第22話 引きこもる修羅
ノアは新しい剣を振り回し次々と蟲を倒していく。剣から放たれるライトブレードは強力な光の刃となり複数の蟲をまとめて切り刻む。
既にクリスによるハンデはなくなっており、ノア一人でも大抵の蟲はどうにかできるようになっていた。
つい先日は修羅の獄へきた頃に見た、百メートルクラスのサソリも倒す事に成功した。さすがに時間はかかったが現実世界であのような蟲が現れたら領地の存亡をかけた戦いになるだろう。
当初クリスは、ノアを最低でも千の軍勢と戦える程度にすると言っていたが、それもいよいよ現実味を帯びてきた。
あのような巨大な蟲と戦うには、それくらいの人数は必要になるかもしれない。それを単独で倒せたなら、戦力は同等とも考えられる。
復讐の為の戦力としては充分すぎるものとなっている。
「剣の調子はどうだ」
「かなりいいね。体の一部みたく感じる事もあるよ」
心配されていた呪の影響はないようだ。魔力の通りも良く切れ味を損なう事もない。かなり使いこなしてきたと思って良いだろう。
しかし上には上がいる。以前からクリスに聞いていたのは山に引きこもる修羅だ。クリスとは戦いたがらないが、それ故に長く生き残っている。逆に言えば生き残るすべを知っている分強いとも言える。
「この辺りの蟲も減ってきた。少し遠いがそいつの様子を見に行ってみるか。無理強いさせなくても良いがノアとなら戦うかもしれん」
「くるなって言われてたんじゃないの?」
「言われたがどこに行こうが私の自由だ」
今一番の問題はジエルケだが、それがあるからと言って引きこもっていても意味はない。どこまで対応可能かはわからないが、何があっても持てる力でやるしかないのだ。
二人は同じ景色の続く荒野をひたすら歩く。散発的に現れる蟲と修羅は、ノアの糧としては既に不足とも言える。今回の行動は大物狙いの色合いが強いが、勝負を拒むのならば相手にはしないつもりだ。悪者を成敗するつもりも理由もノアにはない。
「どんな修羅なの?」
「魔術師だ」
「……え、それだけ?」
「戦っていないので詳しくは知らん。おそらくは魔法研究の為に数千数万を殺すようなタイプだ」
「あー、わかったような……やっぱりわからないけど」
やがて二人の行く先に台形の岩山が見えてきた。天然の砦といった雰囲気を感じさせる岩山は、引きこもるにはちょうど良いのかもしれない。おそらく修羅の元へたどり着くには過酷な行程があるのだろう。険しい山肌は修羅にも蟲にも面倒な道程だ。
「どこから登るんだろ」
「ぶち壊して道を作っても良いが、無駄に相手を怒らせる事もあるまい」
クリスはゴツゴツとした急斜面を飛ぶように登り始めた。ノアもそれに習い後をついて行く。身体能力の強化された今のノアなら然程問題はない。罠などがあるかとも思ったがただ過酷という意外には何もないようだ。
やがて山頂付近までくるとかなり広い平坦な場所があり、二人はそこで立ち止まる。そこには目的の人物が不機嫌そうな表情で立ちはだかっていた。
「またきおったのか!」
「罠を外したのは歓迎の印と思ったが?」
「貴様に壊されては面倒じゃから停止させたのじゃ!」
現れたのは白く長い髭をたくわえた老人だ。体格は屈強というわけでもなく小柄、見た目や言葉からやや偏屈さを感じさせる。しかし修羅という雰囲気よりは仙人の方が近いとも思える風貌でもある。クリスにとっては雑魚かもしれないが、ノアにとっては多くの面で格上。やりにくい相手なのは間違いないだろう。
「何をしにきた。と言いたいところじゃが、その小僧はなんじゃ」
やはりそこに興味は持つだろう。修羅の視線はノアへ向けられる。
「拾った子どもだ。私には従順なので召使いにしている。ただ少し鍛えてやらねばここで生きてはいけまい」
ノアの存在は召使いという事にされた。他の修羅はともかく、クリスであればそのような存在を傍らに置いてもそれ程不思議ではない。それは万が一にも寝首を掻かれる心配がないと言える程の強者である、という事になり、相手もそれは認識している。
