁ!」


 今まで全てを布石にした剣による攻撃。それは魔術師の背を捉えた。回避を軸にした到達点は相手の背後を捉えたのだ。

 魔術師の背はバッサリと斬られ一瞬よろけるが、即座に移動し大幅に距離をとった。


「まあまあ、やるではないか」


 魔術師の傷は煙をあげながら修復されていく。その様子を見るにダメージはほとんど残らないだろう。しかしノアの能力が短時間で大幅に上昇したのも確かだ。


「では少し本気をだしてやるか」


 魔術師にとってこの程度は遊びにしかならない。そんな事はわかりきっている。そこに絶望したところで何も変わりはしない。ノアは到達点から更に前進するだけだ。


「地に平伏す亡者どもよ、血の穢れで憎しみを解き放て」


 その言葉により大地から赤い液体があちこちから湧き出てくる。


「それに触れぬほうが良いぞ。イッヒッヒッヒ」


 邪悪な笑みを浮かべる魔術師。赤い液体が血であることは容易に想像がつく。触れぬほうが良いという事は何かしらの毒性を含んでいるのだろう。それはノアの高速移動を阻害するものだ。回避の範囲は大幅に狭められてしまう。


「穢れた血は仮初の肉となりて更なる憎しみに昇華せよ。黄泉より戻りし亡者たちよ、穢れの渦となれ」


 血は土と混ざり合い徐々に形を成していく。それは赤く染まった泥人形となった亡者たち。それが十、二十と増えてノアを襲い始めた。


「くっ!」


 ノアが聞いたこともないような亡者を操る魔法。おそらくはこれが魔術師の真骨頂なのだろう。この方面に長けているという事だ。それは修羅となるまでの経験から生み出されたもの。多くを殺し、それを弄んできたからこそ得られた魔法とも言える。

 しかしそれによりノアの行動範囲は更に狭まる。剣技とライトブレードを駆使して亡者どもをなぎ倒すが、そこから飛び散る血か肉片かがノアの体に触れるとジュッと音をたてて肌を焼く。掴まれたら大変な事になりそうだ。


 ――場を支配されている。


 ここはそもそも魔術師の縄張りであり、更にその術によってフィールドは彼の支配下になろうとしている。魔術師は場を制しているのだ。

 ノアとは戦い方そのものが違う。以前クリスから、わざわざ相手の土俵に立ってやる必要はないと教わったが、それを実践しているのはノアではなく魔術師の方となる。それによりノアは相手の土俵へ強制的に立たされている。

 亡者を薙ぎ払い逃げ回るノア。魔術師へ到達するのは至難の技。これでは振り出しに戻されたのと同じだ。どうすれば良いのか。


「全てを見てみろ」


 再び聞こえるクリスの言葉。何かを見落としている。それはなんだ。この状況からそれを見つけなければならない。


「そんな暇は与えぬぞ」


 魔術師の手のひらには氷の刃が形作られている。それが風を切る音をたててノアに放たれた。

 ノアは咄嗟にその言葉と魔法に集中してしまい亡者に肩を掴まれた。


「ぐああああ!」


 肌を焼かれた痛みがノアを襲うがそこで動きを止めては更なる攻撃が待ち構えている。ノアは当てずっぽうであってもとにかく周りを薙ぎ払った。

 やれる事は同じ。先程からそれしかできていない。


 しかし、そこで僅かな変化が起こる。


 ――なんだ……なにか変わった。


 それがなんだかわからない。わからないが何かが変わった事はわかる。それは危機的な方向性のような気がする。

 その感覚がノアの思考を広げる。何かを感じて意識が加速しているのだ。


 ――もっと広い。これはフィールドの外側……


 そちらに意識を向ける。同時にノアの感覚はフィールドの外側に立った。多くを俯瞰で見ている。全てがわかったわけではない。だがそこに突破口となりそうなものが一瞬だけ見えた。


 ――剣……剣には一切のダメージがない。


 それは剣に魔力を纏わせていた可能性がある。魔剣なので多少傷んでも元には戻るが、剣に魔力を纏わせた場合、傷みそのものがない。

 ならば剣だけではなく、そこに自分自身を含めれば。

 咄嗟の判断は確信めいたものを与えた。ノアは剣先から足元までを自身の魔力で覆われるよう集中する。その切っ先は亡者の向こうにいる魔術師。


「ハアアアッ!」


 全力で地を蹴り亡者を弾き飛ばす。すると視界にも魔術師が完全な形で捉えられる。ノアはそこに届くと判断する。だが何か違和感がある。刹那の瞬間、ノアはそれに気づいた。


 ――こちらを見ていない。


 魔術師は視線だけを別の方向に向けていた。何故なのか。そうだ、最初に感じた別のなにか、魔術師はそれを感じとっているのだ。

 何が起きているのか。そこに僅かな躊躇が生まれてしまう。そして魔術師にもそれが気づかれてしまった。


「おっと、危ない」


 ノアの攻撃は間一髪で外されてしまった。しかし魔術師は言葉を続ける。


「勝負は中断じゃな」


 そう言いながら顎で指し示すのはクリスのいる方向。ノアはそちらへ視線を向ける。

 空を見上げるクリス。特にいつもと変わりないが、こちらを見ていないのは変だ。

 そう思った次の瞬間、大量の燃える岩が虚空から現れ、それがクリスへと襲いかかる。


「クリス!」


 それが次々と爆発を伴いながら着弾する。

 もうもうと立ち込める砂煙にクリスの姿は見えない。だが僅かに声は聞こえた。


「ここでくるか、ジエルケ」


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