「ふん、気まぐれで師弟ごっこか。ここいらのゴミが減ったのはその為じゃな。で、このワシにそのガキの相手をしろとでも言うのか」
「話が早いな」
「お断りじゃバカタレ! さっさと失せろ」
激昂する修羅だが、クリスはそれを意に介する事もなく話を続ける。
「叶えられる範囲であればそちらの願いも聞いてやるぞ。こんなのはどうだ」
クリスはそう言うと虚空から色とりどりの魔石や見事な装飾の杖、魔術具である指輪等を次々と出してきた。現実世界であればとんでもない値がつきそうな宝物の数々に、魔術師は目を丸くして驚いている。ここでそれらの品を手に入れるのは容易ではないはずだ。
「う、うむ……そうじゃな」
それを見てだいぶ心が揺らいでいる。おそらくクリスは魔術師なら欲しがるであろうものを厳選して選んでいるのだろう。
「しかし勝負といってもどうせギリギリのところで貴様がその小僧を助けるのじゃろう。不公平ではないか」
「ならば互いの殺害は私が回避する。勝負の結果に関係なく、先程の宝物はくれてやる。それで文句はなかろう」
さすがの好条件に心配しだしたのはノアの方だ。そこまで相手に与える必要があるのか、というより身銭を切らせて申し訳なく思っているのだろう。
「そ、そこまでしなくても……」
「こんなもの他に使いみちはない。宝物とは交渉に使うものだ。それにこの程度の品はいくらでもある」
顎に手を当てて考え込む魔術師。交渉相手は自分を瞬殺できるであろう化け物。それがこれだけ譲歩するなら命の保証は確実な上に様々な宝物が手に入る。しかし曲がりなりにもこの魔術師は修羅。欲深故か、できるだけの条件は盛り込みたいようだ。
「もう一つ条件を課す。この勝負が終わったら貴様は二度とワシに近づくな。こられるだけで迷惑じゃ」
「よかろう。しかしそれはお前が私達に一切手を出さないという当然の前提がつくがな」
「わかった。念押しするがワシは殺す気で勝負する。下らん修行などには付き合わん。小僧が死んでもそれは貴様の責任。それで良いな」
「ああ、構わん」
条件は宝物の譲渡、双方の殺害回避、勝負後にクリスは魔術師に近づかないの三つが盛り込まれた。
「こちらも念押ししておく。設定されたのは双方単独の模擬試合。こちらを嵌めようなどとは思うな。それ以外の要素は貴様の寿命を縮めるぞ。私を怒らせるような事はするな」
「う、うむ……」
何か他の事も考えていたのか、それともクリスの気迫に押されたのか返事にやや淀みがある魔術師。それはともかくノアと魔術師の勝負は様々な条件を盛り込んで決定した。
相手を殺す事はないのでこの魔術師をドラケルスの指輪を通じて取り込む事はできない。しかしそれがなくてもノアにとってこの勝負は大きな経験になるとクリスは考えている。
強力な魔術師というのは貴重な人材であり、その対戦は願えば叶うものではない。現実世界へ戻ればそのような人物がいたとしても、会うことすら難しい場合さえあり得る。この機会を逃す手はない。
場所はここ、岩山山頂付近の広場。面積は充分あり派手に戦っても問題はない。双方が距離をとるがその前にノアはクリスに呼び寄せられた。
「あれは老いぼれだが老練な魔術師でもある。子どもを騙すなど容易いはずだ。充分に気をつけろ。奴の言葉は一切信じるな。それも武器だと言うことを学べ」
「うん、わかった」
クリスがそこから離れると二人は向かいあう。ノアは魔術師を見つめるが、経験の少ない少年ではその深淵など見透かせるはずもない。奴の言葉は一切信じるなとクリスは言うが、それはどこまで見通しての言葉なのか。その結論にたどり着く事もなく勝負は始まる。
「小僧、やるからには正々堂々と勝負しようではないか」
「ああ、やってやる」
その言葉を合図に勝負が始まった。
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